(前回のあらすじ:1573年夏、戦国時代に転生した姑オババと歴女アメリッシュ。アバターとなった戦国時代の母娘を生かすため兵隊になる決意をした。明智光秀の配下、足軽小頭である古川久兵衛の足軽として働く。織田信長が大嶽砦を攻めるという歴史上の知識から、彼と共に信長に会いに大嶽砦向かう)
戦国時代の足もとも見えない真の暗闇
街灯がない世界の暗闇って・・・
衛星が飛ぶ現代なら、宇宙から眺める日本の夜は、家の照明、ビルのイルミネーション、街灯などで輝きまくっている。
でも、ここは戦国、星明かりや月明かりがないと、夜は真の闇であって、足もとの斜面もよく見えない。
例えば、衛星でみても真っ暗な日本が見えるだけだろう。
私が意識だけ移動した戦国庶民マチの目は、メガネが必要な私からしたら、ほんと視界が明るい。おそらく視力を測ったら2.0以上なんじゃないかって思う。その最強視力でも、よく見えない。
だから、久兵衛とはぐれて、数分?
私は心細かった。いなくなってはじめて、思っていた以上に彼を頼りにしていると気づいた。
「久兵衛!」
走りながら叫んだ。
先ほどまで声が聞こえた方向へ目を凝らしても、左右の人のシルエットだけで、それもパニックを起こして斜面を滑るように落ちていく敗残兵たちしか見えない。この流れに逆らって止まっては危ない、それだけは意識した。
「久兵衛!」
心細さから、叫びながら走っていた。
雨に紛れて涙が溢れる。
私の声は土砂降りの雨に消えていく。
「久兵衛・・・・・」
小谷城攻略での、織田と朝倉の戦闘能力の差
織田信長が、ほぼ無血で攻略した大嶽砦。砦を守っていた敵兵を彼はわざと逃した。
朝倉義景や浅井長政は、大嶽砦が勝敗の要だと真摯に考えていたのだろうか、そこには疑問を感じるしかない。
だが、この砦の意義を信長だけは、はっきりと自覚していた。
だからこそ、暴雨風のなか、たった1000人の兵で攻め込んだのだ。ここに将の器を感じるんだ。天下取りを可能にしたのは、運も地の利もあっただろうが、こうした一つ一つの積み重ねが彼を天下人へと押し上げたんだと思う。強い意思、たゆまぬ努力、彼ほど未来を見つめて動く大将を私は知らない。
さて、この後、朝倉は悲劇的な最後を迎えるわけだけど、それ以上に、後づめをうしなった浅井長政は、自分がオワコンになったことを、この時点で、おそらく気づいていなかったろう。
翌朝になって、大嶽砦の朝倉の旗が、黄色い信長の六文銭に変わったことを知り、青ざめることになるだろうが、しかし、今は妻のお市の方と寝ている。
大嶽砦は重要な位置にあったんだ。
東に武田、西に浅井、北に朝倉と、鉄壁の信長包囲網が脆くも敗れたのは、ここに至るまでの、朝倉義景のヘタレた戦略もない、その場しのぎの動きであった。だからこそ、彼を殿として奉る下のものたちは、さぞかしイライラしていただろう。そのイライラが信長の籠絡を用意にさせ、多くの裏切り者を生んだ。
お坊っちゃま殿のヘタレが、結果として大嶽砦を戦うこともなく明け渡して、その後の悲劇を招いた・・・、いやこれから招く予定だった。
大嶽砦の遁走兵は、恐怖におののきながら逃げている。
それも信長の戦略だった。
恐怖の第六天魔王信長が迫っていると恐れさせ、もともと下落していた朝倉軍の士気をさらに失わせる。そのためには、大いに怖がってもらわなければならない。
その流れに巻き込まれた私は、いつの間にか方向感覚を失っていた。
山頂か星が見えれば位置がわかったろうが、それも無理で、私は走りながら、スマホがほしいと心底思った。
「OK、グーグル。ここはどこ?」って聞きたかった。
息があがり、汗が流れ、大雨の音に打たれた先で、木を叩く大きな音が聞こえてきた。
なに?
音の方向へ、みな向っている。
そこはどこと疑問に思うこともない。
朝倉義景の陣地しかない。
私は四方を人の体に挟まれ、否応なく砦の門前まですすんでいた。
先に到着したものが、門を叩き、何か叫んでいるのが聞こえる。
門の上には見張り台があり、正面に明かりが見えた。
その明かりが、まるで天からの救いのように、暖かい光を投げかけている。火に群がる虫のように、私たちは明かりに向かって突進した。
「開門! 開門!」
多くの敗残兵が叫んでいる。
松明が揺れると、男が門の上の見張り台に現れて、一喝した。
「静まれ! 殿のお成りじゃ!」
雨が小降りになった。
砦の高所に立つ武将が松明を掲げて平伏し、そこに男が現れた。白い着物。おそらく寝込みを起こされた朝倉義景だろう。
松明の明かり程度では顔が見えない。
興奮した兵たちは、その場に畏まって腰を下ろした。
「申せ!」
その声に、大将格らしい男が立ち上がった。
「の、信長の兵が大嶽砦を襲ってきました」
「して、砦は」
「申し訳ございません、敵の手に落ちました」
実際、戦いもせず、明け渡したはずだ。
「なんと!」
「嵐のなか、いきなり疾風のように大変な軍勢で奇襲をかけられました」
大変な軍勢? いや、1000人ばかりの精鋭部隊だったはず。人数的にはそれほど多くはなかった。
「その数は」
「おそらく1万かと」
これ! 嘘を言うでない。気持ちはわかるけど。
高台から声をあげていた男が、義景になにか言っている。
「その方たち、おって沙汰する。中で休め」
「開門!」と、誰かが叫んだ。
この門答の間、殿と呼ばれた男は一言も発しなかった。
このまま、門中に入っていいのか。私は迷った。久兵衛を探さねば、と、その時、思ったんだ。いわゆる逆転の発想ていうの?
でね、自分が無理なら、相手に探させればいい。
人々は平伏していた。
私は立ち上がった。
多くの頭の列がしっかり見える。
ぱっと見た限り、200人くらいか・・・
あの砦を守っていた人数はもっと多いはず。ということは、どこかに逃げたか、先のない朝倉軍から逃げても不思議じゃない。
で、私が後方で立ち上がっても誰も見えてないようだ。
ただ、隣に平伏する男が、私を見上げ驚いた顔をしているのに気づいた。
私は、「殿!」と、大声で叫んだ。
久兵衛、見てるか!
私はここだ! ここにいる!
わかるか? ここにいるから探しにこい!
そういえばオババに忠告されていた、ときどき突拍子もないことをするから自重するようにって。
時に私は不思議だって思うことがある。
忠告って、いつもあとから気づいて、だから何の役にも立たないんだ。
「なんだ、女。殿の御前ぞ」
「申し上げます!」
とりあえず言葉を繋いでみた。
松明を持った見張り台の男が叫んだ。
「申してみよ!」
おっし、目立ったな。これでいい。久兵衛、聞こえたか、私の声が。
「申してみよ!」
あっ、それ、ちょっと待って。少しだけ申してみる言葉を考える時間がほしいんだけど・・・
・・・つづく
これまでのお話は下記目次からご覧ください。お読みいただければ、斜面、もう一回、走り抜けて喜びます。
登場人物
オババ:私の姑。カネという1573年農民の40代のアバターとして戦国時代に転生
私:アメリッシュ。マチという1573年農民の20代のアバターとして戦国時代に転生
トミ:1573年に生きる農民生まれ。明智光秀に仕える鉄砲足軽ホ隊の頭
ハマ:13歳の子ども鉄砲足軽ホ隊
カズ:心優しく大人しい鉄砲足軽ホ隊。19歳
ヨシ:貧しい元士族の織田に滅ぼされた家の娘。鉄砲足軽ホ隊
テン:ナイフ剣技に優れた美しい謎の女。鉄砲足軽ホ隊
古川久兵衛:足軽小頭(鉄砲足軽隊小頭)。鉄砲足軽ホ隊を配下にした明智光秀の家来
*内容は歴史的事実を元にしたフィクションです。
*歴史上の登場人物の年齢については不詳なことが多く、一般的に流通している年齢などで書いています。
*歴史的内容については、一応、持っている資料などで確認していますが、間違っていましたらごめんなさい。
参考資料:#『信長公記』太田牛一著#『日本史』ルイス・フロイス著#『惟任退治記』大村由己著#『軍事の日本史』本郷和人著#『黄金の日本史』加藤廣著#『日本史のツボ』本郷和人著#『歴史の見かた』和歌森太郎著#グーグル検索#『村上海賊の娘』和田竜著#『信長』坂口安吾著#『日本の歴史』杉山博著#『雑兵足軽たちの戦い』東郷隆著#『骨が語る日本史』鈴木尚著(馬場悠男解説)#『雑賀の女鉄砲撃ち』佐藤恵秋著#『夜這いの民俗学』赤松啓介著#「足踏み洗い」から「手揉み洗い」へ―洗濯方法の変化に関する試論― 斉藤研一 藤原良章・五味文彦 編ほか多数
NHK大河ドラマ『麒麟がくる』
でも、予告編をみて確信しました。
麒麟は光秀かと思ったときもありましたが、やはり織田信長です。
とすれば、前半の主要な内容は、光秀が信長を探す旅から始まりそうです。
その予告編か下記です。