「行儀が悪い」メガン妃
ハリー王子とメガン妃が王族引退宣言(詳細の合意ができたことを、1月18日にエリザベス女王が公式発表)ことで、世界中の人々が大騒ぎしている。メディアから人種差別丸出しのいじめにあった妻を守るハリー王子への絶賛があるいっぽうで、メガン妃に対するバッシングが目立つ。「英国王室のマナーや礼儀を重んじていない」、「英国王室の(ビートルズ解散の原因を作ったと責められた)ヨーコ・オノだ」といったものだ。その前から、「舌を出したりして、王室の一員らしくない」と「行儀の悪さ」を上げる批判がかなりあった。
メディアを見ていると、メガン妃が黒人であることと、アメリカ人であることの2つが先入観になって、「行儀が悪い」という批判を強めているように感じる。
英国のメディアやメディア関係者による人種差別に関しては、BBCラジオ5ライブの司会者ダニー・ベイカーがハリー王子とメガン妃の第一子アーチーを猿よばわりしたツイートなど、事例は山程ある。
「イギリスにはアメリカのような黒人差別はない」という意見もあるようだが、黒人の英国人ライターのアフア・ヒルシュは、ニューヨーク・タイムズ紙の「黒人の英国人は、なぜメガン・マークルが抜けたがっているのか理解できる」というコラムでそれを否定している。大英帝国はかつて奴隷貿易のパイオニア的な役割を果たしていたし、それは白人優先主義と人種差別に支えられたものだった。他国に先駆けて1807年にアフリカ人奴隷貿易を禁止したが、その後もカリブ海の英国領諸島では1833年まで奴隷が使われていた。
もうひとつ英国人がメガン妃に対して厳しいのは、彼女が「アメリカ人」という部分だ。ハリー王子やメガン妃に対して好意的なアメリカ人やアメリカのメディアに対しても、「アメリカ人には礼儀を重んじる英国や英国王室が理解できない」といった英国からの批判がある。
でも、英国貴族の血には、かなりアメリカ人の血が混じっている。アメリカ人は直接的にも間接的にも英国貴族に大きな影響を与えてきたのだ。(ダイアナ妃の曾祖母もアメリカ人だったのでウイリアム王子やハリー王子にもアメリカの血が混じっていることになる)
アメリカから英国に渡った「ダラー・プリンセス」
19世紀の英国では、「称号と大きな屋敷はあるが、それを維持する金がない」という窮地に追い込まれた貴族が増えていた。手に職を持つのは下品だとみなしている英国貴族にとって、簡単な解決策は「巨額の持参金を提供する裕福なアメリカ人の娘と結婚する」ことだった。当時のアメリカの富豪にとっては、娘を貴族に嫁がせれば貴族の親戚ができ、自分の社会的ステータスが上がる。両者の利害関係が一致したことで、故郷のアメリカを離れて英国貴族に嫁ぐ、通称「ダラー・プリンセス」が数多く誕生した。ドラマ「ダウントン・アビー」のグランサム伯爵夫人であるコーラ・クローリーは史実に沿ったフィクションだ。
何十人ものダラー・プリンセスの持参金が、借金まみれの英国貴族とその大邸宅の数々を救ったことは、多くの書物に書かれている。その中で、最も有名なダラー・プリンセスは、コンスエロ・ヴァンダービルトだろう。
最も有名な「ダラー・プリンセス」のコンスエロ・ヴァンダービルト
「行儀が良い」コンスエロの悲劇
コンスエロの父は、鉄道王コーネリアス・ヴァンダービルトの孫で、ヴァンダービルト家のなかでも最も裕福だったと言われる。コンスエロの母アルヴァは野心家であり、娘を理想的な花嫁候補に育て上げようとした。首が長く背筋が伸びた魅力的なスタイルになるように、鉄の棒を背中に着用させたり、いいつけに背くと鞭で打ったり、相当な毒親だったようだ。
アルヴァはその後離婚して社会的ステータスを失うが、娘を英国貴族である第9代マールバラ公爵のチャールズ・スペンサー=チャーチルと結婚させることで地位を取り戻そうと計画した。コンスエロには秘密裏に結婚を約束していたアメリカ人男性がいたのだが、母は脅しや説得で強制的に公爵と結婚させたのである。
このときのコンスエロの持参金は現金で160万ドルで、その他にも父親が毎年「生活費」のようなものも支払い続けた。ヴァンダービルトが公爵に与えた金の合計は、推定2000万ドル(約22億円、現在の価値に換算すると約660億円)にもなったという。
結婚式の会場までずっと泣き続けた花嫁のコンスエロは、式の後で、公爵から「ほんとうは別の女性を愛していたのに、(公爵の所持である)ブレナム宮殿を救うため仕方なく結婚した」と言い渡され、二重のショックを受けた。コンスエロは、それでも「公爵夫人の義務」を果たそうと努力した。大邸宅の維持という大仕事をこなし、「公爵の世継ぎになる長男と、彼が亡くなった場合の予備である次男(heir and spare)」を産み、公爵が所持する土地と大邸宅に経済的に依存する庶民を助けた。
しかし、従順に義務を果たしたコンスエロに与えられたご褒美は、夫の浮気と離婚だった。公爵は、妻の金を使って贅沢な暮らしを続け、そのうえ、結婚してすぐに妻の友人であるグラディス・ディーコンと愛人関係になったのだ。
公爵のわがままは離婚後も終わらなかった。彼はカトリックに改宗したかったのだが、カトリックは離婚と再婚を許さない。カトリックになって愛人と結婚したい公爵は、コンスエロとの最初の結婚を「なかったこと」にしようとした。そして、コンスエロと彼女の母親を説得して証言させ、バチカンに「結婚の取消判決(アナルメント)」をしてもらうことに成功した。
コンスエロは従順で礼儀正しい娘であり、妻であったのに、周囲の人々に利用され、踏みつけられただけだ。
他人のことながら、コンスエロの気持ちを想像しただけで悔し涙が出る。
行儀が良い女性は、めったに歴史を作らない
ところで、第二次世界大戦で英国を勝利に導いたと言われるウインストン・チャーチル首相は、コンスエロの夫のいとこだった。ウインストンの母はアメリカ生まれの一般人ジェニー・ジェロームで、貴族のランドルフ・チャーチル卿と恋愛結婚して、レディ・ランドルフになった。英国人が誇りにしているチャーチル首相も「ダラー・プリンセス」の息子だったというのは面白い史実だ。
このレディ・ランドルフは、まったく従順なタイプではなく、おおっぴらにいくつもの婚外恋愛をし、そのひとりは英国王のエドワード7世だった。それなのに、エドワードの妃であるアレクサンドラとも仲が良かったというから相当な人物だ。息子2人は子守に任せきりだったようだが、ウインストンは母を敬慕し、彼が成長してからは姉と弟のように仲良くなったという。そればかりか、母から政治のアドバイスも受けていたようだ。
これら2人の女性で思い出したのが、「Well-Behaved Women Seldom Make History(行儀が良い女性は、めったに歴史を作らない)」という英語の言い回しだ。
元は歴史学者のローレル・サッチャー・アルリックが論文に書いた一文なのだが、それが口コミで伝わって、Tシャツのデザインになり、元の意図とは少し異なる意味で多くの人が使うようになったらしい。
「礼儀正しい」あるいは「行儀が良い」とみなされる言動には、2つのカテゴリがあると思う。ひとつは、接する相手の気持ちを思いやって行う、自発的で積極的なものだ。もうひとつは、相手を怒らせたり、がっかりさせたりしないよう、自分の欲求に反して行う受動的で消極的なものだ。
「行儀が良い女性は、めったに歴史を作らない」の「行儀が良い女性」は、後者だと思う。母や夫や世間の要求に泣きながら従った若かりし頃のコンスエロがそうだった。こういう女性は踏みつけられるだけでめったに感謝などされないし、幸福にもなれない。そして、社会を変えることもできない。
社会を変えた「行儀が悪い」女性たち
ところが、夫と離別した後のコンスエロは、「行儀が悪い女性」になった。興味深いのは、「良い子」でいたコンスエロのほうが、奔放に生きてきたレディ・ランドルフよりも、社会的弱者の救済に興味を持ち、社会に貢献するタイプの女性になったことだ。
レディ・ランドルフは、自分は息子を通じて政治的な声を持っていたにも関わらず、女性参政権運動を嫌悪し、反対していた。逆に、親や夫から踏みつけられてきたコンスエロは、レディ・ランドルフが批判する女性参政権論者で活動家になった。コンスエロは、労働者階級の女性のための学校を設立し、家事使用人のための保険組合を作り、1918年の法改正で30歳以上の戸主の女性に参政権が与えられた翌年には貧しい地域を代表してロンドン州議会の議員になった。
アメリカの公民権運動で重要な役割を果たしたローザ・パークスも、多くの人々にとっては「行儀が悪い女性」だった。1955年のアメリカ南部アラバマ州では、「黒人が白人に席を譲る」というのが当然の「礼儀」だったのだが、それを拒否して逮捕されたのだ。彼女のこの勇気ある行動が、公民権運動を活気づけた。
「キュリー夫人」として知られるマリ・キュリーもまた「行儀が悪い」女性だった。
当時には稀な女性科学者で、しかも優秀だったために、古い因習にこだわるフランスアカデミーやスキャンダルな記事を売り物にするメディアにとって、恰好の攻撃の的になった。不倫騒動で叩かれ、ユダヤ人ではないのにユダヤ人だという嘘をわざと書かれ(当時は「ユダヤ人」が誹謗の対象になっていた)、そんななかでも研究を続けてノーベル化学賞を受賞したのだ。
私がハリー王子夫妻叩きに加わらない理由
「行儀が悪い女性」は、波風を立て、同性の女性からも「もっと女らしく生きればいいのに」と陰口を言われる。でも、このような女性たちが社会を変えてくれた。そのおかげで、私たちは多くの権利を得たのだし、世界は住みやすくなった。
「#MeToo」で名乗りを上げた女性たちもそうだと思うが、「行儀が悪い女性」になるためには、相当の覚悟がいる。マリ・キュリーは石も投げつけられたようだが、2020年の現在では、ソーシャルメディアで石を投げる人が当時の何百万倍もいる。
メガン妃は、一部の人々にとっては許せないほど「行儀が悪い女性」かもしれない。でも、メディアが叩いたり、一般市民がインターネットで石を投げたりするほど悪いことをしたのだろうか? 私はそうは思わない。
彼女の「行儀の悪さ」が、ただ単に自分勝手なものなのか、社会を直接的あるいは間接的に変えるものなのかは今の時点ではわからない。けれども、ナチス・ドイツの制服で仮装パーティーに行ったり、ワイルドなパーティを楽しんだりしていたハリー王子が、有意義な社会活動をする成熟した大人に変わったところを見ると、メガン妃は良い影響を与えているのではないかと思うのだ。
王室を離れた後の2人が社会を良い方向に変えるような何かを達成してくれたら、「行儀が悪い」メガン妃は、歴史が「勇敢な女性」と書き直してくれるだろう。
私には世界を変えられるほどスケールの大きな「行儀が悪い女性」になる勇気はない。叩かれたり、石を投げつけられたりするのは嫌だから。
そんな臆病な私にできるのは、石を投げる人にはならないことくらいだ。
そして、妻を守ろうとするハリー王子を陰で応援すること。
たとえハリー王子がやっていることが王室の礼儀に外れたことであっても。
友達がいない異国に嫁ぎ、巨額の持参金で破産から救ってくれた妻に対して、「ほんとうは別の女性と結婚したかったのに」と酷いことを言った(けれども王室の礼儀にはかなっていた)マールバラ公爵よりも、公の場で妻を守るハリー王子のほうが、人間として上等じゃないだろうか?
公費に関しての批判もあるけれど、公費を得ながら未成年の女性と性的関係を持っていた某王子(がこれまで大衆から大目に見てもらってきたこと)に比べたら、ハリー王子の「自分で稼ぎたい」という意欲がどんなに甘いものであっても、尊敬に値すると思う。
きっと2人は、最初は躓いたり、失敗したりするだろう。でも、それがふつうの人生だ。
だから、「何度転んでも起き上がって、良い意味での行儀が悪い元王族になれよ」と小さい声でささやいている。