猪野 亨@inotoruキング牧師は国家と社会的差別に向けてシットイン(非暴力)の闘いをされた方。対して反ヘイトの標榜者たちは合法のデモを妨害するために道路上に寝そべるという実力行使であり全く性質が異なるのに、キング牧師を持ち出して自分たちを正当化する。キング牧師への侮辱だ。11:23 PM · Jan 16, 2020·Twitter Web App16 Retweets28 Likes
國本依伸@yorinobu2·Jan 17Replying to @inotoruキング牧師らの闘争が全て合法だったと思われてるのですか?ローザ・パークスは違法行為を行ったから逮捕されてます。フリーダムライダースも違法でした。飲食店で白人専用席に座った人たちも逮捕されました。ワシントン行進含め、彼らは実力行使で社会を変えたのです。2107185
RAVEN_6@GDZ勢@Raven_6_trpg·23hReplying to @inotoruご自分で言っておられる言葉の意味をお分かりですか?ガンディーもキング牧師もマンデラも、不当な弾圧法規に立ち向かうため、「非暴力」で、権力に抵抗する闘いをいどみつづけました。それらの多くは、権力者の定めた法に反していましたが、そうした法律こそ人道に反するものでした。15298
K2@k2gtr·23hReplying to @inotoruどちらも非暴力の実力行使である差別との闘いに対し、一方には「非暴力」と言い一方には「実力行使」と言うダブルスタンダード。自分の好みによって区別するのは愚かだし、どちらに対しても失礼。 よくこれで弁護士になれたものだ。Quote Tweet猪野 亨@inotoru · Jan 16キング牧師は国家と社会的差別に向けてシットイン(非暴力)の闘いをされた方。対して反ヘイトの標榜者たちは合法のデモを妨害するために道路上に寝そべるという実力行使であり全く性質が異なるのに、キング牧師を持ち出して自分たちを正当化する。キング牧師への侮辱だ。4773
へぼやま@heboya·23hReplying to @inotoru悪法に遵法意識をもってして出来る闘争など有るわけがない。 別に歴史資料を紐解かなくても誰でも分かる。 「黒人を差別することが遵法」という社会で黒人差別をしない事は違法なのだから。Quote Tweet猪野 亨@inotoru · Jan 16キング牧師は国家と社会的差別に向けてシットイン(非暴力)の闘いをされた方。対して反ヘイトの標榜者たちは合法のデモを妨害するために道路上に寝そべるという実力行使であり全く性質が異なるのに、キング牧師を持ち出して自分たちを正当化する。キング牧師への侮辱だ。3271
nowhereman134@nowhereman134·20hReplying to @inotoru「彼らが不正義とみなす法律に、公然と違反するデモやシットインによって公共の場所を占領した」 wikipediaより1638
ひでぶ@Keno13418496·22hReplying to @inotoruなんだか意味がわからん。キング牧師もそうだし、例えはモンゴメリー・バス・ボイコット事件に端を発す行動の矛先は、その時点では「合法」だったものじゃないの?510
馬拓斎@ba_takusai·21hReplying to @inotoruPassive resistance =/= non violent direct actionGandhi - Passive Resistance (Gandhi)Mahatma Gandhi advocating for passive resistance and non-cooperation with authorities, as depicted in Richard Attenborough's 1982 film entitled "Gandhi".youtube.com13
小倉 正(XR四国)@togura04·16hReplying to @inotoruhttp://agroecology.seesaa.net/article/467841757.html… 非暴力直接行動の最近の例です。英国の気候変動非常事態:環境破局を防ぐための抵抗運動はじめに 2019年5月1日(水)、英国下院は気候変動非常事態宣言を世界で初めて発動した議会となった。今回の決議の前には、4月に一連の運動によってセントラル・ロンドンを閉鎖に追い込んだ「エクスティンクション・リベリオン(絶滅への反逆)」の一大蜂起があった。活動家たちは気候変動への対策を直ちに講じるよう要求し、橋を閉鎖し、公共の歴史的建…agroecology.seesaa.net12
坂井秀之@matango888·23mReplying to @inotoru根本的な疑問が。 「遵法」を重視されているようですが、 三権分立から見れば、立法や行政に立ち向かうべき司法は、「遵法」一本槍ではあり得ないと思うのです。 そのへん法曹の常識としてどうなのか? 「人権」に基づいて悪法なら踏み越えるのか? 「精緻な法文解釈」に留まるのをよしとするのか?