キャリア戦略を「プロダクトファースト」で考える
転職後、改めてサービスに対する知識がゼロだと痛感した川口氏。そこからサービスのクリティカルさやユーザー層の多様さなどを理解していった。
技術面に関しても、PHPに関する知識は皆無。Java育ちで「型宣言のなさ」に不安を感じたり、CIの速さや安定性が直結することを実感したり、新鮮な経験をどんどん重ねることになった。また負荷対策の見通しの立てづらさについても戸惑い、いきなりの負荷増加やサービスの不安定さに緊張する場面にも度々直面した。やることが無限にある上に、ディレクターからも要望があり、まったく知識もないところから3カ月で動画配信機能「BASEライブ」を開発したことも貴重な経験となった。
サービスの知識を身につける方法としては、「ユーザーからの問い合わせに対応することが有効だった」と川口氏は言う。ユーザーからのお問合せはサービス知識の宝庫であり、それに対応することで自分が開発していない機能も調査することができる。多くの場合コードが古くなっており、不具合を直すついでに改善し、CSチームやカスタマーサクセスとの関係性を深めていった。
結果として自身のプレゼンスを高めることにもつながり、入社半年ほどでリードエンジニアに抜擢される。もともとバックエンドエンジニアとして入社したがインフラに積極的に関与し、越境活動として知識を陳腐化させないよう更新していたのだ。また入社して半年と社歴は短いものの、「調べればなんとかなる」のスタンスで、Slackのログやサービス歴史などを検索しながらカバー。必然的に知識を増やしていった。「そうしたことが評価につながった」と川口氏は分析する。
「技術でプロダクトを成長させることがエンジニアだとしたら、リードエンジニアはその上位概念。そう考えると、後進の育成や採用責任、失敗を成功に変えることが重要な役割となる。また、プロダクトを非連続的に成長させるため、技術への先行投資も意識すべきだろう。現在使っている技術だけに注力せず、どんどん新しいものに取り組むことで、次世代の優秀なエンジニアの採用にもつながる」
しかし、ここで川口氏は立ち止まり、「技術だけやっていきたいのか」といった問いを自らに投げかけた。そもそも「技術を使ってプロダクトを成長させていくのが楽しい」という自分が改めて見えてきたという。その結論が「プロダクトファースト」だ。
技術を学ぶために技術を活用するのではなく、プロダクトのために技術を身につけ、活用する。それが自分の市場価値を高めるための最適解としたのである。もちろん、誰にでも当てはまるわけではなく、自分の性質を見極めた上でのことだ。技術的な楽しさだけでは生きていけない。目の前のプロダクト、インターネットをより良くしていくために自分ができるのは技術を使うことであり、技術はそのための投資である。しかしながら、それでも「ロックスターと呼ばれるような技術者」には憧れもあり、そのためのインプット・アウトプットは続けていくという。
技術でプロダクトを成長させ、自分もまた成長する
こうして「プロダクトファースト」を自身の市場価値とした川口氏に、ある日突然「CTOやらない?」とえふしんさんからの打診があったという。それに対して川口氏が「やらない」と即答したのは、想定するキャリアの斜め上であり、自分の興味対象として経営が該当しないことが明白だったからだ。売り上げや利益などを意識するようになれば、プロダクトに向き合う時間が削られてしまうのは想像がつく。
しかし、CTOの役割定義を会社で議論し、「開発技術の責任者であり、技術的な意思決定を担うもの」として見直されることとなる。そして、前CTO(えふしんさん)が社内システムや内部統制などを継続して担い、技術戦略の全ての責任、ひいてはプロダクトの技術責任をCTOが担うものとなった。川口氏は「プロダクトを良くする技術の責任者としてならば自分にもやる意味がある」と考え、引き受けることにしたのだ。
最初の3カ月は動き方をあまり変えなかったため、見える情報の広さ・深さは変化したものの、リードエンジニアの枠を超えることができずに終わる。そこで改めてCTOの動き方として、次の技術戦略を考えてメンバー自らが行動できるような環境づくりを意識。開発速度を上げる方法や新しい技術の導入などを考え、行動するようになった。
「ようやくエンジニアとして次の成長が求められていることを実感しつつある」と川口氏は語る。そして、「結局キャリアは成長していくものであり、想像するキャリアを超えていかないと面白くない。人生何が起きるかわからないが、いざというときに対応できるように、技術投資や人脈づくりなど『素振り』をしておこう。自分にとって何が重要かを考えてキャリア形成をしたほうがいい」と訴えた。
確かに、漠然とキャリアを重ねても「何を成し遂げたいか」がわからなければ、成果も出しにくい。その意味で、「プロダクトファースト」な戦略はひとつの方策だろう。そして、同時に「技術に極振りできない人たち」へのキャリア戦略の提案とも言える。
プロダクトファーストのために、川口氏は「自分が携わって楽しいプロダクトがある会社へ行く」ことが重要であると説く。「責任を持ってプロダクトに向き合い、技術力を高めてプロダクトを成長させる。それが自分の成長にもつながり、次の成長モチベーションにもつながる。そうしたプロダクトファーストのキャリア戦略もエンジニアのひとつの生き方としてアリだと思う。ぜひ、参考にしてほしい」と語り、セッションを終えた。