このような「分人」にとってのメンタル的課題は、いかにそれぞれの場の空気を把握し、それに最適化したキャラを立てていくのか、それと、場ごとに異なったキャラやアカウントを使い分けながらも全体としてはバランスを取り、自分の統合性とメンタルヘルスを保つことだ。
コミュニケーション能力はもちろんあったほうが良いし、それぞれの場で承認が得られるかどうかも重要だが、コミュニケーション能力があまり求められない場で承認が得られる見込みが立っているなら、高いコミュニケーション能力が必須とは限らない。
それでも全体としてはメンタルのバランスを維持できるなら、心療内科の世話にならずに済ませることもできる。
この路線で精神的に行き詰るのは、さまざまな場の空気の違いをうまく把握できない個人や、キャラやアカウントを上手に使い分けてメンタルのバランスを保てない個人だ。
たとえば、複数の場やアカウントを使い分けてメンタルのバランスを保つのでなく、どこでも「自分らしさ」を前面に押し出し、空気に構わず承認を得ようとする人が直面するのは、まるで昭和時代以前のように動かし難くなった空気と、それに逆らおうとしない「分人」の群れだ。
そのような強固な空気のなかで「自分らしさ」がなかなか承認されなければ、大きな葛藤に見舞われるだろう。
現代の若者、いや、SNSやLINEに親しみ、複数の場をまたにかけて生きている現代の青壮年全般にとって重要な課題は、旧来の共同体の規範意識に従って生きることでも、「自分らしさ」や「本当の自分」といった、ひとまとまりの自己に忠実に生きることでもない。
場やアカウントごとにキャラを立てて、それぞれに適応しながら全体としてメンタルのバランスを維持する、「分人」的に生きていくことなのだろう。
心療内科の門をノックする若者だけに注目すると、SNSを使い過ぎて不適応に至る若者や、空気が読めずに不適応に至る若者が増えているように思えてしまう。実際、そういった若者が抱える悩みは重大な問題に違いない。
だが、そこを裏返して考えるなら、現在の社会状況に適応し、メンタルヘルスを破綻させずに生きている大多数の若者は、SNSを使い過ぎることなく複数の場やアカウントを使い分けて、複数の場の空気も読み分けて、それぞれに最適なキャラを立てる生き方をだいたいこなせている、とも言える。
ひとまとまりの自己にこだわる個人にとって、現代社会とは、なにかと生き辛い社会なのかもしれない。反面、場やアカウントごとにキャラを立て、切り替えていく術をマスターした個人にとっては、なにかと生きやすく、メンタルのバランスを取りやすい社会だとも言える。
一般に、若者は、自分が生まれ育った時代に最適な処世術を直感的に身に付けるものだから、「分人」的なメンタリティをおのずと身に付け、そのことに疑問も感じていないのではないだろうか。
NHKスペシャル取材班