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所長ブログ

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何か変だよ、日本の発達障害の医療 【後編】過剰診断・治療

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2018年4月13日掲載
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前回は、日本のガイドラインが、ADHDの診断に不必要な検査を行うことを勧めるような内容になっていることの問題点を書きました。

今回は、発達障害の一つである自閉症スペクトラムが、過剰に診断・治療されてしまっているのではないか、という疑問についてです。

「自閉症スペクトラムという診断を受けた」多数のお子さんが私の外来にこられます。私の外来を受診される理由は、診断を受けたが実際には日常生活でどのようなことに注意すればよいのか、小学校は普通学級にいけるのか、そして本当に自閉症スペクトラムなのか、といったものが多数です。もちろん、お子さんが他院での見立て通り自閉症スペクトラムであることも多いのですが、半数近くのお子さんが、自閉症スペクトラムとは考えられないのです。

自閉症スペクトラムと診断された根拠には、「集団での指示が入らない」「こだわり行動がある」「言葉の遅れがある」などの、自閉症によく見られる症状がある、というものが多いのですが、中には行動評価スケール(M-CHATなど)で自閉症スペクトラムの範囲と判断されたというお子さんもいます。

前回のブログにも書いたように、ADHDと同じく自閉症スペクトラムにも、診断確定のための検査はありません。ADHD同様に子どもの行動特徴から診断をつけるのです。

私のところにこられたお子さんも、集団の中で指示が入りにくい、こだわりがある、という理由で診断がつけられてきています。しかし、私がそのお子さんと一対一で話をすると、私の意図をすぐに理解でき、また子どもの社会性の現れを示す行動である「他人の顔の参照」などの行動が十分に見られるのです。また、こだわりの内容を聞いてみると、自動車ばかりで遊んでいる、遊び方に決まりがあるなどの行動の特徴はあるのですが、こうしたこだわりは普通の子ども(定型発達児)にも見られるものなのです。自閉症スペクトラムの診断基準(DSM)には、こだわりの内容について「非常に制限され、程度や対象が異常なこだわり」とちゃんと書かれています。特定のものへのこだわりが強いからといってすぐに自閉症スペクトラムと診断してよい訳ではないのです。

では自閉症スペクトラムの評価尺度(M-CHAT)などで、自閉症スペクトラムが疑われている子どもはどうでしょうか。M-CHAT(Modified Checklist for Autism in Toddlers)のtoddlersはよちよち歩きの子どものことで、1歳半位で子どもの自閉症スペクトラムのリスクを知ることのできる便利なチェックリストです。リスクを早期に知ることはできるのですが、結果が陽性にでたからといって、その後その子どもが自閉症スペクトラムに必ずなるのではないことが、調査によって明らかになっています。

子どもの行動の一部あるいは、チェックリストだけで診断を受け、私が自閉症スペクトラムとは見なせない、と判断した子どもは、念のためにその後の経過を確認していますが、その後問題なく幼稚園や普通学級に通っている子どもがほとんどなのです。

どうしてこんなことになっているのか、私にも訳が分かりません。もしかすると、私の診断の目が節穴で、見逃しているのではないか、などと心配になるくらいです。

私自身の心配だけであればそれでよいのですが、以前のこのブログ「何か変だよ、日本のインクルーシブ教育」で書いたように、自閉症スペクトラムなどの発達障害、と診断がつくと、インクルーシブではなくエクスクルーシブに特別支援学校に行くことになります。いったん特別支援学校(学級)に行くと、普通学級に戻ることは難しいこと、つまりその子どもの人生の生き方まで変えてしまう可能性があると思うと身震いしてしまいます。

過剰検査や過剰診断については、以前から私の悩みの種でしたが、最近「過剰治療」もあるのではないかと、あらたな悩みが増えました。

もちろん、過剰診断があれば、その過剰な診断のもとに治療が行われる訳ですので、過剰治療になります。でも今回私が心配している過剰治療は、それとは少し様相が異なります。

それは、私が勤めるある発達支援センターへ相談にこられるお子さんのこれまでの経過の中から明らかになりました。発達障害を専門とするある医院での診療経過(診断、治療)を、支援センターの心理相談員が聞き取った問診票を見ていて、「えっ」と目を疑うような診断治療内容を目にしたのです。それも、一回きりではなく、何人もの子どもが、ほぼ同じ診断名と服薬内容で紹介されてきているのです。診断名は「自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群、ADHD」です。なぜ、私はこの診断名を見て驚いたのでしょうか。自閉症スペクトラムとADHDは併存(合併)することがありますので、この2つが同時に書かれていてもおかしくありません。問題は、自閉症スペクトラムとアスペルガー症候群が併記されていることです。ご存知の方もおられるかもしれませんが、DSMの診断基準が最近(2013年)改訂され、もはやアスペルガー症候群という診断名は使わず、自閉症スペクトラムに含めることにしたのです。たまたま、あるお子さんの診断にこの2つを不注意で併記してしまったのかもしれないと最初は思いましたが、同じ医院にかかっている複数の子どもに、この三者併記の診断名がついているのです。良いたとえではないかもしれませんが、診断名に「脳血管障害」と「脳梗塞」を併記するようなものです。

しかしこの医院にかかっている子どもの問診票でもっと驚いたことは、こうした子どもにおしなべて「コンサータ、リスパダール、エビリファイ」という3種類の薬が処方されていることです。コンサータはADHDの薬ですし、リスパダールとエビリファイは自閉症スペクトラムによく使用される薬です。しかし通常はどちらかを処方するのです。併用することも誤りではありませんが、この医院では、私が相談を受けた数名にはすべて同じ診断名(3つ)があり、最初からこの3種類の薬が処方されていたのです。さらに、この数人の子どもは、前のブログに書いたように、すべて過剰診断と思われ、自閉症スペクトラムという診断はできませんでした。つまり不必要な薬が投与されていたことになります。

過剰検査、過剰診断、そして過剰治療が、たまたま私が行きあたった2つの発達障害専門の医院だけで行われている例外的なことと願いつつ、やや愚痴っぽくなってしまった2回続きのブログをおしまいにします。

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筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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