朽ち果てた「ソ連版スペースシャトル」の姿を、打ち捨てられた格納庫に見た

かつて旧ソ連が計画していたスペースシャトル計画。たった1度の飛行で頓挫した計画のあと、シャトルは現在のカザフスタンにあるバイコヌール宇宙基地の片隅で打ち捨てられている。まるで廃墟のような格納庫に放置された機体を撮影すべく、このほどフランスの写真家が基地に潜入し、その姿をカメラに収めてることに成功した。

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    1/15現存する3機のソ連宇宙連絡船「ブラン」のなかの1機「プチーチュカ(小鳥)」。PHOTOGRAPH BY JONK
  • フランス人写真家のジョンクと3人の友人たちは2018年、カザフスタンにあるバイコヌール宇宙基地に忍び込み、これら見捨てられたブランの写真を撮った。PHOTOGRAPH BY JONK
  • NASAのスペースシャトルとデザインが酷似するブランは、ソ連の宇宙プログラムの未来として期待されていた。PHOTOGRAPH BY JONK
  • この格納庫には以前から、地元の泥棒たちが忍び込んできた。2機のブランの貴金属や電子機器を目当てにしてのことだ。PHOTOGRAPH BY JONK
  • ジョンクはヴェテランの都市探検家で、これまでに世界各地の廃墟およそ1,500箇所の写真を撮ってきたという。彼いわく、この格納庫よりも近づくのが難しい場所はほとんどなかったそうだ。PHOTOGRAPH BY JONK
  • 一部にはずさんな管理体制も見受けられるが、バイコヌールはいまでもれっきとした宇宙船基地だ。ロシアの宇宙プログラムはこの場所をカザフスタンから年間およそ1億1,500万ドル(約126億円)で借りている。PHOTOGRAPH BY JONK
  • この格納庫には、ソ連時代のテクノロジーや本、文献がいたるところに散らばっている。PHOTOGRAPH BY JONK
  • 警備員が格納庫のチェックに立ち寄ったことが2度あったが、ジョンクと仲間たちはトランシーヴァーで連絡を取って難を逃れた。PHOTOGRAPH BY JONK
  • 目的地にたどり着くため、ジョンク一行は近くの都市クズロルダまで飛行機で行き、そのあと、バスに4時間揺られてチュラタムを目指した。その小さな町で、彼らはクルマに乗せてくれる地元民を見つけ、夜の帳が下りるころに、バイコヌールから13マイル(約20km)ほど離れた幹線道路の脇で降ろしてもらった。PHOTOGRAPH BY JONK
  • 彼らはまた、かつてブランの打ち上げに使用されていたロケット「エネルギアM」のプロトタイプが保管されている近くの格納庫にも忍び込んだ。PHOTOGRAPH BY JONK
  • ブランと同じように、エネルギアMのプロトタイプも、見捨てられた格納庫の中で朽ち果てていた。PHOTOGRAPH BY JONK
  • ブランが眠る格納庫の座標にセットしたGPS機器を使い、ヘッドランプで道を照らしながら、ジョンク一行は岩だらけの大草原地帯を7時間かけて横断した。バイコヌール宇宙基地に着いた彼らが発見したのは、信じられないほど素晴らしいものだった。PHOTOGRAPH BY JONK
  • ブランが保管されている格納庫の最上階からは、エネルギアMのプロトタイプが保管されている、背の高い格納庫が見える。PHOTOGRAPH BY JONK
  • 長年、ソ連の遺物に魅せられてきたジョンクにとって、この旅はまさに、そのキャリアのハイライトだった。彼の願いは、これら生き残っているブランたちが、やがてはいまの見放された状態から救い出され、しかるべき尊敬を与えられるようになることだ。PHOTOGRAPH BY JONK
  • 2機のブランが保管される巨大な格納庫の外観をとらえた1枚。エネルギアMのプロトタイプが保管されている格納庫から撮影。PHOTOGRAPH BY JONK

1988年11月15日、旧ソヴィエト連邦(ソ連)初の宇宙連絡船「ブラン(Buran)」が、現在のカザフスタンにあるバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。ブランは米国のスペースシャトルとデザインが酷似していたことから、ソ連の科学者がスペースシャトルの設計図を盗んだ、コピーしたといった憶測も飛び交った。

そんな騒動もあったブラン(「猛吹雪」を意味するロシア語)は、ソ連の宇宙プログラムの未来として期待されていた。しかし結果的に、その初飛行は最終飛行になってしまった。

初飛行から1年後、ベルリンの壁が崩壊した。さらにその数年後、今度はソ連が崩壊した。同国のスペースシャトル計画は中断され、ソ連崩壊後初のロシア大統領であるボリス・エリツィンの決断によって93年に中止となった。

いまでは3タイプのブランが残っている。1機はフルスケールのテストモデルで、バイコヌール宇宙基地博物館に展示されている。残りの2機(うち1機は第2ミッションでの飛行が予定されていた)は、無秩序に広がるバイコヌール宇宙基地の別の場所にある。見捨てられた格納庫の中で朽ち果てているのだ。

「冒険家」たちのターゲットにされた“廃墟”

この格納庫には以前から、地元の泥棒たちが貴金属や電子機器を目当てに忍び込んできた。またこの場所は、ソ連の宇宙史を一目見ようとする世界中の「冒険家」たちのターゲットにもされてきた。フランス人の写真家であるジョンクも、そのなかのひとりだ。彼がこの格納庫への侵入に成功したのは、18年4月のことだった。

ジョンクはヴェテランの都市探検家(アーベクサー)で、これまでに世界各地の廃墟およそ1,500カ所の写真を撮ってきたという。彼いわく、この格納庫よりも近づくのが難しい場所はほとんどなかったそうだ。

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その理由のひとつに、バイコヌールはいまもれっきとした宇宙基地であることが挙げられる。ロシアの宇宙プログラムは、この場所をカザフスタンから年間およそ1億1,500万ドル(約126億円)で借りており、ここを使って自国および他国の宇宙船を打ち上げている(NASAが11年にスペースシャトル計画を終了したあと、米国人宇宙飛行士たちはロシアの宇宙船に同乗させてもらって宇宙に飛び立っている)。

もうひとつのハードルは、バイコヌールが広大なカザフステップの真ん中に位置しているということだった。そこにたどり着くために、ジョンクと3人の友人たちは、近くの都市クズロルダまで飛行機で行き、そこからバスに4時間揺られてチュラタムという小さな町を目指した。

彼らはその町でクルマに乗せてくれる地元民を見つけ、夜の帳が下りるころに、バイコヌールから13マイル(約20km)ほど離れた幹線道路の脇で降ろしてもらった。ブランが眠る格納庫の座標にセットしたGPS機器を使い、ヘッドランプで道を照らしながら、彼らは岩だらけの大草原地帯(ステップ)を7時間かけて横断した。

暗闇のなかで見捨てられていたブラン

ジョンクたちが格納庫にたどり着いたのは午前2時ごろだった。警備員はいなかった。鍵がかかっていない窓を見つけて中に侵入した彼らは、だだっ広くて真っ暗な建物の中でブランを探し始めた。

「ようやくブランに懐中電灯の光が当たったときには、思わず息をのみました」とジョンクは回想する。「あんなふうに暗闇のなかで見捨てられていたブランの姿は、いつまでも忘れられないでしょう」

ジョンクたちは格納庫の中で寝袋に入り、数時間ほど眠った。その後の2日間、彼らは探検を続け、2機のブランを写真に収めた。悲惨な保管環境ではあったが、ブランの状態は予想以上によかった。

「わたしがこれまでに探検してきた廃墟のなかで、ここが断トツで強く印象に残っています」と、ジョンクは語る。彼らはまた、かつてブランの打ち上げに使用されていたロケット「エネルギア M」のプロトタイプが保管されている近くの格納庫にも忍び込んだ。

警備員のパトロールを避けるため、彼らは交代で格納庫の屋根にのぼり、見張り役を務めた。警備員が格納庫のチェックに立ち寄ったことが2度あったが、見張り役がトランシーヴァーで仲間たちに対して、静かにしているように指示を出した。

しかるべき尊敬を与えられるために

2日間の滞在が終わったジョンク一行は、大草原地帯を歩いて引き返した。そして、幹線道路上の事前に決めておいた場所で運転手と落ち合った。パリを発って6日後、ジョンクは世界でも指折りの入手困難な写真を手土産にして、故郷に戻った。

長年、ソ連の遺物に魅せられてきたジョンクにとって、この旅はまさにそのキャリアのハイライトだった。彼の願いは、生き残っているこれらのブランたちが、やがてはいまの見放された状態から救い出され、しかるべき尊敬を与えられるようになることである。

「ブランが現存しているということ。そして、あまりにも無防備な状態で保管されているということ。それがわたしには信じられません。これらはソ連の宇宙プログラムの形見です。博物館できちんと保管されるべきなのです」

ブランとバイコヌール宇宙基地の写真は、撮影旅行に関するジョンクの解説とともに『Baikonur: Vestiges of the Soviet Space Program』(20年4月7日発売予定)にまとめられている。

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PHOTOGRAPH BY JUNPEI KATO
TEXT BY TAKAFUMI YANO

「FL L5 JACKET」¥77,000(THE NORTH FACE)、「CLOUD HI EDGE」¥16,800(オン・ジャパン

THE NORTH FACE
FL L5 JACKET

限られた道具で、いかに最大の効果を発揮させるかが、アウトドアアクティヴィティーの醍醐味のひとつだ。

特に重要なのが、身体を濡らさないウェアリング。天候を読み、いかに無駄なく、かつリスクを最小限に抑えるか、“山屋”たちは腐心してきた。

その積年のウェアリングの法則を一気に書き換える、蒸れ知らずのアウターが現れた。それがFUTURELIGHTだ。

外からの水の侵入を防ぎ、内側の蒸れを逃がす、いわゆる防水透湿は、いまやアウトドアアクティヴィティにおいて必要不可欠な素材だ。確かにこのテクノロジーによって享受する恩恵は計り知れない。

“停滞時”においてこれほどまでに頼もしい素材はない。だが、ひと度、息が上がるような運動を始めると、どうしても透湿が追いつかなくなり、その都度、ウェアを脱いだり、着たりして、汗をかかないように体温を調整しなければならなかった。

だが、このFUTURELIGHTは、着用したまま激しいアクティヴィティを行なっても、ウェアの内側が蒸れることはない。まるで“呼吸をしている”かようなウェアなのだ。

その秘密は、「ナノサイズ・ファイバー」と呼ばれる素材にあった。

通常、防水透湿の素材は、表地と裏地とで防水透湿の肝となるフィルムを挟んだ3レイヤー構造で構成される。しかし、FUTURELIGHTはそのフィルムがミクロ単位のポリマーを紡ぎ出したメンブレンをもって防水透湿を実現したのだ。

なぜ、呼吸をするのか。それはポリウレタン繊維をミクロ単位で幾重にも吹きつけることで、フィルムにはないナノレヴェルの通気孔が生まれ、外側からの水の侵入を防ぎながら、呼吸をするかのように効率よく内側の蒸れを逃がしてくれるからだ。

まさにウェアリングの革命が起きたと言っても過言ではない。

ON
CLOUD HI EDGE

かつて高名なファッションデザイナーが、あるランニングシューズを履いたとき、「まるで雲の上を歩いているようだ」と評した。このシューズも、「CLOUD」を名乗るだけあって、雲の上を歩くような心地なのかもしれない。

Onは、かつて世界トップクラスのトライアスリートだったオリヴィエ・ベルンハルドが中心となって創業した、スイス発のパフォーマンスブランドだ。最近は、テニス界の皇帝ロジャー・フェデラーがシニアチームのメンバーに加わったことで、ブランド名を耳にしたことがあるかもしれない。

シューズやアパレルを展開する彼らのプロダクト群のなかでも、真っ先に目に飛び込んでくるのがソールの固定観念を覆す独特の形状だ。

「クラウドテック」と名づけられた抜群のクッショニングと反発力を兼ね備えソールは、創業者のひとりがゴムホースを切ってソールに貼り付けてテストしたことから生まれたアイデアだった。

そのユニークな発想は、オリヴィエが現役時代にアキレス腱の炎症で悩まされていたことが、着想のきっかけだという。果たして、この形状の効果はいかに。

意外にもほどよい硬さでありながら、衝撃を吸収してくれ、まさに「雲の上を歩いているような」と評しても決して大げさなことではないはずだ。

そして、いわゆるレーサーシューズ的なデザインでないところもポイントだ。街中をジョギングして、そのままコーヒースタンドやタップルームへ飛び込んでも違和感のない都会的でミニマルなデザインがうれしい。

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