(pp.121-3)※※※「助けて」と言わない・言えない男性が、サポートやケアにありつけるよう女たちが立ち回ってくれている限り、男たちは「弱音を吐かない男らしさ」を安心して演じることができた。その意味で、ニーズを察し、それに応えるための配慮や気遣いといった「女らしさ」は、→
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(pp.121-3)※※※「助けて」と言わない・言えない男性が、サポートやケアにありつけるよう女たちが立ち回ってくれている限り、男たちは「弱音を吐かない男らしさ」を安心して演じることができた。その意味で、ニーズを察し、それに応えるための配慮や気遣いといった「女らしさ」は、→
男が「男らしさ」を安全に演じ続けるための資源なのである。(略)そういう男たちにとって最大の脅威は、女たちが「そんなことやってられるかよ」と「女らしさ」に背を向けてしまうことである。(略)穿った見方をすれば、男たちが「男らしさ」のプレッシャーを声高に語るようになったのは、→
女たちからサポートとケアを引き出すための新たな戦略にも思える。(略)そうした女の困難・女ゆえの困難を「なきもの」にする働きがあるのなら、「男ゆえの困難」についての語りは、それ自体が女たちに「痛み」をもたらすものになりうるだろう。※引用終り。「蒙を啓かれる」という体験を今まさにした。