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財政難に苦しむ野辺山宇宙電波観測所のこれから

所員は120人から13人へ、それでも45m望遠鏡での研究継続に奮闘

立松健一 国立天文台教授

 共同利用では、観測提案が採択されれば無料で観測時間を提供してきた。この伝統の「共同利用」は2022年3月に終了し、それ以降は競争的資金などによる「専用利用」に移行する予定である。具体的には、研究者(国立天文台の職員も例外ではない)には競争的資金などを獲得してもらい、そこから観測時間1時間当たり1万円の望遠鏡使用料をいただく(詳細は検討中)。また、観測所自身も外部資金の獲得に努め、新しい高感度受信機を開発・搭載して、45m電波望遠鏡の競争力を上げる(電波撮像速度を周波数により現状の8―30倍に向上させる)予定だ。

 国立天文台の岡山天体物理学観測所はハワイ観測所岡山分室へ改組縮小され、そこにあった188cm反射望遠鏡は、東工大による管理運用、研究者や地元自治体による有償利用へと移行した。東大木曽観測所の105cmシュミット望遠鏡は、新たに開発された高性能カメラ「トモエゴゼン」で新しいサーベイ観測を開始した。熟年望遠鏡の厳しい生き残り競争である。

拡大2019年の特別公開も大勢の人たちでにぎわった=2019年8月24日、国立天文台提供

 45m望遠鏡の頭痛の種は電気代である。700トンある望遠鏡を駆動するには相当の電気代が必要となる。その確保が難しくなり、望遠鏡の稼働時間を減らさざるを得ない。残念ながら、観測時間が少なくなれば査読論文、そして修士論文・博士論文の数の減少は必至である。

 観測所の教育広報活動については、地元南牧村と2019年3月に協定書を結び、連携を強化している。村による観測所有料ガイド(野辺山OBの天文学者や技術者がガイドを務める。ガイド無し見学はこれまで通り無料)、商用有料撮影、村による観測所守衛所横でのTシャツなど観測所関連グッズの販売などを始めた。観測所の開所以来の伝統である(年末年始を除く)毎日の一般公開は続け、年1回の特別公開も規模を縮小して行う予定だ。

日本の科学の疲弊は深刻

 野辺山宇宙電波観測所の財政難について書いたが、これは単なる個別事象ではない。国立大学などへの運営費交付金は、2005年度より年1%ずつ減額され、すでに限界値以下である。特に、科学をボトムアップで支えるはずの地方大学の疲弊が著しい。Nature誌が繰り返し指摘しているように、⽇本の科学論文数における競争力が顕著に低下しており、その原因は不十分な予算である。中国の科学論文数は、すでに日本を大きく上回る。私の分野である天文学では、この数年、中国の論文が質・量とも躍進している。日本は、科学分野でアジアの盟主を自任していたが、すでに過去の栄光である。

 勉強と研究は異なる。大学入試を含めた勉強は、「正解」があり、「正解」に最短経路で行く競争である。一方、研究は正解がまだわかっていない。神ではない我々は最短経路を知らず、ジグザクの道を進みながら正解を目指す。科学者が切磋琢磨しながら、あるときは共同研究をしながら、知恵を出し合い、手探りで正解を目指して努力を続けるのである。

 研究の継続的営みのためには適切な規模の予算(基盤的経費)が必須である。これがほとんど失われてしまった。年限のある競争的資金獲得のために研究が近視眼的になり、また、競争的資金を当て続ける難しさから研究をあきらめる大学教員が続出する。日本の地方大学、冬の時代である。

 助教クラスの職の多くが任期付きになってしまったことも見逃せない。国立大学教員の65歳までの定年延長に伴い、若手の任期なしポストが減少しているので、たとえ運よく任期なしポストにつけた場合でも典型的な年齢が28~34歳から30~40歳に上昇した。科学を志した若者も、将来への不安から別の道を歩む。

 科学の疲弊状態をこのまま放置すれば、間違いなく日本は科学の二流国になる。事態は本当に深刻である。

45m望遠鏡をできるだけ長く現役で活躍させたい

 私自身、天文学者としての基礎は野辺山で鍛えられた。そして今、所長として財政難に立ち向かっている。日本の電波天文学の先達である赤羽賢司さん、森本雅樹さん、海部宣男さんらが心血を注いで建設し、世界をリードする成果を出してきた45m電波望遠鏡の共同利用を終了させなければいけないことは忸怩たる思いである。

 しかし、45m電波望遠鏡は今も変わらず野辺山の地に立っている。この望遠鏡をとにかく少しでも長く現役で活躍させたい。運用の形態を変えてでも、それを実現するのが私の恩返しである。

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筆者

立松健一

立松健一(たてまつ・けんいち) 国立天文台教授

1959年生まれ。京都大学理学部卒業。 京都大学大学院修士課程、名古屋大学大学院博士課程修了。理学博士。学振特別研究員、野辺山宇宙電波観測所研究員、テキサス大学研究員、茨城大学助手、国立天文台助教授を経て、2007年より現職。アルマ推進室長を併任した後、 2017年より野辺山宇宙電波観測所長を併任。