リア住蝉丸P 映画を仏教視点で読み解く 其の1 四苦八苦の回 『バーフバリ 英雄誕生』『バーフバリ2 王の凱旋』

はじめまして、リアル住職、略して「リア住」の蝉丸Pと申します。普段はネットの片隅で動画を作成したり配信をやったり文章を書いたりしておりますが、その一つに見てきた映画についても喋ったりしております。そういったご縁で執筆依頼をいただきましたので、僭越ながら「一般視聴者目線で映画を見つつも職業病的に気になってしまう部分」について、書かせていただきます。

仏教視点と言っても仏教は八万四千の法門(※注)と申します。上座部仏教、大乗仏教、密教の違いもありますし、教えも単純にちょっと良い事を言ったり気休めになるような話から、「いやいや、出家修行者ならともかく世間一般では受け入れがたいでしょ」みたいな話まで幅が広いので、なるべく代表的なトピックに絞って紹介していきます。

第一回はインド映画『バーフバリ 伝説誕生』と次作の『バーフバリ2 王の凱旋』となります。遙か昔、インドに栄えたマヒシュマティ王国の英雄バーフバリの息子であるシヴドゥの数奇な運命を描いたファンタジーアクション巨編でして、戦闘シーンはロードオブザリングもかくやという力の入りようで、かなりテンションが上がる屈指の作品となっております。

第一部にあたる「伝説誕生」は、己の出生の秘密を知らないシヴドゥが、村を出てマヒシュマティ王国の暴君バラーラデーヴァに対抗する反乱軍の女戦士アヴァンティカと出会い、反目し、愛し合うようになるまでと、父親であるバーフバリにまつわる因縁を知らされる展開なんですが、圧倒的な映像とアクションの凄さもさる事ながら求愛行動とダンスシーンの尺の長さに驚かされます。
『バーフバリ 伝説誕生』(2015年)

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「全体的に長い」、「何故唐突に踊るのか」など馴染みのない方にとっては不思議に思う部分もあるかと思います。これはインドの文芸や戯曲には必ず盛り込まれている「ナヴァ・ラサ」という芸術論というかお約束でありまして、恋情・笑い・怒り・悲しみ・憎悪・恐怖・勇敢・驚き・平安(ハッピーエンド)の九つの要素が盛り込まれている作品がインド映画では良しとされております。唐突に踊り出すのも、踊りの中の仕草や顔つきで「お題」を効率的に表現できるという側面があります。馴染みのない文化圏では突拍子もなく見えますが、演技が分からなくても内容を理解させる強力なツールであると言えます。
『バーフバリ』もそういったインド映画の伝統をある程度踏まえていますが、極力マイルドに抑えられているので入門として良いのではないかと思います。

『バーフバリ2 王の凱旋』(2017年)

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そして二部「王の凱旋」では、バーフバリとバラーラデーヴァ、そして国母シヴァガミという知勇を兼ね備えた人材により統治されてきたマヒシュマティ王国が、なぜバラーラデーヴァ一人に乗っ取られたのかが描かれます。そして村人シヴドゥは、自身が「バーフバリの息子マヘンドラ」であることを知り、マヘンドラがマヒシュマティ王国を取り戻すまでの物語です。

『バーフバリ』はインドの古典である『マハーバーラタ』の影響が強く、インド人の三つの人生目標であるトリ・ヴァルガ、すなわち①名誉や富などの「アルタ」、②性愛の「カーマ」、③ヒンドゥー教や仏教などに共通する宗教的な教養「ダルマ」、が盛り込まれています。ダルマに関してはヒンドゥー教的な神々への信仰というのも強いのですが、インド的宗教フォーマットを同じくする、仏教的な人生の苦難である「四苦八苦」についても描かれております。

四苦とは、

  1生(しょう) 生まれる
  2老(ろう) 老いる
  3病(びょう) 病になる
  4死(し) 死ぬ

という根本的な苦しみのことです。これに、

  5愛別離苦(あいべつりく) 愛しい者と必ず別れなければならない苦しみ
  6求不得苦(ぐふとっく) 欲しいと思っても得られない苦しみ
  7怨憎会苦(おんぞうえく) 嫌な人間に必ず出会う苦しみ
  8五蘊盛苦(ごうんじょうく) 肉体と精神が思うようにならない苦しみ

この四つを加えて八苦とします。映画にはこれらが全て網羅されております。

超人的な英雄の壮大な愛と戦いの物語ながらも、個々人の動機は非常に分かりやすく描かれており、承認欲求・優れた兄弟への妬み・嫁姑問題など、あますところなく四苦八苦を見いだすことができる作りになっております。

こう見ますと、作劇や脚本は人生の苦難を網羅しております。たとえ映画がハッピーエンドで終わったとしても、その後に続く人生も必ずこれらの苦に囚われてしまう。だから「根本的な苦しみから抜け出す為には出家して悟りを開きましょう」というのが仏教的態度ではありますが、そこまで考えずとも、これらの要素が劇中で取り上げられているかどうかに注目することで、話やキャラ造形の深みが違ってきますので、映画を見る際にちょっと意識してみると面白いかもしれません。
(※注:釈尊の説いた教え全体のこと。衆生の煩悩は無数なので、法門=対処法も無数にあるということ。)


プロフィール

蝉丸P
1973年生まれ、神奈川県出身。一般家庭から出家得度して高野山真言宗の僧侶となる。高野山大学卒業後に役僧や法印随行を経て四国の寺院にて住職を務める。主にニコニコ動画やTwitterなどネットの片隅で活動、著書に『蝉丸Pのつれづれ仏教講座』『住職という生き方』など。