世界の中心はどこであろうか?
こんな質問をした場合、よほどの世間知らずや田舎者でないかぎり、皆が皆こう答えるだろう。
世界の中心、それは迷宮都市オラリオだと。
そこには全てがある。
誰が言い出したかはわからない。
だが確かにこの都市には全てがある。
一生をかけても使い切れない富も。
王すらも慄かせる権力も。
英雄譚にのろうかという名誉も。
そしてーーー。
世界の中心である迷宮都市オラリオ。
そのオラリオにおいて最大二大派閥の片割と名高いロキ・ファミリアの副団長であるリヴェリア・リヨス・アールヴは森の中にいた。
リヴェリアは今の自分の状況に少し困惑していた。自分は己が所属するファミリアの本拠である黄昏の館にいたはずだ。森に移動した記憶はない。
そして何よりも。
この森は…故郷の里の森?
リヴェリアは今自分が居る場所が親友と共に抜け出した故郷の里の森だという事に気付いた。ふと、自分の姿を見下ろすと、あきらかに今の自分の姿は小さい。小さな体、小さな腕、小さな脚。
幼女といっていい姿だ。
自分が目にかけている後輩、アイズ・ヴァレンシュタインと同じような年代の姿だった。
これは…
『リヴェリア』
自分の置かれている状況について考えていると、自らの名前を呼ぶ声が聞こえた。
ああ、これは夢だ。私は今夢を見ている。
自らの名前を呼ぶ心地よい鈴のような凛とした声で、リヴェリア・リヨス・アールヴは今、自分が夢の中にいることを確信した。
声がしたほうに視線を向ける。そこにいたのは、リヴェリアが想像した通りの人物がいた。
きらきらと輝く翡翠の髪。澄み切った緑宝石を閉じ込めたような瞳。つんと上向きに尖った耳。
神々しさまで感じるほどの美しい少年がそこにはいた。
『兄上』
リヴェリアは視線の先にいた少年に向かって言葉を発する。
そう、目の前の少年はリヴェリアの兄だ。自分より先に里を抜け出した兄だ。リヴェリアは少年の下へと脚を進める。
『リヴェリア』
自分の近くへと来たリヴェリアに少年は微笑む。リヴェリアは兄の微笑みに釣られ、知らず知らずの内に微笑んでいる自分に気付いた。
リヴェリアは兄の笑った顔が好きだった。見るもの全てを幸せにするかのような微笑み。
それはまるで全てのものに恩恵を与える太陽のような微笑だ。
『リヴェリア。俺達ハイエルフはこの里から出ることはない』
そう、自分達はエルフの王族たるハイエルフである。ハイエルフは里を出ることなく、その生涯を里と共に生きる。それがエルフの王族、ハイエルフとして生まれた者の運命。
『でも、そんなのつまらないじゃないか』
だが、目の前の少年は自らの運命を否定する。
『俺はこの里を抜け、外の世界へ行くんだ!』
絶対な!と満面の笑みを浮かべながら兄は自らの願いを口に出した。
『兄上はなぜそんなにも外の世界に行きたいのですか?』
『世界は広い。そして世界には色んな奴らがいる。俺はそいつらと会いたいんだ』
自分達がいる里に住む人間種は、エルフしかいない。
事実、リヴェリアはエルフ以外の種族を見たことは一度もなかった。
それは目の前で熱く語る兄もそうなのだろう。
『世界にはヒューマンがいる。小人族がいる。ドワーフがいる。獣人族がいる。アマゾネスがいる。そして、神がいる』
キラキラとその宝石のような瞳を輝かせながら兄は語る。
己が夢を。
そんな中、リヴェリアは己が意識が覚醒していく感覚を覚えた。
もうすぐ夢が終わる。
リヴェリアの目覚めの時が近づいている。
もう少し待ってほしい。
まだ懐かしい兄との会話を続けたい。
『俺は彼らと出会い、そして―――』
だが、兄の言葉が途切れていく。
残念ながら、もう夢は終わり、目覚めの時だ。
『………を作る事だ!!』
リヴェリアの意識は覚醒間近の最中にふと思った。
ああ、この時兄はなんと言ったのだろう?
意識が覚醒する中、ぼんやりと思ったのだった。
眠りから目覚めたリヴェリアは身支度をして、食堂へと移動していた。
ロキ・ファミリアの本拠『黄昏の館』の食堂は広い。
それは主神であるロキの『食事はできるかぎり皆でする』という方針により、食堂のスペースは広くとってあるのだ。
50人以上の団員達が一同に揃う大食堂は活気に満ちていた。
「リヴェリア様、お早うございます!」
「お早うございます!リヴェリア様!」
「お早うございます!」
「ああ、お早う」
リヴェリアが食堂へと移動すると、食堂にいた団員たちがリヴェリアに朝の挨拶を交わす。
そんなリヴェリアの視界に一人の小さな少女が入った。
美しい少女だった。
金色の美しい髪。金色の美しい瞳。そしてなによりも神とも見間違うほどの美しい美貌をもつ少女だ。
「リヴェリア…お早う」
「ああ、お早うアイズ」
小さな少女。
アイズ・ヴァレンシュタインに微笑みながらリヴェリアは挨拶を交わす。
そのまま二人並んで朝食を眺める。
「今日の朝食は野菜関連が多いな」
本日の朝食はサラダに野菜スープ、レタスやトマトを挟んだサンドイッチと多くの野菜を使っている。
ふと、先日デミテル・ファミリアから野菜を多く仕入れたのを思い出す。
デミテル・ファミリアは野菜や果物の栽培を行い、それを売り出す商業系のファミリアである。
都市郊外に広い農作地を有する彼らの野菜はとても甘く、大変美味であった。
「デミテル・ファミリアの野菜は好き」
アイズの顔を見ると、彼女の嬉しそうな表情。そして口からはよだれが出ていた。彼女の可愛らしい表情と合わさり、とても愛らしい仕草であった。
「アイズ、よだれが出そうだぞ」
リヴェリアは微笑みながらポケットからハンカチを出し、アイズの口元を拭う。
アイズは少し恥ずかしそうだったが、リヴェリアのされるがままにしていた。
口元を拭い終わると、リヴェリアはアイズの頭を撫でる。
それを気持ちよさそうに受けるアイズ。そんなアイズを見ていると微笑が深くなる。
リヴェリアとアイズの並外れた美貌と合わさり、二人は傍から見ると、まるで親子のようだ。
そう云えば…よく兄上に頭を撫でられていたな…。
アイズの頭を頭を撫でながらリヴェリアは考えていた。
懐かしい夢をみたからだろうか?
目の前のアイズが夢の中の自分と重なる。
自分と兄は歳は殆ど離れていなかったが、兄はよく自分の頭を撫でてくれた。
年長者として背伸びをしたかった年頃だったのかもしれない。
それでもリヴェリアは兄から頭を撫でられるのは嫌いではなかったのを覚えている。
「さあ、朝食を食べようか」
「うん」
二人は朝食を載せたお盆を持ち、そのまま二人並んで席に着き、食事を始めたのであった。
朝食を終えた二人は食後の一杯を飲んでいた。
リヴェリアは紅茶をアイズは牛乳を飲んでいた。
「アイズ、今日の予定は?」
「ダンジョンに行く」
リヴェリアの質問に即答するアイズ。
リヴェリアはその返答に思わず眉を寄せた。
「駄目だ。お前はここ最近ダンジョンにこもりすぎだ」
アイズ・ヴァレンシュタインはまだロキ・ファミリアの眷属に所属し、冒険者になってから1年と経っていない、レベル1の駆け出し冒険者である。
レベル1からレベル2に上がるには気が遠くなるような、鍛錬を数年がかりで行い、レベル2となるのが通常である。
しかしアイズはまだ冒険者となって1年足らずでレベル2へと手が届く状況なのだ。
モンスターを屠り続け、レベル2に上がる一歩手前の状況となっているのだ。
この少女は間違いなく、レベル2の最速記録者となるであろうとリヴェリアは確信している。
しかしそれだけ早い成長には理由がある。この少女は正気を疑いたくなる勢いでダンジョンに行き、モンスターを屠り続けたのだ。
リヴェリア・ヨルス・アールヴは思う。
アイズ・ヴァレンシュタインは危うい。
この少女はがむしゃらに強さを追い続け、そして何時の日か折れてしまうのではないのだろうか。
死と紙一重の冒険者にとって折れてしまうというのは、死を意味するのが殆どである。
「暫く、お前は私と中層のモンスターの生態の勉強だ。テストも出すからな」
リヴェリアの言葉にアイズは顔を青褪めた。
リヴェリアの勉強はとても厳しい。以前も勉強を受けた時、上層のモンスターの生態をみっちりと叩き込まれた。
そしてその上、リヴェリアの作るテストはとても難しい。
更に更にその上に、そのテストで合格点を出さなければ、とても恐ろしいものが待っているのだ。
その情景を想像するだけで、ぶるりとアイズは身震いを起こした。
「知識とはお前が強くなる為には必要不可欠なものだ。この一杯を飲み終えたら私の執務室に行くぞ」
「…………………………………はい」
心底嫌そうに頷いたアイズは手元のカップに視線を移す。
ああ、さっきまで普通に飲んでいたから、もう牛乳の残りが少ない。
この牛乳を飲み干したら試練の時間が待っている。
残りの牛乳は少しずつ、本当に少しずつ飲もう。
そう決心したアイズはカップの牛乳を、本当に少しだけ啜り
「ア・イ・ズ・たーーーーーーーーん!!!!」
「!?!?!?!?」
「あー!今日もアイズたんは可愛いなぁぁ!!こう、ぎゅーとするともう、辛抱堪らん!!もう、うちの天使=マイエンジェルやわぁ!決めた!うこのぷにぷにした頬に頬ずりしながら朝の一杯をするのをうちの朝の日課にするわぁ!すりすりすりすり!くんかくんか…ええ匂い…ぶらぁ!?」
そして
突如現れた主神はアイズに抱きつき、頬ずりをしながらアイズにくんかくんかする蛮勇に出ていたのだが、襲われたショックからされるがままだったアイズだったが、回復したアイズは即座に華麗なボディブローをロキに炸裂したのだ。
それは世界を狙える右。
なぜかそんな言葉が一連を見ていた者達の脳裏を駆け巡った。
「ぐおぉぉぉぉぉぉ………」
レベル1とはいえ、極めてレベル2に近い冒険者の一撃を食らった主神は床に転がりながら痛みに耐えていた。
そしてそんな主神を冷たく見下ろすリヴェリアとアイズ。
「朝から何をしている?ロキ」
「仕方がないんやー!アイズたんの愛らしい姿を見たら滾ってきたんやー!」
朝っぱらから清々しいまでに全力全快の
彼女こそ、オラリオ二大派閥の片割れであるロキ・ファミリアの主神である。
そしてオラリオには溢れんばかりいる、とてもとても残念な神の一人である。
「痛たたたた…酷い目にあったわ」
「自業自得という言葉がこれほど似合うのも珍しいぞ」
腹を押さえながら呻くロキにジト目の冷たい目線を送るリヴェリアとアイズ。
その仕草は太鼓判を押せるほどに親子だ。
「でも…でへへへへ。ぷにぷにでいい感触+ええ匂いやったわぁぁ!うちの生涯に一片の悔い無しや!!ぐっほう!?」
右腕を高々と上げてラオウになっていたロキを、アイズは華麗なアッパーカットをロキの顎に食らわせる。
それは世界を狙える左。
なぜかそんな言葉が一連を見ていた者達の脳裏を駆け巡った。
そのままアイズは上半身を高速に8の字にシフトしながら拳を放ち続ける。
「こ、これはまさか!?ぐほ!?伝説のデンプシーぐへ!?ロール!?おぼぼぼぼ!?ぐっほうぅぅぅぅ!!!!」
高速のシフト移動に体重がしっかりとこもった連続ブローを叩き込まれたロキは、最後に特大のフックを顔面に喰らい、そのまま吹っ飛んだ。そしてそのまま倒れ伏せる。
「1!2!3!」
その場に居た猫人の少女が何故かロキの傍に駆け寄り、カウントを数える。主神を助ける気皆無な眷属である。
その間アイズは、細かくステップを刻みながらジャブ・ストレート・フック・アッパーなどを繰り出し、コンビネーション動作を確認しながら、シャドーを行っていた。
こいつ、ロキが立ち上がったら、またぶちのめす気満々である。
というかアイズは剣士なのに、いつのまにあんな拳闘士のような技術を学んでいたのだろうか。しかもかなりの高レベルの技術を。
アイズの教育担当者であるリヴェリアは激しく疑問に思った。
「8!9!10!勝者アイズゥゥゥゥ!!」
猫人の少女の勝者を称える宣言が食堂を駆け巡る。
カン!カン!カン!とゴング…もとい、フライパンとお玉を鳴らした音が食堂に鳴り響く。
その瞬間、少女を称える歓声が辺りを包んだ。
「よくやったわ!アイズ!」
「もっとボコボコにしてやってもよかったわ!」
「セクハラ親父に天誅だわ!」
「あの高速シフト移動からの連続攻撃…世界を狙えるな」
「ロッキフルボッコ無双www」
「マックノウチwwwマックノウチwww」
「俺、アイズタンのファンになる!!レベルアップしたら、二つ名は俺たちの嫁で決定だwww」
ロキ・ファミリアの団員の他に、何故か違う神々の歓声が混じってる気がするが、多分気のせいだろう。
ロキ・ファミリアの団員は女性が多い。しかも美少女や美女率は非常に高いものがあった。
それは主神であるロキの女性好きが高じた結果であり、ロキは日頃から己の性別である女性の立場を活かし、常に己の眷属にセクハラ紛いの事をしていたのだ。
主神によるセクハラに日頃鬱憤が溜まっていた彼女達は、その鬱憤をはらさんとばかりにロキをフルボッコにしたアイズに拍手喝采を送ったのだ。
猫人の少女に片腕を高々と上げられたアイズは、小さな胸を張り、ドヤ顔をしていた。
眼前のお祭り騒ぎに頭を押さえた、リヴェリアだったが、まぁいいかと思い始めた。
アイズはただ只管に力を追い求める傾向が強い。そして他の団員とのコミュニケーションはお世辞にもいいとは云えない状況であった。
このような騒ぎはあまり好きではないが、アイズを他の団員と接触させる機会と思えば、上々である。
案外、ロキもアイズを他の団員達と融け合わさせる為に、このような行動を行ったのかもしれない。
ちらっと己が眷属に誰にも助けてもらえず、いまだ床に伏せるロキに視線を移す。
「……ちち…しり…ふともも…でへへへへ…」
ロキは痙攣しながらそんなことを呟いていた。
やはり気のせいだったか。ただのロキの愚考だったようだ。
リヴェリアはロキを介抱することを辞め、この騒ぎを収める気も無くなっていた。
もう部屋に戻ろうか。そう思っていたリヴェリアに一人の団員が声をかけてきた。
目の前の団員は今日はローテーションで黄昏の館の門番をしている筈だ。
来客でもあったのだろうか。
「リヴェリア様。今よろしいでしょうか?」
「どうした?私に何か用事か?」
「はい。今、黄昏の館の門にリヴェリア様宛の手紙を持った子供が来ているのですが…」
こちらがその手紙です。と、団員は便箋をリヴェリアに差し出してきた。
ロキ・ファミリアの副団長であるリヴェリア来客が来るのは珍しくない。
だが、子供からというのが、不可解だ。それに手紙を持ってと言うことは、リヴェリアとその子供は面識がないということだろう。
さて、誰からのどのような厄介事かな…と受け取った便箋を開き、中の手紙に目を通したときリヴェリアは驚愕する。
手紙の差出人。
それは懐かしい夢の中で再会した人物であり、自身と同じくエルフの王族を証明するアールヴの名を冠する者。
差出人は兄だった。
「お初にお目にかかります。リヴェリア様」
食堂から自らの執務室へと移動たリヴェリアは、件の少年を呼び寄せた。
美しい少年だった。少し尖った耳。神がかった美貌をもつ少年だった。そしてその容貌は非常にリヴェリアと似ていた。歳はアイズとそう変わらないのだろう。まだ幼い少年だ。
手紙を見たリヴェリアは少年の素性を知っている。
だが、もし仮に手紙を見ていなかったとしてもリヴェリアは目の前の同胞が自分と同じ血脈だとわかっただろう。
「お前が兄上の息子か」
「はい」
少年は自らの兄の子供だ。つまりは自分の甥にあたる存在である。
自らと同じく、エルフの王族たるハイエルフの同胞。
だが、目の前の少年は純粋なハイエルフではない。
「お前は…ハーフエルフだな?」
確信を込めたリヴェリアの言葉に目の前の少年は頷き、肯定した。
エルフ。
人間種の中でも容姿端麗な者が多い一族である。
精霊に次、魔法の使い手とも呼ばれ、高レベルの魔法使いにはエルフが多い。
しかしその美しさゆえか、殆どのエルフは自分達を上の種族と思い込み、他種族の人間種を見下す傾向が強い。
良い意味では誇り高い種族・悪い意味では傲慢な種族というのが一般的なエルフの見解かもしれない。
英雄譚等ではエルフの一族と人間の若者が結ばれるというのは、定番の一つであるが、これはあくまで人間側の定番である。
ゆえに、殆どのエルフは他種族との婚姻を良しとせず、同種との婚姻が多い現状である。
そしてリヴェリアと兄はハイエルフ。エルフの王族たるハイエルフは更にその傾向が強い。
エルフの長い歴史においてもハイエルフが里を抜け出したという者だけでも、異端な存在だ。古の王女セルディアと自分達位しか、里を抜けたハイエルフはいないはずだ。
里を抜け出しただけでも、殆どなかった凶事なのに、他種族との間に子供を作るなどは正しく前代未聞である。
だが、あの破天荒な兄ならば、ありえることだな。
兄はエルフの王族たるハイエルフとう役職にはあまりにも似合わない人だった。
自由奔放・天真爛漫・天衣無縫こんな言葉が兄には似合った。
自分も里を抜け出し、オラリオに着てから思ったのだが、兄の性格は神々に非常に似ている気すらした。
「兄上は息災か?」
「はい。父は元気すぎるほど元気です。先日生まれた弟や妹達の世話で手を焼かれていますが」
「なんと、他にも子供がいるのか?」
「ええ。双子の弟と妹です。生まれて一年経っていませんが。二人の世話をしながら母に尻をしかれています」
「ふふ。そうか…」
その光景を思い浮かべて思わず、笑みが浮かぶ。久しく離れていた兄の近況を聞けるのは嬉しいものだ。
暫しその後歓談をしていた二人であったが、リヴェリアは初対面の甥が自分を訪ねてきた用件について切り出してきた。
「兄上の手紙を見させてもらった。お前が私のものを訪れたのは」
「はい。僕は冒険者となりたいのです。どうか、僕をロキ・ファミリアへと入団できるよう推薦していただけませんか?」
息子がオラリオに行く。どうか世話をしてやってくれないか?
兄の手紙の内容はつまりそういう意味であった。
「神ロキへと推薦するのはかまわん。だが、お前がロキ・ファミリアへと入団できるかどうかは、神ロキが決めることだ。入団試験があるかもしれん。それでかまわんな?」
そう、いかにリヴェリアがロキ・ファミリアの幹部であり副団長であったとしても、あくまで入団の許可を出すのは主神であるロキである。リヴェリアができるのは入団を推薦するまでである。主神でるロキが入団の許可を出さないこともあると、リヴェリアは伝える。
「勿論それで十分です。神ロキの裁決に全てを委ねます」
しかし、と前置きを置いて甥は言葉を続けた。
「必ず、入団してみせます」
その覇気に満ち溢れた言葉にリヴェリアの表情は深い笑みを浮かべていた。
本当に…兄上にそっくりだ。
「一つ、教えてくれ。お前は何故冒険者を志すのだ?」
「それは父の意志を受け継ぐためです」
「兄上の意志を?」
甥の言葉にリヴェリアは首を傾げる。兄の意思とは何だろうか。
「はい。父は母と出会い、恋に落ち、愛を交わし、結ばれました。僕は父と母の愛の証です。その事を誇りに思います。しかし父は母と結ばれたとき、一つの夢を諦めざるえなかったのです」
夢。諦めざるをえなかった兄の夢。
ふと、昨夜見た夢を思い出した。
兄はあの時なんと言っていただろうか?
甥の言葉に昨夜の夢を思い出す。
『世界にはヒューマンがいる。小人族がいる。ドワーフがいる。獣人族がいる。アマゾネスがいる。そして、神がいる』
「世界にはヒューマンがいます。小人族がいる。ドワーフがいる。獣人族がいる。アマゾネスがいる。そして、神がいる」
甥の言葉と兄の言葉が重なる。
まるであの時の兄の宣言を甥が再び宣言してるかのように思えた。
そう、兄は狭いエルフの森から抜け出し、外の世界で様々な人達と。。。
『俺は彼らと出会い、そして―――』
「僕は彼らと出会い、そして―――」
その時、リヴェリア・リヨス・アールヴは夢の中でも思い出せなかった兄の続く言葉を思い出した。
思い出したのだ。
思い出してしまったのだ。
兄のこの後に続く言葉はあんまりな言葉に顔が引きつっていく。
顔を引きつらせながら、甥に向けた視線を強める。
頼む、これから言う言葉があれではないでくれ!!
リヴェリアの懇願すら混じった強い視線。
少年はリヴェリアのその視線に物怖じする事無く、自らの受け継いだ意思を。使命を宣言する。
『ハーレムを作る事だ!!』
「ハーレムを作る事です!!」
その宣言を聞いた瞬間、リヴェリア・リヨス・アールヴは傍らに置いていた己の愛杖をフルスイングして、自らの甥である、 『オリシュ・ノムスコ・アールヴ』を張っ倒したのであった。
世界の中心はどこであろうか?
こんな質問をした場合、よほどの世間知らずや田舎者でないかぎり、皆が皆こう答えるだろう。
世界の中心、それは迷宮都市オラリオだと。
そこには全てがある。
誰が言い出したかはわからない。
だが確かにこの都市には全てがある。
一生をかけても使い切れない富も。
王すらも慄かせる権力も。
英雄譚にのろうかという名誉も。
そしてーーーハーレムだってきっとあるさ。多分。