概要
12月8日、陸軍は、英国軍の激しい抵抗の中、英領マレー半島コタバルに上陸。やや遅れて同半島シンゴラ(タイ領)にも上陸し英領内へ進軍を開始。
https://www.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/special/vol16.html
マレー作戦 1941年12月8日、日本陸軍が英領だった旧マラヤ北部のコタバル(現マレーシア)に上陸し、マレー半島タイ領のシンゴラ、パタニにも上陸して英軍と戦闘を開始。
https://www.sankei.com/world/news/180216/wor1802160011-n4.html
以下当時の資料
南方要域攻略に関する命令
二 南方軍総司令官は海軍と協同し左記に準拠し速に南方要域を攻略すべし。
進攻(進入)作戦開始に関しては別命す。
(二)作戦実施に方りては勉めて泰国及印度支那の安定を確保すると共に同方面よりする対支封鎖を実施す。
泰国及印度支那軍抵抗せば其要域を占領することを得。
昭和十六年十一月十五日
奉勅伝宣 参謀総長 杉山元
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レファレンスコード C12120137460
南方要域攻略ニ関スル命令 昭和16年11月15日
渡作命第一九三号
歩兵第十一連隊命令 一二、一、二〇〇〇 於三亜
一 敵情兵団の企図並友軍の情況は松作命甲第一七三号及河作命第二号の如し
二 連隊{第二大隊を欠き独立速射砲第一中隊(一小隊欠)師団無線第一分隊旅団無線第一分隊を属す}は旅団右第一線となり「シンゴラ」駅南側小流以北の海岸に急襲上陸し英国領事館無線使用を阻止すると共に「シンゴラ」西側桟橋を占領して船舶の逃避を防止し要すれば鉄道部隊と協力し停車場を占領し在停車場交通機関の押収を援助しつゝ爾後の突進を準備せんとす
三 第一大隊{連隊砲中隊五号無線一 六号無線三を属す}は右第一線となり旧飛行場頭上「行」の字以北の地区に上陸し速に一部を以て英国領事館の無線使用を阻止すると共に「シンゴラ」西側桟橋を占領し主力は燈台高地南側に集結し爾後の突進を準備すべし。
要すれば鉄道部隊に協力し在停車場交通機関の押収を援助すべし。
連隊砲中隊(一分隊欠)は上陸直後法院付近に至らしめ市川少佐の指揮を受けしむべし。
四 以下略す。
歩兵第十一連隊長 渡辺綱彦十、戦闘前に於ける彼我形勢の概要
3、泰国は十一月二十五日予備兵約二万五千の召集を開始し「バンコック」市民亦動揺の徴あるも南泰の状況大なる変化なし。在「シンゴラ」及び「パタニ―」付近駐在部隊は十一月十四日より約一週間に亘り「シンゴラ」―「サダオ」道上に於て「シンゴラ」付近の進入軍を設想し攻防演習(追撃退却)を実施せしものゝ如し。
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レファレンスコード C14110583800
歩兵第11連隊第3中隊 陣中日誌 昭和16.11.1~16.12.31
十二月八日 月曜日 晴 於泰国 「シンゴラ」沖「那古丸」
一 二十四時二十五分那古丸は「シンゴラ」二浬沖に投錨す。月影に淡く馬来半島の山浮び上陸点「シンゴラ」市付近は点々と街燈輝き未だ夜の静寂裡にありて我の来れるを知らざるものゝ如し。
神兵到る処常に天祐あり神助あり一同遙かに之を望み必勝の信念愈々固く志気益々旺盛なり。
一時十分田輸作命第四号に基き移乗を開始せるも折柄波浪高く移乗極めて困難にして海中に落下せるもの数名に及べり。
中隊は右舷二番「ハッチ」より移乗を開始せんとせるも第一小隊の乗船予定たりし小発C2068号は激浪のため故障を起したり。
依って第一小隊は第二回移乗部隊となり中隊(一小隊欠)は二時波浪を冒して移乗を開始す。
二、二時三十分移乗を完了し本船を出発す。
陸岸に達着せるも折柄波浪高く陸岸より打返す波高は三米に及び舟艇は浪下に没し或は跳込直後仰ぎ見るが如き大波に没するありて上陸極めて困難なりしも万難を排し四時五分「シンゴラ」海岸に敵の抵抗なく達着夫々兵力を集結し直に作命第三号に基き出発す。
三、中隊長を先頭とし指揮班第二小隊の順序を以て所定の目的地英国領事館に向ひ突進す。
四、六時二十分英国領事館を襲撃し之を占領領事を捕縛す。館内を捜索するも無線器なし。
五、第二小隊第二分隊は海岸達着後泰国警察の動静偵察並に辻参謀を護衛し赴きたる処不意に泰国警察官一部の抵抗を受け五時三十分不幸にも敵の初弾は久保伍長の頭部を貫通し中隊は茲に大東亜戦争最初の負傷者を出すに至れり。
六、六時三十分別紙大作命第四号を受領す。
七、右命令に基き栗田分隊を英国領事館に残置警戒せしめ主力は直に日本領事館前十字路付近に集結し後命を待つ。
八、八時三十分別紙大作命第五号を受領す。
九、右命令に依り中隊は英国領事館西方山上に依り抵抗中の泰国警察隊を和平的に鎮撫に任ずる為第三小隊を以て別紙要図の如く態勢を執りたるも益々彼等は射撃を継続し和解の色見へず、第三小隊は已むなく交戦を継続しありたるに九時五分漸くにして我真意を解せるを以て直に攻撃を中止す。
十、要旨命令 一二、八、一〇〇〇 於「シンゴラ」日本領事館
一、敵の飛行機は熾んに上空を飛翔し爆撃しあり。各隊は充分に遮蔽し対空射撃対空監視に遺憾なかるべし。
二、第二第三第四中隊より各々一ヶ小隊を達着場に差出し速に舟艇の押出に協力すべし。
三、第一中隊の電気廠を監視せる小隊の引上に関しては別名〔ママ〕す。
四、大隊は連隊の位置に移転す。
第一大隊長大本少佐
十一、 右命令に基き中隊は第二小隊を速に達着場に差出し舟艇押出に協力せしむ。
十二、第二回移乗部隊となりたうr第一小隊小南少尉以下三十三名十時三十分異状なく中隊に追及す。
十三、十二時三十分別紙大作命第六号を受領す。
十四、右命令に基き吉田少尉以下五名を大体直轄将校斥候として大隊本部に差出し、
主力は大隊の位置に集結し行軍序列に入る。
十五、十三時二十分「シンゴラ」を出発「ハジャイ」に向ひ前進を開始す。
十六、十五時別紙大作命第七号を受領す。
十七、中隊は速射砲一小隊並六号無線一を属せられ尖兵となり本隊の前方七〇〇米を徒歩行軍を以て「ハジャイ」に向ひ前進す。
一八、十五時五十分栗田分隊は英国領事を日本領事館に引渡し中隊主力に追及す。
十九、中隊は二十日余の船内生活の気候の急変の為疲労甚だしかりしも聖戦の真義に徹せる感激と烈々たる闘志は克くそれ等の障碍四十粁の道程を踏破せり。
二十、本日の射耗弾左の如し。
小銃弾 四七発
榴弾 五発
大作命第五号
第一大隊命令 一二・八、〇八・三〇 「シンゴラ」日本領事館
一、約一〇〇名の「タイ」国警察隊は我が真意を解せず我に対し射撃をし在り。
二、大隊の一部の兵力を警察隊に派遣し和平的に該警察隊の鎮撫に任ぜしめんとす。
三、第三中隊長は一小隊を警察隊に派遣し和平的に該警察隊の鎮撫に任ぜしむべし。
四、爾余の諸隊は現在地に於て待期すべし。
五、予は現在地に在り。
第一大隊長 大本少佐
下達法 各隊命令受領者を集め口達筆記せしむ。
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レファレンスコード C14110583800 (43~50画像目)
歩兵第11連隊第3中隊 陣中日誌 昭和16.11.1~16.12.31(1)大作命第六号
第一大隊命令 一二・八、一二・三〇 「シンゴラ」停車場
一、砲二、三門を有する約三〇〇の泰国軍は新飛行場南方約二粁高地陵〔ママ〕線を占領し其の砲兵は同地東南側に配置しあり。歩四一の第三大隊
歩一一の第九中隊及鉄道突進隊は北の敵を攻撃中にして歩四一の第三大隊は新飛行場東南一四〇〇米高地に歩一一の第九中隊は新飛行場南方約一二〇〇道路及鉄道の中間地区に鉄道突進隊は其の西南方一二〇〇米付近に進出し共に交戦中なり。
連隊は新飛行場西南地区に兵力を集結す。
二、大隊(配属部隊を欠く)は即時現在地出発「シンゴラ」―「ハジャイ」道を新飛行場西南側に進出せむとす。
三、第一中隊は尖兵中隊となり即時現在地出発「シンゴラ」―「ハジャイ」道を連隊の前方約七〇〇米に在りて新飛行場西南側に向ひ前進すべし。
四、爾余の諸隊は左記行軍序列を以て連隊本部の後方を前進すべし
左記
(軍隊符号省略)
第三中隊より将校斥候一を速に差出すべし
五、予は大隊本部に在りて前進す
第一大隊長 大本少佐
下達法 各隊命令受領者を集め口達筆記せしむ大作命第七号
第一大隊命令 一二・八、一五・〇〇 シンゴラ飛行場北端
一、「タイ」国軍は軍使を以て戦闘中止を要請し来り河村部隊は大乗的見地より之に応諾を与へたり。
情報に依れば装甲車を有する敵機甲部隊は本八日正午●「サダオ」方向より北進中なり。
河村部隊は先づ「ハジャイ」方向に突進し「サダオ」方向の敵を撃滅す。
市川支隊主力は鉄道に依り鉄道突進隊と協力し「ハジャイ」に向ひ突進す。
歩四一は「ハジャイ」に向ひ前進中なり。
連隊は「ハジャイ」に向ひ突進し「サダオ」方向より北進する敵を撃滅す。
二、大隊は連隊主力となり「ハジャイ」に向ひ突進せむとす。
三、各隊は左の行軍序列に依り連隊本部の後方を「ハジャイ」に向ひ前進すべし。
四、第二、第三中隊は渡作命第一九六号に依り行動すべし。
五、予は大隊本部の先頭を「ハジャイ」に向ひ前進す。
第一大隊長 大本少佐
下達法、各隊命令受領者を集め口達筆記せしむ損害 二十一、本日の戦傷者左の如し
戦傷年月日 昭和一六、一二月〇八日 〇五三〇
戦傷場所 泰国シンゴラ
戦傷部位 前頭部兼顳顬部穿透性貫通銃創 ※顳顬部=こめかみ
等級 伍
氏名 久保熊男
大作命第九号
第一大隊命令 一二・九、一二・〇〇 於ハジャイ
一、「サダオ」付近に於て我捜索隊は敵と交戦中なるものの如し。河村部隊は速に国境を突破し「イポー」に向ひ急進す 歩四一の一大体は「サダオ」に向ひ急進せり。
二、大隊(中略)は連隊の先頭となり「サダオ」に向ひ急進せむとす。
(以下略)
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レファレンスコード C14110583900 (1~4・12画像目)
歩兵第11連隊第3中隊 陣中日誌 昭和16.11.1~16.12.31
第二、軍主力方面戦闘経過概要
其の一、上陸より「ペラク」河畔への進撃
一、第五師団の状況
(1)上陸より国境突破
泊地に進入せる師団は直ちに投錨泛水を開始し、折柄の荒天波高二米の波濤を克服し、敵不意に乗じ主力方面は〇三・三〇、安藤支隊方面(歩兵第四十二連隊基幹部隊「バタニ」方面)は〇三・〇五、夫々上陸を開始し、何れも敵の抵抗を受くることなく、前者は〇四・一〇、後者は〇四・三〇夫々南泰「シンゴラ」及「バタニ」付近に歴史的上陸に成功せり。
上陸直後、各方面共一部泰国軍及警察隊の抵抗を受けたるを以て之を攻撃し、一四・三〇泰国側の要求を容れて停戦せり。次で師団主力方面に於ては「サダオ」付近に於て、安藤支隊方面に於ては「ヤラー」付近に於て共に我が上陸を察知し、越境北上せる敵機械化部隊を撃破しつつ前進し、師団主力方面は十日)〔ママ〕作戦第三日)〇三・四〇、安藤支隊方面にありては一五日(作戦第八日)一〇・三〇夫々其の先頭を以て国境を突破し英領馬来に進撃せり。
宮本鉄道突進隊は八日〇四・一五「シンゴラ」に上陸するや直ちに停車場を占領し〇五・四〇押収せる車輌によりて突進を開始し、一部泰国軍の抵抗及鉄道の爆破を克服し十一日早朝国境を突破せり。
(参考)開戦後に於ける泰国の情勢
開戦当日に於ては泰軍は各所に於て若干抵抗を試みたるも、九日に至り泰国政府は全面的に我が要求を容れ、更に十一日坪上大使と「ビブン」首相間に日泰攻守同盟締結に就き意見の一致を見るに至り、国内一般情勢漸く安定せり。
(以下略)
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レファレンスコード C14110548100 (1・2画像目)
防衛省防衛研究所>陸軍一般史料>南西>マレー・ジャワ>馬来攻略作戦経過概要 除新嘉坡攻略作戦 昭和16.12.8~17.1.31
大本営発表ではなぜか「友好的に進駐」と表現した
大本営発表 其の一
昭和十六年 一二ー八
(二一〇〇)帝国陸海軍は緊密なる協同の下本八日午后泰国に友好的に進駐を開始せり
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レファレンスコード C16120664500(1枚目)