(少々くっつき過ぎかしらね…まあ、いいわ)
アインズが恐れるような事はなく、アルベドは余裕を持った微笑を湛えてその光景を眺めていた。こうなる事は事前に分かっていたし、
その隣でデミウルゴスは、先程のナーベラルとのやり取りを見てアインズへの畏敬の念を更に深めていた。
(今のナーベラルとの問答…比類なきお力、知略、カリスマ性を備えてらっしゃるにも関わらず、驕りは一切ない。ナーベラルが難色を示すはずなどないという事は百もご承知のはずなのにこの念の入れようとは…この慎重さこそが事を成す際に最も重要なのだという事を言外に伝えてくださっているのか。流石はアインズ様、常に支配者としての圧倒的な器を我々シモベに示してくださっている)
(これは私も経験している事だが、その器に触れたシモベは例外なく奮起しその全てを捧げようとする、か…このような御業を間近で拝めるのは僥幸という他にないな)
(そしてこの後何かあるはず…一言も聞き漏らさないようにしなければ)
アインズはというと、デミウルゴスがそのように自身を絶賛しつつも言動に警戒しているとは露程も思わず、ナーベラルへ突拍子もない質問をしようとしていた。
「ナーベラル、一つ聞いても良いか?」
「ハッ、何なりと」
「ウム…今更なのだが、何故私の伴侶となる事を選んでくれたのかと思ってな。アルベドの言う事も分からないではないがそれは主従としての愛であって、まさか皆がお前やアルベドのように私と夫婦の契りを結んでくれる訳ではないだろう。私の何が良いのか教えてくれないか?」
(これは本当に不思議なんだよな。ナーベラルには小言もよく言ってたから…)
アインズから思わぬ質問を受けたナーベラルは顔を真っ赤にして俯く。それはそうだろう、全シモベ達の前で自分を異性として愛する理由を発表しろと言われたのだ。アルベドやシャルティアが例外なだけで、アインズに対して絶対的な忠誠を誓うナーベラルですら羞恥心が先に来てしまうのも無理はない。しかも、先程から自分とアインズを囲うように姉妹達が見守っている。ユリ、シズ、エントマはともかく、ルプスレギナとソリュシャンには後で何を言われるかわかったものではない。
先程まで余裕の笑みを浮かべてアインズとナーベラルのやり取りを見守っていたアルベドだが、例外なだけあって違う意味でアインズの発言は看過出来ないものがあった。
(な、なんですって!ナーベラルにもアインズ様への愛を叫べと仰るなんて…!…さっきは大人しくし過ぎたわね…ナーベラルの出来次第では私ももう一度やらせていただかないと…)
(…まあ、ここは
メラメラと燃えるアルベドの闘争心は仄かに黒いオーラとなって立ち上る。
アインズにしてみれば疑問に思った事を率直に聞いただけであり、ナーベラルを困らせるつもりなど全くない。色恋とは無縁なオーバーロード故なのか恋愛経験の乏しさ故なのか、または例外達のやり取りに慣れてしまったのか自身の発言の無神経さには気付かない。しかしナーベラルの反応と自分の右斜め後方、アルベドがいると思われる辺りから発せられる異様な雰囲気で、自分が何かマズイ事を言ったというのはなんとなく理解する。
「…やっぱり言い難い事ならば言わなくてよいぞ、ナーベラル」
少しの沈黙の後、アインズに身体を預けたままナーベラルが口を開く。シモベたる者、どのような状況であろうと至高なる御方に遠慮などさせる訳にはいかないのだ。
「アインズ様は…もう二度と感じる事はないと諦めていた喜びを与えてくださいました…今もこうして…」
(…諦めていた喜び、か…)
その言葉が持つ寂寥を察したアインズは、無意識にナーベラルの背を優しく撫でる。その心地よさにナーベラルは自らの内にあった羞恥と僅かな不安を忘れアインズに想いを語る。
「…弐式炎雷様が私をお創りくださった時、私の周囲には光と喜びが溢れていました」
「ああ、懐かしいな。私にもすぐに知らせてくれたんだぞ。モモンガさん、俺の娘を見てくれよ、と言ってな」
アインズも楽しかったあの頃を思い出す。その瞬間アインズの心は懐かしい記憶の中にある幸福感に包まれるが、これからナーベラルが語る結末を予感しそれらはすぐに霧散する。
「はい!アインズ様が私を褒めてくださった事も良く覚えております!その時はこのような幸せが永遠に続くのだと思っておりました。…しかし…時が経つにつれ喜びを感じる事は少なくなり…ついには…」
「…ナーベラル、そこから先は言わなくて良い。…すまなかったな」
見れば他のシモベ達も一様に沈鬱な表情をしている。
(何をやってるんだ、俺は…)
アインズはナーベラルとの会話の中で
「…弐式炎雷様が去られた事を悟った時は自分の存在する意味が分からなくなりました…しかし、今はもう辛くなどありません。アインズ様が暗闇に佇むしかなかった私達に再び光をくださいましたから…」
「そして、この世界に来てから御身の盾となって死ぬ事こそが本懐の私達に、恐れ多くも御身と共に生きる為の任務を与えてくださいました。…その時の喜びは言葉に出来ません!それに、私や姉妹達の創造主様の事も折に触れて話してくださいます。そのお心が本当に有り難くて…!」
(…ナーベラル…そんな風に思ってくれてたのか…)
そう思うと同時に、アインズはシモベ達が放つ雰囲気から先程までの暗さが消えている事に気付く。皆がナーベラルが抱く想いを肯定しているかのような、そんなあたたかさに玉座の間は包まれていた。
「…ですが、私は愚かにも人間共への不快感を押さえ切れずアインズ様にご迷惑ばかりおかけしてしまい…」
さっきまで心底嬉しそうに語っていたのに急に消え入りそうな声音になるナーベラルの様子が可笑しくて、アインズはフフッと笑声を漏らす。
「ナーベラル、そう気を落とすな。…まあ確かにお前の態度には手を焼いたがな…だが、お前なりに精一杯努力してくれていた事は私も分かっている。自らに定められた事を押さえるのは辛かっただろう…今のモモンの名声があるのはお前のおかげでもあるのだぞ。お前と私とで成し遂げた事を誇ってくれ」
アインズに慰められ、ナーベラルの表情がパッと明るくなる。
「…アインズ様は失態ばかりの私を遠ざけようとせずに導いてくださいました。そういったお心に触れるうちに私は、あろう事か…その…」
今度は顔が真っ赤になる。良くも悪くもごまかしがきかない性格なのだ。
「…ああ、言い難い事は言わなくて良いと言っただろう。お前の気持ちは良く分かった。ありがとう、ナーベラル」
「そんな!私ごときに感謝など…どのような事でもご命令くだされば良いのです!」
「そう言うな、愛しく思う相手には感謝するものだぞ。お前にも伴侶としての振る舞いに慣れてもらわないとな」
「ハッ、努力致します」と言って早速跪こうとするナーベラルを必死に抱き止めるアインズ。
(…うん、これはダメだな。結局俺が頑張ってフォローするしかないのか…こんなやり取りでも周りから見たら仲睦まじく見えるかもしれないしな。それにしても、先が思いやられるぞ…)
ここで、アインズに一つの悪戯心が湧いてくる。
「ナーベラルよ、私を人間だと思ってみてはどうだ。もし、私が今のような力を持たない人間だとしたらお前も跪かなくて良いのではないか?もっとも愛してもくれないかもしれんが…」
そう言われたナーベラルはキョトンとした顔でアインズを見つめている。アインズにしてみれば少し慌てるナーベラルが見られるか、くらいのつもりで言ったのだが、その純粋な眼差しに罪悪感を覚えたアインズは今の発言を取消そうとする。しかし、その前にナーベラルが口を開く。
「アインズ様には強さもお姿も関係ありません。どのようなお姿であろうと私が全てを捧げる御方でございます」
「もし、アインズ様が今のようなお力を持たない人の姿で在らせられたなら、その時こそこの身の全てをかけて御身をお守りさせていただきます。アインズ様が私達にそうしてくださったように。そして…伴侶として選んで頂けるのであれば命ある限り御身と共に歩ませていただきます」
ナーベラルは僅かな逡巡もなくそう言い切る。ナーベラルにはアインズの意図が分からなかった。なぜこのように答えが分かりきった事を御方は聞かれるのか。しかし、御方の深いお考えが分からないのは今に始まった事ではない。であれば、自らの胸の内を正直に伝えるだけでよい…ただそれだけの事だった。
だが、ナーベラルの言葉はアインズの心に深くささる。
(…ナーベラル…そうか、そうだよな。そんな事で揺らぐ関係じゃないんだよな…)
(皆、過去も現在も受け入れて俺を信頼してくれている。忠誠を尽くしてくれている。だけど、俺はそんな
(…伝えてやらないとな。それが出来るのは俺だけなんだから)
自らの思いをそう定めたアインズは、その後押しをしてくれたナーベラルを強く抱き締める。
「ナーベラル・ガンマ。お前の忠誠と愛を受け取ったぞ」
アインズが決心をする一方で、デミウルゴスは胸騒ぎを覚えていた。
(今のは…?何故自らを人間などと仮定されたのだ…ナーベラルを試されただけか…?いや、何かを確認されていたような…この後何を仰るのか…)
今回はここまでとなります。読んでくださった皆様ありがとうございました!なかなか話しが進まずすみません…続きはまた近日中に投稿します。