皮肉なことに、ロッテが、ソウル中心部にホテル、ショッピングセンターを開店し、さらに湖南石油化学を買収して石油化学産業に進出したのは1979年。朴正熙氏が暗殺された年だった。
その後、ロッテは、静かに急拡大する。
「ロッテは日本企業か? 韓国企業か?」――ロッテにとって最も悩ましい質問だ。
韓国生まれの韓国人経営者が日本で事業を成功させて、さらに韓国に投資した。
重光武雄氏から見れば、日本も韓国も事業上の母国だったはずで、両国でともに成功することが希望だった。
だが、こういう敏感な話題はできるだけ避け、静かに成長する道を選んだ。韓国に進出したロッテは、その後の、政権とも比較的良好な関係を維持した。
韓国財閥5位に
流通、観光、食品など「内需産業」と石油化学という「輸出型産業」を両輪に、急拡大させた。
2019年5月に韓国の公正取引委員会が発表した大企業集団の資産規模ランキングによると、トップはサムスンの414兆ウォン(1円=11ウォン)で、2位現代自動車223兆ウォン、3位SK218兆ウォン、4位LG129兆ウォンに次いで、ロッテは5位で115兆ウォンだった。
韓国ではつい数年前まで、4大財閥という言い方が一般的だったが、最近は財閥の会合でも5大グループ会が増えるなどロッテの躍進が目立っている。
ロッテは、戦後のどさくさから復興の道を歩んだ日本で最初の機会をつかみ、さらに「漢江の奇跡」という超高度経済成長の道を突き進んだ韓国で、大財閥にのし上がったのだ。
それほど韓国では成功したのだ。













