春秋

春秋
2020/1/20付

あちこちの書店に「棚」のプロがいる。独自のセンスでこれぞと思う本を集め、ユニークな棚や平積みの台をつくる書店員たちだ。文学、アート、歴史、グルメ、数学……。多彩な分野からの一冊を共通のテーマで編集した棚などに出合うと、その本屋が輝いて見える。

▼大手チェーンから街の小さな店まで、こういう工夫を怠らぬ書店は文化の発信基地にほかならない。紙の本が売れなくなっている一方で、昔ながらの商店街にできたブックカフェがにぎわってもいる。ところがここ数年、ふと足を踏み入れた本屋で名状しがたい気分に襲われることが増えた。毒々しい「棚」のせいである。

▼それは韓国や中国への、むきだしの言葉が躍る「ヘイト本」のコーナーだ。ライターの永江朗さんが著書「私は本屋が好きでした」で氾濫の背景をさぐっている。売れそうな類書を淡々とつくる出版社、それを機械的に配本する取次会社、そのまま受け入れる書店。無責任の連鎖のようなものが、この「棚」を生むらしい。

▼世の中にはさまざまな本があっていい。きわどいものを含めての出版文化だろう。ではあるけれど、小さな書店の平台がこの手の本で埋まった景色はやはり異様だ。街角で文化を発信することもできる「棚」。それはまた、差別や偏見や憎悪を発信しうるのだ。商店街の、人のよいおやじさんが何気なく悪意を育てている。

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