Momon,Knight-Errant   作:鯨踊部屋

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転移してちょっと後の話


Turn.3:Massacre Wurm

エンリ・エモットは死を覚悟した。妹を抱き寄せ目を閉じ、訪れるであろう痛みと喪失に恐怖する。

 

けれどいつまで経っても剣が振り下ろされない。疑問に思い目を開ければ、自分と妹を庇い戦う誰かの姿。

 

「大丈夫ですか?」

 

倒れ伏す姉妹の前に現れたのは、薄汚れた装備の騎士だった。

 

 

 

 

その騎士の身形は端的に言えば汚かった。乾いた泥や血が鎧を汚したままで拭われてすらいない。その有様や森の中から現れたことを考慮すれば、何日も装備の洗浄を怠っているのは明らかだ。

 

しかしある程度の観察眼を持つ者が見たならば、違和感を感じたことだろう。装備の表面は汚れているのに、鎧や盾自体には傷が付いていないのだ。手に持つ剣にしても、その刃は今し方購入してきたと言わんばかりの輝きを放っている。

 

では見掛け倒しの素人が、威圧のためにそれっぽい装備を身に纏っているのだろうか?

 

いや、そう感じる者は想像の中の騎士の中身と同じように、剣を知らないのだろう。

実際の騎士の立ち姿は武威を騙る何某かではなく、きちんと修練を積んだ者に見える。

 

そのような存在が単独で森の中にいる。まるで意味がわからない。

 

総じて、とても奇妙な騎士だった。

 

 

 

そんな不審者が突然目の前に歩いてきたら警戒するのは当然のことと言える。

故に姉妹を追いかけ回していた帝国騎士――2人の男は剣を構えて声をあげた。

 

「お前は何者だ!邪魔をするならば   ぶべっ!?」

 

誰何する男達に向かって無造作に歩み寄った騎士は、何の躊躇いもなく剣を横に振った。

斬撃は脇腹から入り胴を抜け、男は臓物を腹から撒き散らし崩れ落ちる。

 

男が死に至るまでに行った騎士の一連の動きは、脅威を感じさせない自然なものだった。

まるで待ち合わせ場所に来た知り合いを見つけ、手をあげて振るような――気軽さを感じさせる一撃だった。

 

故にもう一人の帝国騎士が動けたのは、不意打ちによって仲間が死んだ後だ。

 

「き、ききき貴様ぁ!」

 

残された男が叫びと共に剣を振りかぶり、続いて勢いよく騎士へ叩きつける。卑怯な手を使い同僚を殺した目前の敵を殺すべく、全力でだ。

しかしその一撃は騎士が左手に持つ盾によって受け流され、力を込めた一撃はそのまま地面へと打ち付けられた。男の体勢は崩れ、前のめりになる。

 

「なっ!?」

 

不意打ちを行ったことから打ち合いに自信が無いのだろうと考えていた。甘い予想に反し堂に入った動きで動く敵を睨みつければ、剣を構え直した騎士の赭眼と視線が交差した。男にはその赤い輝きが、自身に死を運びに来た死神のように思えーー

 

「あ……」

 

ちょうど敵の目前に晒した彼の首は、騎士の返す刃で斬り落とされた。

 

 

 

 

 

 

突然現れ一言も喋らずに帝国騎士達を殺した騎士を姉妹は呆然と見つめていた。

騎士は帝国騎士の死体を数秒見つめると、2人に声をかけてきた。

 

「大丈夫ですか?」

 

こちらを気遣う声音は意識して作られたものだと感じられ、エンリ・エモットはその声にひとまずの安心を覚える。

少なくとも害意はない。

 

死の恐怖から解放された二人の口からは、自然と感謝の言葉が出た。

 

「あ、あの!助けてくださり、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 

頭を下げながらの感謝の声に「頭をあげてください。傷が悪化してしまいます」と、肩に手をあてられる。

 

「これを飲んでください」

 

「はい」

 

ただの村娘でしかないエンリは男が何者か推測することはできない。きっとこの方は王国の騎士なのだろうと、そうでなくとも冒険者なのだと判断した。

だからだろう。渡された見慣れないポーションも、疑うことなく飲んでしまった。

 

「おねぇちゃん!!血、とまってる!」

「え……?全部、治った?」

 

効果はすぐに発揮された。流れ続けていた血は止まり、ジクジクと痛んだ背の傷が消えている。帝国騎士を殴って痛めた手の腫れすらも消えていた。

「よかった、よかったよぉ」と泣きながら抱きついてくる妹を驚愕も冷めぬままあやしていると、角笛を2つ渡される。

 

「私達はこれから村の救援に向かいます。もし危険が迫ったならば、この角笛を吹いてください」

 

騎士はそう言うと、返事も聞かずに踵をかえした。そして何故か死体の片足を一本ずつ掴み、2つとも引き摺りながら村のほうへ向かって行く。

それを見送りながらエンリは村人の無事を願う。あの余裕のある態度や言葉から、きっと騎士には村を助けられるだけの仲間が居るのだろうと考えて。

 

「どうか、どうかみんなをお願いします」

 

呟いた言葉は、森の中に消えていった。

 

 

 

 

「殺すつもりはなかったんだけどな」

 

剣で斬ったからこそわかったことがある。手に伝わる肉を断つ感触、血と臓物の鮮やかな赤、そして胃腸から零れ落ちた消化物と糞の臭い。

それに対し何も思わない、精神すら怪物と化した自分。

 

やはり考えは間違っていなかった。

 

「特別この2人が弱かった可能性は……。とにかく、当ててみないとわからないか」

 

少し思案した戦士は、今日三度目となる力を行使した。

 

――中位アンデッド作成 デス・ナイト――

 

彼の周囲の空間から黒い靄のようなものが滲み出、その靄は内臓を溢した騎士の体に覆いかぶさるように重なる。騎士の口や開いた腹からゴポリと闇があふれ、数秒もしない内に完全に闇が騎士を包み込み、形が歪みながら変わっていく。

 

蠢いていた形が定まり、闇が流れ落ちるように去れば、そこに立っていたのは死霊の騎士とも呼ぶべきアンデッドだった。

 

ボロボロの漆黒のマントをたなびかせながら、デス・ナイトは命令を待つ。その姿勢は騎士にふさわしい堂々としたもの。

 

――クリエイト・グレーター・アイテム――

 

しかし騎士は命令を与える前に、デス・ナイトの装備に合わせた鎧で腐肉が露出した箇所を覆い隠す。

デス・ナイトはその類稀なる体躯を除けば、中にアンデッド が入っていることを感じさせない見た目となった。

 

それに満足したのか騎士は1つ頷き、「先行し、村を襲う騎士   こいつと同じような装備の――」村の方へ顔を向けつつ、先ほど首を落とした騎士の死体を指差す。

 

「――を殺せ」

 

「オオオァァァアアアアアア――!!」

 

咆哮――。

聞くものの肌があわ立つような叫び声が響く。殺気が巻き散らかされ、ビリビリと空気が振動する。

 

それは歓喜の雄叫びだった。この大地に留まる為の楔――死者の肉体を得たアンデッドの、恐ろしい産声だった。

 

デス・ナイトが駆け出す。その速さは放たれた矢の如し。

人では理解できない感覚――死者の生者に対する憎悪という知覚能力が働いているのか。

命を得たデス・ナイトは、騎士が殺戮を行う村へ、騎士を虐殺しに一直線に向かっていった。

 

「やっぱり人を使った場合も同じみたいだな。終わったら防衛戦力として貸し出そうか」

 

騎士は未知が既知になる感覚に喜びを覚える。

騎士は気がつかない。

人助けがロールプレイの延長でしかないモモンガには気がつけない。

感じ方が違うということは、思考そのものにも影響が出る。

何故VR空間では、皆が心の内を解放させるのか?現実ではできないようなことが平気で行えたのか?

痛くない、というのはなにも肉体だけではない。心もそうだった。

万人が眉を顰めるような非道なことをしようとも、目に映る範囲のデータが変動するだけでしかない。

データの向こうに居る人間の心理への関心など対岸の火事以下だ。

しかしそれを現実に行ってしまえば、心持つ人にはどう見えるのか。

 

死体を弄び満足気に頷くその姿は、どう取り繕うと 人でなし のものだった。


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