コラム〜水上の若きサムライたち〜

エキサイティング・ガイ 西川昌希(前編)

西川昌希(にしかわ まさき)選手

2014年10月1日更新 文:黒須田守(BOATBoy) 写真:中尾茂幸(BOATBoy)

熱狂を呼ぶ男

ヤングダービーでGIデビュー
ヤングダービーでGIデビュー

 第1回ヤングダービーは、先月の当欄で取り上げた桐生順平の優勝で幕を閉じた。
 優勝戦は大波乱。1号艇・峰竜太、2号艇・渡邊雄一郎、5号艇・土屋智則がフライングに散ってしまったのだ。土屋が前付けを敢行し、スタート展示→本番の進入からおおいに激戦となった好勝負。渡邊は敢然と3コースでダッシュに引く3カドを選択し、渾身のまくり勝負に出ている。インコースを死守した峰は、そのまくりをガッチリ受け止めてバック先頭。しかし、その3艇がフライングを切っていたことで、優勝争いは一気に様相を変えてしまった。
 フライング艇がコースを外れると、先頭争いは桐生順平と黒井達矢の地元勢同士での一騎打ちとなった。最内からなんとか先行しようとする黒井を、桐生は2マークで冷静に捌いて逆転。それは力強さと冷静さを同居させた、艇界屈指のターン力を誇る桐生らしい、あざやかなハンドルワークだった。
 初代ヤングダービー覇者は、地元の大エース! フライングが出たことは残念だったが、スタンドは若きヒーローの誕生に沸いた。桐生はこれがGI初制覇。これを機に、さらに多くのタイトルをモノにしていくことだろう。
 さて、結果的に当初からシリーズの主役と目されていた桐生が優勝を勝ち取ったわけだが、予選道中ではその桐生をもしのぐほどの活躍を見せた男がいた。その男は、これがGI初出場。104期生のルーキー世代で、戦前はまだ全国にそれほど名を売っていたわけではなかった。しかし、その鮮烈な活躍ぶりはファンの印象に強く刻まれ、今後はルーキーシリーズの中心人物として、多くの耳目を集めることだろう。
 その男とは、西川昌希。水面を華々しく、時に荒々しく彩る、若きスターである。

果敢なレースぶりが魅力
果敢なレースぶりが魅力

 西川昌希は104期生。08年にやまと学校に入所し、翌09年の5月にデビューしている。デビュー戦は、なんと転覆。記念すべきプロ初戦は、ゴールできずに終わってしまった。波乱のプロ生活の幕開けだった。
 デビュー期(最初の半年)は、事故に悩まされている。その後、7月にふたたび転覆。6月にはフライングを切ってしまっている。7月の戸田開催では、デビュー初1着をまくりでマークしているが、8月にはふたたびフライング。いきなりF2となってしまっており、事故率もレッドゾーンである1.00を超えてしまっている(1.22)。いきなり波乱万丈だったのだ。
 ただし、西川は非凡なところを見せてもいた。事故率が高まれば、レースではどうしても萎縮してしまいがちだが、西川は時に果敢に勝負を仕掛けた。スタートこそ控え気味になったりもしたが、だんだんと1着数は増えていった。それに伴い、成績もじわじわと上昇。4期連続で勝率をアップさせている。そのうち、スタートも冴え始め、平均スタートタイミングがコンマ15という時期もあった。これはA1級並みのスタート力。早い段階で、ひとつの武器を手にしていたのである。
 デビュー初優出は、12年5月のお盆開催。井口佳典、新田雄史ら三重支部の強豪レーサーがずらりと居並ぶなか、初めての優勝戦を戦った。シンガリ負けに終わってしまったが、大きな経験となったことだろう。
 実際、それ以降は安定してA級の勝率を残すようになっていく。1着数はさらに増え、一部のファンから注目を浴びる走りも見せるようになった。特に、13年に入ってからは優出の機会も増えていき、勝率も6点を超えるようになった。ブレイクへの態勢は、徐々に整っていったといえるだろう。
 ただし、西川に目をつけるようになったファンが惹かれたのは、そうした成績面だけではなかった。西川が見せる果敢な攻撃性。さまざまな戦略で勝利にこだわる執念。ビハインドを背負おうとも怯まない反骨心。そうしたものが、熱狂を呼ぶようになっていったのだ。西川昌希のレースは面白い! そんな評判がちらほらと聞こえるようになり、西川の名がじわじわと浸透していったのである。
(後編に続く・・・)10/15(水)更新予定

西川昌希
西川昌希 (にしかわ まさき)選手プロフィール

登録番号4559。104期。支部・三重。出身・三重。1990年2月26日生まれ。B型。

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