アップルによるAI企業の買収から、「未来のiPhone」の姿が見えてくる

このほどアップルが、人工知能AI)を開発するスタートアップのXnor.aiを2億ドルで買収した。低消費電力の機械学習ソフトウェアやハードウェアを手がける同社の買収から見えてくるのは、利用者側に近い“エッジ”と呼ばれる領域へのAIの導入である。つまりアップルが目指すのは、AIがiPhoneやApple Watchなどに搭載され、端末そのものが学習して賢くなっていく未来だ。

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このほどアップルが、“軽い”人工知能AI)を開発する企業を2億ドル(約220億円)で買収した。この買収の本質とは、利用者に近い側、すなわち“エッジ”と呼ばれる領域へのAIの導入を進めることで、その優位性を維持することにある。

アップルが買収したXnor.aiは、低消費電力の機械学習ソフトウェアやハードウェアを手がけるシアトルのスタートアップだ。この分野はアップルやその他のテック大手にとって、AI分野における主戦場でもある。

そこでは、AIがスマートフォンやスマートウォッチ、その他のスマートデヴァイスに搭載され、勢いを増している。これらのデヴァイスはクラウドではなく「エッジ」でコンピューティングを実行する。これによって電力消費を最小限に抑えるのがポイントだ。

スタンフォード大学で教授を務め、AI向け低消費電力チップを手がけるスバシシュ・ミトラは、「エッジにおける機械学習は、これから大きな広がりを見せるでしょう」と予想する。「いかに効率的に実行できるようにするのかが大きな課題です。それには新しいハードウェア技術と設計が必要になります。加えて新しいアルゴリズムも必要です」

消費電力を減らすための試み

計算量が膨大なAIアルゴリズムを汎用チップで実行すると、大型化し、大量の電力を消費する傾向がある。そこで、AIモデルを軽量化し、電力の利用効率が非常に高い特化型ハードウェアで実行するなど、創意工夫するスタートアップが次々と登場している。Xnor.aiもそのひとつだ。

Xnor.aiは2019年3月、太陽電池からの電力のみで画像認識を実行できるコンピュータチップを実演した。同社の創業者らが執筆し、2016年にオンラインに投稿された研究論文には、効率性を高めた「畳み込みニューラルネットワーク」について記されている。特に画像処理に適した機械学習の手法のひとつだ。研究者らは、主にレイヤー間の結合を単純化し、近似したモデルを構築することで、ネットワークの規模の縮小に成功した。

アップルは、音声アシスタントを起動するフレーズ「Hey, Siri(ヘイ、シリ)」を認識したりするなど、特定のAI処理を実行するチップをすでに製造している。しかし、同社のハードウェアは今後、バッテリーの消耗を早めることなく機能を改善しなければならない。これについてアップルにコメントを求めたが、回答は得られなかった。

エッジデヴァイスがAIで学習する

エッジにおけるAIでは、動画内の顔を認識したり、通話での音声を認識したりするなど、特定の処理を実行できる訓練済みモデルを使用する。ところがミトラによると、近い将来はエッジデヴァイスが学習できるようになる可能性があるという。

これによりスマートフォンやその他のデヴァイスは、クラウドに何も送信することなく、性能を改善していくことが可能になる。「とてもワクワクする話です」とミトラは言う。「いまのデヴァイスの大半は賢いものではなく、処理をサーヴァー側に依存しているのです」

Xnor.aiが実演したように、AIを動画に応用する方法を効率化することは、アップルやグーグル、そのほかモバイルコンピューティングに取り組むあらゆる企業にとっても鍵となる。カメラやその関連ソフトウェアは、iPhoneやその他のスマートフォンにとって重要なセールスポイントであり、TikTokなどの動画中心のアプリは、スマートフォンの若いユーザーの間で人気を呼んでいる。個人データをクラウドに送信することなく自分のデヴァイスに保持できるのも、エッジコンピューティングの利点だ。

調査会社のIDCでアナリストを務めるデイヴ・シュブメールによると、現在はAIを搭載していないアップルの端末でも、機械学習を用いることは可能だという。「例えばノイズを低減するために、Apple WatchやAirPodsでAIを動作させるようなことは実現性があると思います」と、シュブメールは言う。「既存の製品にも非常に大きな潜在的な可能性があります」

さらなる視覚機能の進化のために

その場で何が起きているのかを判断したり、複雑な特殊効果を追加したりできるアルゴリズムなど、動画に関する高度なAIはクラウドで実行するのが一般的である。これは非常に大きな計算能力が求められるからだ。

「例えば写真に被写界深度の合成を適用するには、ディープニューラルネットワークを用いてピクセルごとの深度を見積もる必要が出てくるケースもあります」と、ジョージア工科大学でコンピュータヴィジョンを専門とする教授のジェームズ・ヘイズは言う。

アップルは、iPhoneのカメラをスマート化する以外の分野でも、Xnor.aiの技術を役立てることができる。機械が複雑な実世界を認識し、理解する能力を向上させることは、ロボット工学や自動運転、自然言語の理解にとって重要な鍵となるだろう。

「人間レヴェルの知能を獲得することがAIの目標なら、画像について推論する能力は不可欠です」と、ヘイズは言う。彼によると人間の脳のおよそ3分の1は、視覚処理を担っているという。「進化の過程で視覚機能は、非常に重要な知的能力とみなされてきたようです」

アップルはコンピューターヴィジョンをさらに発展させることにも、大きな価値を見出しているようだ。

※『WIRED』によるアップルの関連記事はこちら

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地球最強の生物「クマムシ」も、温暖化には弱いかもしれない:研究結果

地球最強の生物という異名をもつクマムシは、さまざまな過酷な環境でも生き残ることで知られている。ところが、クマムシの一種は地球温暖化などで慢性的に高温にさらされるようになると、かなりの確率で死んでしまうようなのだ。

TEXT BY MATT SIMON

WIRED(US)

water bear

ROLAND BIRKE/GETTY IMAGES

緩歩動物とも呼ばれるクマムシは、地球上のどんな生物よりも死を好まない。8本脚のグミベアのようなこの極めて小さな生物を、これまで科学者たちはとんでもない環境にさらしてきた。熱い湯に放り込んだり、凍らせたり、放射線を当てたり、真空にさらしたりしてきたのだ(つい最近もロケット科学者が、故意にではないにしてもクマムシを月面に衝突させた)。

関連記事探査機が墜落して月面に残されたクマムシは、いったいどうなってしまうのか?

それでもクマムシは、やすやすと生き延びる。周りの環境が乾燥するとクマムシはとりわけ屈強になり、糖類で体を強化して代謝をほぼ止め、“樽”状態とも呼ばれる乾眠状態に入る。

ところが、クマムシの伝説的なまでの不滅性は、ある程度までは伝説にすぎない可能性があることがわかった。例えば、これまでクマムシを極端な高温にさらした際、その時間は短く、せいぜい1時間にすぎなかった。

そこで、形態学や進化史も含めてクマムシのさまざまな生態を研究してきた科学者のグループが、新たに実験を実施した。すると長時間の高温にさらした場合は、生き延びる可能性がかなり低下することがわかった。急速に温暖化している惑星においては、胸騒ぎのする発見である。

活動状態では長時間の高温に弱かった

少なくとも1,300種のクマムシが地球の水を泳ぎ、湿った土壌をはい回っている。コペンハーゲン大学の生物学者であるリカルド・カルドソ・ネヴェスらは、デンマークの排水路からクマムシを採取し、研究室へと運んだ。ひとつのグループは通常の活動状態を保たせ、もうひとつのグループは乾燥させて乾眠状態に入らせた。その後、温度を上げた。

乾眠状態に入ったクマムシの場合、82.7℃という高温まで温度を上げて1時間経っても、およそ半数が生き残った。それもそのはず、クマムシは乾眠状態のときに最強なのだ。

ところが高温に24時間さらし続けると、63.1℃で50パーセントの死亡率に達する。活動状態にあるクマムシは、乾眠状態にあるクマムシよりはるかに低い37.1℃が24時間続くと、半数が死んだ。これは、これまでにデンマークで記録された最高気温よりも1℃ちょっと高いだけだ。

water bear

PHOTOGRAPH BY RICARDO NEVES

つまり、問題はここにある。気温が上昇して厳しい干ばつがより頻繁に起きるようになると、クマムシは生き延びるために常にしていることをするだろう。乾眠状態に入り、湿気が戻ってきて気温が下がるのを待つのだ。

「しかし、周囲にある程度の湿度があると、クマムシは乾眠状態に入りません。活動状態のままでいるわけです」と、この発見を説明した論文の筆頭著者であるネヴェスは言う。デンマークの屋根の上では、クマムシは基本的に危うい正常状態にとどめられ、水分が乾ききる前に日差しに焼かれてしまう可能性がある。

クマムシは食物網でどう作用しているのか?

誤解がないように付け加えるが、ネヴェスらはクマムシの一種、ヨコヅナクマムシで実験したにすぎない。とはいえ、この種はクマムシのなかでも特に丈夫なことで知られているため、それほど強靱ではない種にとっての見通しは暗い。

もうひとつ、科学者たちはクマムシの生態系をまだ調べている最中だ。「クマムシがほかの微小生物を食べていることはわかっていますし、ほかの微小生物もまた、恐らくクマムシを捕食しようとするでしょう」と、ネヴェスはいう。「しかし残念ながら、クマムシがこうした食物網のなかでどのように作用しているのか、その全容はまだ解明できていません」

気候変動がどのようにクマムシに影響を与え、次にクマムシがミクロの世界のほかの住人にどのような影響を与えるかについては、まだわからない。しかし、地上最強の小さな生物がはるかに傷つきやすくなったことは確かである。

※『WIRED』による気候変動や地球温暖化の関連記事はこちら

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