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負傷した海兵隊員を運ぶ米兵たち。2010年9月、アフガニスタン南部ヘルマンド州Photo: Scott Olson/Getty Images

負傷した海兵隊員を運ぶ米兵たち。2010年9月、アフガニスタン南部ヘルマンド州
Photo: Scott Olson/Getty Images

ワシントン・ポスト(米国)

ワシントン・ポスト(米国)

Text by Craig Whitlock

「ワシントン・ポスト」紙は2019年12月、アフガニスタン戦争の機密文書を独自に入手し、米政府が長年にわたり国民を欺いてきた事実を明らかにした。勝ち目のない戦争にはまり込んでしまったことを認識しながら、データ改ざんや情報操作で戦果を強調していたのだ。

それはベトナム戦争時にリークされた機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」を彷彿させる内容であり、「アフガニスタン・ペーパーズ」と称された。この衝撃のニュースをクーリエ・ジャポンも第一報として伝えたが、今回はそのワシントン・ポスト渾身の調査報道記事の全訳を3回に分けて掲載する。

高官らが鬱積した不満を暴露


2001年に始まったアフガニスタン戦争において、米政府高官らはこの18年間ずっと真実を語っていなかった──本紙ワシントン・ポストが入手した政府の機密文書によって明らかになった。

政府は嘘と認識しながらバラ色の発表を繰り返し、米国史上最長となるこの戦争にもはや勝ち目がなくなったことを隠し続けてきたのである。

問題の機密文書を作成したのは、この戦争における根本的失敗を検証している政府のプロジェクトチームだ。文書には、2000ページを超える未発表の聞き取り調査の記録が含まれている。米軍司令官や外交官から国際機関職員、アフガニスタン政府の役人まで、この戦争に直接関わっていた人物たちの証言である。

米政府は、この調査対象となった人々の大半の名前を伏せ、発言のほとんどを秘密にしようとしたが、本紙は3年にわたる法廷闘争の末、情報公開法に基づく文書の公開を勝ちとった。

聞き取り調査では、米国はアフガニスタンで何を誤ったのか、20年近くに及ぶ戦争の泥沼にはまりこんでいった経緯について、400人以上の内部関係者が容赦のない批判を繰り広げている。公の場ではめったに見せない歯に衣着せぬ口調で、鬱積した不平や不満を(時には陰口や結果論も含めて)ぶちまけている。

「われわれはアフガニスタンについて根本的な理解を欠いていた。自分たちが何をやっているのかわかっていなかったのだ。われわれはここで何をしようとしているのか? 何の考えも方向性もなしにやっていた」

2015年の聞き取り調査でそう語ったのは、ブッシュおよびオバマ政権下でアフガニスタン軍事作戦を統括したダグラス・ルート陸軍中将だ。

「米国民がこの機能不全のひどいありさまを知っていたら……。2400人の命が失われたんだ。それが無駄骨だったなんて冗談じゃない」

ルートは米軍から犠牲者が出たのは、議会と国防総省と国務省の官僚主義的な縦割りのせいだと非難した。

2001年以降にアフガニスタンに送られた米兵は77万5000人以上。国防総省の統計によると、そのうち約2300人が死亡し、負傷者数は2万人を超えている。

アフガニスタンとイラクでの戦死者が多く眠るアーリントン国立墓地
Photo: Amanda Voisard / Washington Post


「ビンラディンが高笑いしているよ」


聞き取り調査の対象となった人々の発言が浮き彫りにしているのは、この戦争の失敗の核心である。とりわけ、3人の大統領(ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ、ドナルド・トランプ)や軍の司令官らが勝利の約束を果たせなくなった経緯について、詳細に語られている。

調査に応じた高官のほとんどは発言が公にならないものと思って話していたため、自分たちの戦略に致命的な欠陥があったこと、アフガニスタンを近代的国家につくり直そうとして米国が大金を無駄につぎ込んだことを認めている。

同じく、アフガン政府にはびこる腐敗を減らし、有能な軍隊と警察をつくり上げ、この地で盛んなアヘンの取引をやめさせようとして米政府がぶざまに失敗したことも、調査では明らかにされている。

米政府は、アフガニスタン戦争に費やしてきた資金の包括的な会計を行っていないが、それは驚異的な金額に上る。2001年以来、国防総省、国務省、国際開発庁は9340億ドルから9780億ドルを支出してきた。これは、政治学者のネタ・クロフォードが物価の上昇も考慮に入れて算出した推定値であり、CIAや退役軍人省など、その他の省庁が支出した費用は含まれていない。

「1兆ドルを投じて、私たちは何を得られたというんだ? 果たして1兆ドルの価値があったのか?」

米海軍特殊部隊出身で、ブッシュとオバマ政権下で国家安全保障問題を担当したジェフリー・エガーズは、聞き取り調査でそう語っている。

「ウサマ・ビンラディンが殺害された後、私はこう言ったものだ。『ウサマは海の墓場で、アメリカがどれだけアフガニスタンにカネをつぎ込んだかを考えて、高笑いしているよ』と」

データ改ざんは日常茶飯事


大統領や軍司令官らは長年、「アフガニスタンでの作戦は進展している」「戦果はあがっている」と繰り返し、国民を安心させてきた。だが、そうした大合唱が嘘であったことも機密文書は示している。

聞き取りに応じた何人かは、政府が故意に国民の目を欺こうと腐心していたと語っている。アフガニスタンの首都カブールの米軍司令部でも、ホワイトハウスでも、事実に反して米国がこの戦争に勝利しつつあるように思わせるため、統計を改ざんするのは普通のことだったという。

ボブ・クローリー陸軍大佐いわく、「できるだけ“最高の絵”を見せられるように、すべてのデータ点に手が加えられていた。まったく信頼できない数字であっても、自分たちのやっていることは正しいと強調するために用いられていた。われわれは自らの存在を正当化することに汲々としていた」。

こうした聞き取り調査を実施したのは、米政府の「アフガン復興担当特別監察官室(SIGAR)」である。SIGARを率いるジョン・ソプコ特別監察官は、「米国民は絶えず嘘をつかれてきた」と本紙に認めた。

公文書はこうやって開示させるもの


SIGARは、戦火のアフガニスタンにおける不正や無駄遣いを調査する目的で、2008年に議会によって設けられた。2014年、ソプコ特別監察官の指示のもと、SIGARは通常の監査任務から離れて、付随的なプロジェクトに乗り出した。

「Lessons Learned(教訓から学ぶ)」と名づけられた同プロジェクトは、アフガニスタンでの失策の原因を突き止め、米国が次にどこかの国に侵攻したり、崩壊した国家の再建を試みたりするときに、同じ間違いを繰り返さないようにすることを目的としている。

プロジェクトチームは2014年から2018年にかけて、この戦争に直接関与した600人以上から聞き取りを行った。大部分は米国人だが、調査員はロンドンやブリュッセル、ベルリンに飛んで、NATO同盟国の関係者からも事情を聴取した。さらに、およそ20人のアフガン政府職員からも話を聞いた。

そうした聞き取り調査に加えて、米政府の記録や統計に基づき、SIGARは2016年以来7回にわたってプロジェクト報告書を公表し、その中で、アフガニスタンにおける問題を明らかにし、同国を安定させるための改革を提案してきた。

しかし、報告書は難解なお役所言葉で綴られ、聞き取りで得られた率直な批判は除外されていた。聞き取り調査に応じた人々の9割以上の名前も伏せられていた。何人かの高官は発言が公となることに同意したものの、その他の人たちについては、政治的に微妙な問題で論争となるのを避けるため、匿名を条件に話を聞いたということだった。

本紙ワシントン・ポストは2016年8月、情報公開法に基づき、聞き取り調査の記録開示を求めたが、SIGARはこれを拒んだ。そのため本紙はSIGARを連邦裁判所に提訴した。

国民には「知る権利」がある


最終的に、428件の聞き取り調査から得られた2000ページを超える未発表のメモやコピー、さらに何点かの音声録音が開示された。とはいえ、その中では、聞き取り調査に応じた428人うち名前が明記されていたのは62人にすぎず、残り366人の名前は黒く塗りつぶされていた。

SIGAR側の主張は、これらは内部告発者や情報提供者と見なされるべき人たちで、名前が公表されると名誉を傷つけられたり、嫌がらせや報復を受けたりする恐れがあるというものだった。

そこで本紙は、文書中の日付などの細部を照らし合わせた結果、独自に33人の氏名を特定。その中には、元大使や軍司令官、ホワイトハウス高官も含まれている。

一方で本紙は、SIGARに対し全員の名前を公表させるよう、連邦裁判所に再度訴えた。国民には知る権利があるというのが、われわれの主張だ。

ワシントンにある連邦地方裁判所の判決はまだ出ていないが、本紙は最終的な裁決を待たず、問題の文書の公開に踏み切った。トランプ政権がタリバンと交渉を行い、アフガニスタンに残る米兵1万3000人の撤退を検討中である現状を踏まえ、国民に情報を伝えるべきだと考えたからだ。

そこには、米国のアフガニスタン政策を形作り遂行した人たちの厳しい意見が詰まっている。ブッシュとオバマ政権でアフガニスタン特使を務めたジェームズ・ドビンズはこう語っている。

「我が国は貧しい国を豊かにするために侵攻するわけではない。独裁国家を民主化するために侵攻するわけでもない。暴力の渦巻く国に平和をもたらすために侵攻するのだが、アフガニスタンでは明らかに失敗した」

ラムズフェルド国防長官の極秘メモ


SIGARから入手した文書を補うため、本紙では、以前に機密扱いされていたアフガニスタン戦争に関する数百ページに上るメモを入手した。それは、2001年から2006年まで国防長官を務めたドナルド・ラムズフェルドが口述したものだ。

メモは、国防長官が部下に対して与えた短い指示やコメントで、ラムズフェルドと側近の間で「スノーフレーク(雪片)」と呼ばれていた。ラムズフェルドは、2011年に著した回想録『真珠湾からバグダッドへ』(幻冬舎)の刊行に際して、そのメモの中から一部を選んで公開し、ネットへ掲載した。

だが、5万9000ページに上るとされるラムズフェルドのメモの大半は秘密のまま残された。

2017年、ジョージワシントン大学内にある「国家安全保障アーカイブ」が情報公開法に基づいて訴訟を起こすと、国防総省はラムズフェルドのメモの残りを段階的に開示しはじめた。

こうしてSIGARの聞き取り調査とラムズフェルドのメモ、この両者を合わせて検証することで、アフガニスタン戦争の隠された歴史をたどり、そこに忌憚ない評価を下すことができる。

2005年4月、アフガニスタンのカンダハル州を訪れたラムズフェルド国防長官(前列左)
Photo: Gerald Herbert-Pool/Getty Images


メモはラムズフェルドらしいぶっきらぼうな調子で書かれ、その多くに、その後10年以上にわたって米軍を悩まし続けることになった、さまざまな問題の予兆が見てとれる。

「私はせっかちなのかもな。たしかに、気が短いのは自覚している」

数名の司令官と側近らに宛てたメモに、ラムズフェルドはしびれを切らしたようにそう書いている。

「これじゃあ、いつまで経ってもアフガニスタンから米軍を引き上げることなんてできないぞ。この国に安定を見なくては、われわれは去れないのだ。何とかしてくれ!」

メモの日付は2002年4月17日。戦争が始まってから半年後のことだ。