> 酷使されず、病気が蔓延せず、給料が払われる比較的良い施設で働いただけだということです。
次のような例もあったそうです。
The life of comfort women was this--during the day doing laundry of soldiers’ clothes, cleaning the barracks, and some heavy labor such as carrying ammunition, and at night being the plaything for the soldiers. There were days when I was made to serve scores of men beginning in the morning. When I resisted--even just a little--I was beaten by the supervisor, pulled by my hair, and dragged around half-naked. It was a subhuman life.
> 親に売られた売春婦を朝鮮人の女衒が嘘ばかりを言って酷使した話でしかありません。はっきり言って文句を言われる筋合いはない。
次の米軍が日本人捕虜を尋問して作成した報告書読んでください。
Amenities in the Japanese Armed Forces
https://kuscholarworks.ku.edu/bitstream/handle/1808/19803/ksrl_ua_pp558.1.24.pdf?sequence=1&isAllowed=y
(ページ23)
1942年に、703名の慰安婦と慰安所の楼主となるほぼ90名の男女を載せて、4000トンの輸送船が、釜山からビルマにに向けて出港しました。楼主となる男女はすべて、日本軍が集めた、朝鮮で商売をしていて、その商売がうまくいかなくなった日本人と記されています。
ただし、「帳場人の日記」の著者の楼主もこの船でビルマに向かい、彼は朝鮮人でしたから、楼主の全てが日本人というのは正しくないないとおもいます。
それから、日本軍が慰安所の開設と管理に深く関与していたことが、この報告書から分かります。例えば、慰安婦が毎月貯金できるのは30円以下とも書いてあります。
2020年01月15日 06:16
>> 吉原などは、周りに堀をめぐらし、出入り口には門番をおき、公娼が逃げることを防ぎました。さらに、公娼は借金漬けにされ廃業を不可能とされ、多くは若くして性病で亡くなりました。 > 江戸時代の話をされてもねー > 。明治以降人身売買は公式には認められていないからね。1911年の大火の後は門もなくなったしね。海外の私娼と変わらないよ。 Wikipedia より 明治以降、芸娼妓解放令が出され、1875年には遊女屋は「貸座敷」と名を変えたが、遊女は相変わらず「籠の鳥」であり、自由な外出もできず、人身売買の実態は江戸時代と同様、旧態依然の状態であった。 近代以降も1911年4月9日に大火が発生した(「吉原大火」)。また、関東大震災、東京大空襲でもほぼ全焼し、多くの犠牲者を出したが、そのたびに不死鳥の如く復活した。 第二次世界大戦後、GHQの指令により公娼廃止となり、営業形態も民主化され、特殊飲食店街、いわゆる赤線となった。 *** NHK のドラマ「おしん」には、加賀屋の娘さんが、夫が米相場で大損をし、遊女に身売りする話がでてきます。そして、私の育った村のある豪農は、娘さん2人を芸者に売って土地を増やしたと、母から聞きました。これは戦後の話ですが、今から昭和30年ごろまでは、劇映画が上映される前にニュース映画が上映されました。そのひとつに、東北で飢饉が起き、娘さんたちが小型トラックに乗り込むという場面がありました。身売りされるということは理解しましたが、どのような仕事をするのかは理解しませんでした。
2020年01月15日 05:22
> この記事のタイトルが 「韓国との間の火種」 であることを理解出来ないアホはいちいち絡んでくるな。 アホは犯罪ではありません。 台湾政府は、もう何年も、強制的に日本軍慰安婦にされた台湾女性に対する、日本政府による正式な謝罪と賠償を求めています。台湾では、2000名ほどの台湾女性が、看護婦や給仕の名目で、「断ることができない方法」で集められたというのが台湾政府の主張です。 フィリピンでは、日本軍部隊が、拉致・監禁・強姦した1000人ほどのフィリピン女性のために、フィリピン政府の国家歴史委員会が建てた「女性像」を、日本政府はフィリピン憲法に規定された「表現の自由」に違反するにも拘わらず、排水工事のためという偽りの理由で、夜中に撤去させました。 スマラン事件の被害者のオハーンさんは、韓国の元慰安婦が名乗り出たとき、彼女たちを支援するために自分も名乗り出たそうですう。 それから、インドネシアでは、日本軍部隊に東京で看護婦になる教育するという名目で集められ、インドネシアのブル島に連れていかれ慰安婦にされた少女たちについて書かれた『日本軍に棄てられた少女たち インドネシアの「慰安婦」悲話』という本を発禁にするよう要求しました。そして、この本は発禁になりましたが、現在は日本語版もあります。 正式な謝罪を補償を求めているのは、韓国だけではありません。それから、日本国政府が、他国に憲法違反のことをやれと要求することをどうをもわれますか?
2020年01月15日 04:50
> サンフランシスコ市で慰安婦像を建てた人たちは、日本政府はいまだに元慰安婦に、正式な謝罪と補償をしていないといっています。 まず、アジア女性基金による謝罪と補償は、日本政府による「正式な」ものではありません。アジア女性基金というのは、正式には民間の団体です。国が正式に謝罪することには、強い抵抗がありました。村山首相が村山談話をだすときも、閣僚から強い反対がありました。そこで、村山首相は、村山談話をだすことを閣議決定とすることができなければ、内閣総辞職をするといい、閣僚は渋々従ったそうです。この話は、ジェニファー・リンド先生の本に書いてあります。 余談ですが、日本の政治家なども、若い米国人女性には、日本人記者には話さないことも話したようです。これと似たようなことが、「主戦場」という映画の場合もおきました。右派の人達が、日ごろ主張しているトンデモ論を、日系人のデザキ氏に、べらべら話しました。 インドネシアでは、アジア女性基金のお金は元慰安婦にわたっていません。一応、老人用の福祉施設を作るということになりました。しかし、フィリピンの新聞の記事に、「日本からのお金の90%は、どこかで消えてしまう」といったコメントがありました。 日韓合意における安倍首相の発言、「日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒やしがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明」においては、何について「心からおわびと反省の気持ちを表明」しているのかはっきりしません。 BLOGOSのコメント欄には、慰安婦を騙したり売ったのは朝鮮人であり、日本軍に責任はないといったコメントをしばしばみかけます。
2020年01月14日 17:00
サンフランシスコ市で慰安婦像を建てた人たちは、日本政府はいまだに元慰安婦に、正式な謝罪と補償をしていないといっています。元慰安婦というのは、韓国だけでなく、フィリピン、中国を含む東アジア全域の元慰安婦です。 https://remembercomfortwomen.org/san-francisco-supervisors-continue-to-stand-by-comfort-women-memorial/ それから、大阪市長は、サンフランシスコ市の慰安婦像の碑文にある日本軍慰安婦の総数は、日本政府の公式見解と異なると主張しています、私は、日本軍慰安婦の総数についての日本政府の公式見解というのを見たことは無いのですが、これをご存知の方は教えてください。
2020年01月14日 16:18
> 軍関係でない女郎屋はもっとひどかったのを知らないのかな 吉原などは、周りに堀をめぐらし、出入り口には門番をおき、公娼が逃げることを防ぎました。さらに、公娼は借金漬けにされ廃業を不可能とされ、多くは若くして性病で亡くなりました。 日本政府は、こうした日本の公娼制度に比べれば、慰安婦制度は人道的であったと、世界に向けて発信すべきです。 なお、日本の公娼制度は(性)奴隷制度であると記した救世軍の関係者の文書が残っています。
2020年01月14日 15:59
> 自信のない人達の集まりという部分は否定されないので感心しました。 自信の代わりに、神の意志に従って生きることになります。もちろん、神の意志が何であるかは分かりませんから、それでも自分の行為が神の意志に沿っているかどうかのチェックがされます。 個人の自信によるのと、神の意志によるのとのどちらが力強いですか?
2020年01月14日 09:57
キリスト教は自らを罪人(つみびと)と考える人達の集まりです。そして、プライドを最大の罪としています。仏教では、我々は無明(むみょう)のなかにいる、つまりなにが正しいかは知らないとしています。 これは、自動車にブレーキがついいるようなものです。 イスラム教についてはしりません。
2020年01月14日 07:47
> 酷使されず、病気が蔓延せず、給料が払われる比較的良い施設で働いただけだということです。 次のような例もあったそうです。 The life of comfort women was this--during the day doing laundry of soldiers’ clothes, cleaning the barracks, and some heavy labor such as carrying ammunition, and at night being the plaything for the soldiers. There were days when I was made to serve scores of men beginning in the morning. When I resisted--even just a little--I was beaten by the supervisor, pulled by my hair, and dragged around half-naked. It was a subhuman life.
2020年01月14日 07:36
> 河野談話って >「慰安婦の強制連行に日本軍が関与していた」とする事実を認め >日本政府として「心からのおわびと反省の気持ち」を示した内容 の事かな? 河野談話にこのようなことは書いてありません。 > アメリカの方針は変化し現時点では日本の自立を企図しており > 「例のWGIPに関する公文書も公開されました」 何時公開されたか知りませんが、公開された文書が既にありませた。正論の記事によりますと、次のようです。 「目当ての文書がどうやら明星大学(東京都日野市)戦後教育史研究センターに所蔵されていることがわかりました。早速、明星大学に足を運びましたが、2万5千点もの膨大な資料があって、この中から目当ての文書を特定しなければなりません。全ての文書に目を通すことは到底できないし、絞るにしても目録だけで500ページ近くあって、至難のワザでした。丹念に絞り込んでいきました。そしてようやく目指す文書を手にすることができました。」 もっとも、正論は「マッカーサーは、朝鮮戦争での原爆使用の可否で意見が対立し、トルーマンによって解任された」といった俗説を書いています。 > つまり「いわゆる河野談話はアメリカにとってももう必要ありません」 サンフランシスコ市で慰安婦像を建てた人たちにそう伝えてください。 > そのへんを理解したら河野談話を受け入れる理由がない事に気づきます 慰安婦問題についての日韓合意も必要ないということですか? > 現在はそれに代わる正しい認識が曖昧な為に、従来の見解を曖昧に引き継いで「適当に改変中」なのでしょう。 何でも曖昧にして責任逃れををするのでしょう。
2020年01月14日 02:19
> 日本のデフレって、本当の意味で物価が下がっているわけではなく、例えばカントリーマアムの1gあたりの値段を計算すると20年前に比べて2倍ぐらいになっている。 これは原料が輸入品であるからです。つぎの実質為替レートのグラフを見てください。 https://honkawa2.sakura.ne.jp/images2/5070b.gif 1996年から2019年の間に、ドルに比べて円の実質価値は半分になっています。名目価値は、1ドル =100円 でほぼ変わっていませんが、ドルの実質価値はインフレで半分になり、0.5ドル = 100円 となりました。 日本経済がデフレというのは、インフレ気味の輸入品とデフレ気味の国産品の総体がデフレぎみということです。
2020年01月14日 01:54
> 朝日新聞など口舌の徒などが、「大変だ、大変だ」「連戦連勝のドイツの組まねばソ連にやられる」などと世論を扇動した。そういう連中の口車にのって、日本はドツボにはまりこんでいったのだった。 もちろん政府の方針に異を唱える人たちはいました。そうした人たちは特高に捕まり転向を迫られたり、徴兵されて戦地におくられました。こうした目に遭いたくない人達は、田舎に引っ込み沈黙しました。 臼井吉見の長編小説「安曇野」には、、こうして沈黙した人たちの話が実名ででてきます。
2020年01月13日 17:47
安倍首相は河野談話を受け入れないといった主張をしていたのですが、ブッシュ大統領から河野話をに沿った謝罪をするようにといわれ、そうしました。しかし、そのような謝罪をしたことを忘れてしまい、河野談話を見直すといいだしました。そしたら、ブロゴスのコメント欄には、河野洋平氏を国会喚問しろという意見があふれました。 ところが、今度はオバマ大統領から、河野談話を受け入れる線で日韓合意をしろという圧力を受け、日韓合意をしました。そしたら、ブロゴスのコメント欄から河野洋平氏を国会喚問しろという意見はぴたりと消えました。 安倍首相は、河野談話を、一応、受け入れているのですが、今度は、それを実質的に否定する杉山元外務審議官の意見も日本政府の公式見解として外務省のサイトに掲載しています。杉田水脈議員の意見では、日本政府の慰安婦問題についての公式見解は、河野談話でなくて、杉山元外務審議官の意見だそうです。 ところで、皆さんは河野談話を受け入れておられるのでしょうか?
2020年01月13日 17:20
次の論文を読んでみませんか? 貴殿がどれだけデタラメを書いているかわかるとおもいます。 https://apjjf.org/-Yoshiko-Nozaki/2063/article.pdf
2020年01月13日 15:50
"comfort women" を使って検索すると 、785,000,000 件もの記事・文献がでてきます。そして、"comfort women filetype:pdf" を使って検索すると、34,400,000 件もの論文がでてきます。 これらの記事・論文のほとんどは韓国人のものではありません。論文の多くは、フィリピン、インドネシア、台湾における日本軍慰安婦に関するものです。慰安婦問題というのは歴史学者を目指す人達や、卒論の課題としては取りつき安いようです。
2020年01月13日 15:22
> 親に売られた売春婦を朝鮮人の女衒が嘘ばかりを言って酷使した話でしかありません。はっきり言って文句を言われる筋合いはない。 次の米軍が日本人捕虜を尋問して作成した報告書読んでください。 Amenities in the Japanese Armed Forces https://kuscholarworks.ku.edu/bitstream/handle/1808/19803/ksrl_ua_pp558.1.24.pdf?sequence=1&isAllowed=y (ページ23) 1942年に、703名の慰安婦と慰安所の楼主となるほぼ90名の男女を載せて、4000トンの輸送船が、釜山からビルマにに向けて出港しました。楼主となる男女はすべて、日本軍が集めた、朝鮮で商売をしていて、その商売がうまくいかなくなった日本人と記されています。 ただし、「帳場人の日記」の著者の楼主もこの船でビルマに向かい、彼は朝鮮人でしたから、楼主の全てが日本人というのは正しくないないとおもいます。 それから、日本軍が慰安所の開設と管理に深く関与していたことが、この報告書から分かります。例えば、慰安婦が毎月貯金できるのは30円以下とも書いてあります。
2020年01月12日 17:05
戦後の戦争は、フォークランド戦争を除いて、朝鮮戦争もベトナム戦争もイラク戦争も、正式には戦争でなくて、集団的自衛権の行使でした。そして、ソ連によるハンガリー動乱やプラハの春の鎮圧も集団的自衛権の行使でした。
2020年01月12日 15:01
> 田中角栄の5憶円賄賂のロッキード事件という長い年月をかけた大騒動で、メディアは非常に国民の関心を呼んで新聞愛読者を伸ばした。それで日本の司法制度が「巨悪を退治するのにうってつけでまんざらでない」と思っているのだろう。 米国議会において、ロッキード社の海外における不正営業活動を追及した公聴会で、ロッキード社の影の代理人としては働いていた児玉誉士夫にコンサルタント料として21億円ほどが支払い、その中から当時の首相であた田中角栄氏に5億円が支払われたことがあきらかになりました。 この報道で国民が驚いたのは、田中角栄氏が5億円を受け取っていいたことでなく、今まで名前を聞いたこともない、右翼のボスの児玉誉士夫という人物が、政界の黒幕として存在したことでした。田中角栄氏は、「日本の黒い霧」の中心的人物とみなされて辞任していましたから、彼が5億円を手に入れていたことは、それほど以外でもなかったおもいます。 その後CIAが公開した文書によると、児玉誉士夫は中国で略奪などをしてため込んだお金を貴金属と宝石に変えて日本に持ち込み、それを資金として岸信介氏など首相にしたということです。こうしたことは、自民党の実力者なら皆知っていたことです。何しろ、次の首相を誰にするという念書なども残っているそうですから。 こうした政界の内幕には、日本の検察は手も足も出せませんでした。まさに、「日本の黒い霧」でした。
2020年01月11日 23:07
> これまでの原発投資は、サンクコストとしてあきらめて、終息させる方向にもっていくべき。 サンクコストとして終息させることができればいいですけれど、廃炉、特に事故を起こした原子炉の廃炉、には多大な経費がかかります。さらに、ほぼ永久に保存すべき放射性廃棄物については、皆目進展がありません。
2020年01月11日 22:56
イラク戦争の時にイラクに派遣された自衛隊の部隊は、オランダ軍とオーストラリア軍により護衛されたのですが、今回中東に派遣される自衛隊を護衛する軍隊はありますか?
2020年01月11日 16:39
> 昨年の訪日外国人旅行者が、7年連続過去最多を更新する3188万人となった この最大の原因は何だとおもいますか? 次のページに実行為替レートの推移を示すグラフが掲載されています。バルブで絶好調であった1996年とくらべると、円の実効価値は半分になっています。1996年ごろは、東京は物価高の都市として知られていましたが、今は物価安の都市になりました。 もちろん、日本の古い神社・仏閣そして田舎の景色は素晴らしいです。
2020年01月11日 14:34
> 私は浅学無教養の者です。一冊だけ文章の書き方に関する新書を買い拾い読みしたくらいで、学んだことは皆無です。 前回のコメントをしたときに、3回ほど繰り返し読んだのですが、また2回ほど繰り返し読みました。貴殿の日本語文は、並みの評論家のものよよりはるかに優れています。 > 「愛の反対は無関心である」マザー・テレサ マザー・テレサが次のような言葉を残したのをご存知ですか? 「私はイエスを探すが見いだせず、イエスの声を求めるが、聞けない」 「自分の中の神は空虚だ」 「神は自分を望んでいない」 「自分は孤独であり、暗闇の中に生きている」 私はアホですから、阿弥陀如来の大悲を信じ、イエスを尊敬しています。(浄土真宗の教義とキリスト教の教義、特にカルバン派の教義、は極めて近いです。) ですから、絶望の中に生きながら、貧者のために尽くしたマザー・テレサを尊敬します。 > いつかどこかでお会いし、対話議論する機会があれば、どなたとも楽しい時を過ごさせるだろうと思っています。 実は、私が一番好きな話題は、1番目が宗教であり、2番目は文学です。大学生の時には、国文科の学生であった、高校時代の同級生がしばしば私を訪ねてきて、日本文学について語りました。高校時代には、彼と話をしたことは無かったのですが、たまたま帰省列車のなかで会って、話をすると、あまりにも話が合うのでびっくりしました。 日本文学のなかで、私が一番好きなのは、芭蕉です。大学時代に、初めて読み通した英語の本の「月と6ペンス」の話もすきです。今は、「月と6ペンス」のなかにある挿話の人物のように、異国でしがない暮らしをしています。高校時代の英語の教科賞にこの挿話が掲載されていました、それをいい話だとおもいましたら、自分もそうなりました。
2020年01月10日 14:50
> これは支持。日本が米帝にやられた中で、最もダメージが大きかった1つが農地改革だったと思う。個人規模の農業従事者数が拡大して、欧米のような農業の効率が失われた。 戦前の日本の農地の半分近くは、小作でした。農地改革では、土地の所有権が地主から小作人に移っただけですから、農業従事者数は変わりませんでした。小作料としては、収穫された米の半分というのが普通でした。 我が家は戦前は一反ほどの小作をしていた兼業農家でした。この土地は在村地主のものでしたから農地改革にはかかりませんでしが、年貢は大幅に安くなりました。戦後になって、子供が増えたたということで、さらに一反ほどの土地を、主人が傷痍軍人となった家から、戦前と同じ年貢を払うということで借りました。そこで、母が、俵に詰めた年貢米を荷車に乗せて、地主さんの家に向かった光景を今でもおぼえています。 戦前の小作の地位は、まさに「水のみ百姓」といったものでした。そこで、小作争議も頻発しました。私は、母がしばしば「土地が欲しい、土地があったら」というのを聞いてそだちました。
2020年01月09日 12:46
> 痩せガエル 負けるな一茶 ここにあり 今回、貴殿のこの部分の日本語文を読んで、極めて優れた日本語文を書かれることに気が付きました。どこでそのような優れた日本文の書き方を学ばれましたか? 私は、ブロゴスでは「ドブサヨ」としての意見いっぱい書いていますが、政治的話題はあまり好きではありません。30才の時に米国に来て、英語を覚えるより先に日本語を忘れました。 > もっと優れた直観力、発想力等を持つ次世代をいかにして教育すればよいのか?という問題意識に関して。そんな能力は学校の机上の訓練で鍛えられるのではなく、それ以外の生活や活動の中で養われ鍛えられるのであって、学校教育に期待する方が間違っている。 一度、モンテッソーリ教育についての解説をよんでください。 https://ja.wikipedia.org/wiki/モンテッソーリ教育 > 論理国語も文学国語もへったくれもない。低年齢化する過剰な商業教育熱や中学受験そのものに問題があると主張するなら理解できるが。 同意します。 それから、ブロゴスのコメント欄には、読解力0で、論理国語もへったくれもない、2・3行の罵倒の言葉だけのコメントが多いのですが、これはどうおもわれますか?
2020年01月09日 11:49
> 『論理的知性というのは、「跳ぶ」能力のこと』という文章の解釈はどうなるのか教えて下さい。 これは。真の論理的知性は、(非論理的な)「跳ぶ」能力を備えている必要があるということです。 例えば、ニュートンがリンゴが落ちるのを見て、これが天体の間に働いている引力と同じものだと気がついたのは、とてつもない「跳ぶ」能力です。当時の常識的では、リンゴが落ちるのと天体間の引力とは無関係でした。 『論理的知性というのは、「跳ぶ」能力のこと』といったような、逆説的表現は、小林秀雄とか芥川龍之介などの文学者がよく用いています。
2020年01月09日 06:17
訂正 特殊情報技術者 => 特種情報技術者 この資格は今もあるようです。 https://www.jitec.ipa.go.jp/1_11seido/s44_h6har/old_toku.html 昔は、論文だけでした。合格率は8.1%だそうです。
2020年01月08日 14:40
> そのへんがごちゃごちゃになり、最後は無理矢理に直感的な結論に持って行く、いつものパターン。 内田先生は次のように述べておられます。 『たしかに論文を書くときには、いくつかの実証された事実を前にして、それらをすべて説明できる仮説を立てる、という順序で進むんですけれど、実際に脳内に起きているのは「結論が先」なんです。いきなりアイディアが浮かぶ。どうしてその結論に自分は立ち至ったのか、何を見て、私はそう思ったのか、・・・というふうに時間を遡って、自分が着目した断片的事実を列挙してゆく。』 「ある仮説を思いつく。実験でそれを検証する。反証事例が見つかる。仮説を書き換える・・・この無限のサイクルが自然科学的に思考するということです。」 ここで、「断片的事実」というのは、論理学では事実ですけれど「仮定」といいます、そして「検証」は証明です。
2020年01月08日 14:27
> 内田センセーも論理性に「跳ぶ」ことを求めるというわけですね。なるほど。 内田先生は次のように言われています。 「名探偵はなぜか最初に「犯人はあいつだ」ということがわかってしまうんです。わかった後に「どうして私はあいつが犯人だとわかったのか」という問いを遡行していって、自分が直感した根拠となった「断片」を列挙してゆくのです。」 「たしかに論文を書くときには、いくつかの実証された事実を前にして、それらをすべて説明できる仮説を立てる、という順序で進むんですけれど、実際に脳内に起きているのは「結論が先」なんです。いきなりアイディアが浮かぶ。どうしてその結論に自分は立ち至ったのか、何を見て、私はそう思ったのか、・・・というふうに時間を遡って、自分が着目した断片的事実を列挙してゆく。」 直感により仮説を得た後は、その仮説が正しいことを示す根拠を列強するということです。ここで根拠というのは論理的な証明では、事実ですが「仮定」といいます。
2020年01月08日 14:10
> 「自分の主張には飛躍があるかもしれないけど、直感に従って世界を把握した確信が得られた内容なのだから、やはり論理的なんだ」というのが筆者の言いたいことですよ。 これは間違いです。内田先生は次のようにいわれています。 「論理的に思考する」というのは、僕の理解では、断片的な情報を総合して、一つの仮説を立て、それを検証し、反証事例に出会ったら、それを説明できるより包括的な仮説に書き換える・・・という開放的なプロセスのことだと僕は思います。」 直感に従って得られた内容は検証し、反証事例に出会ったら、その仮説を書き換える必要があるといわれています。
2020年01月08日 13:57
> 仮説は仮説であり、その発想自体は論理的でも何でもありません。 仮説とは証明されていないけれど、正しいとおもわれる命題です。命題とは論理的に意味のあるステートメント(文)です > 内田氏はそれを「自然科学というのは、まさにそういうものです。ある仮説を思いつく。実験でそれを検証する。反証事例が見つかる。仮説を書き換える・・・この無限のサイクルが自然科学的に思考するということです。」と書いていますね。内田氏はそのプロセスを思考と書いています。論理ではありません。 「論理的思考のプロセス」と呼んだらどうでしょうか? > 論理的飛躍が存在する定理とは本当に定理なのでしょうか? 論理を使って証明されて初めて、定理になります。それまでは、仮説です。 > 社会常識も論理的とは限りません。そりゃそうですよね。人間社会全体が論理的に構築されているわけじゃない。なので、論理的思考、論理的に正しい日本語というのは意味があるんです。それを直感や心を重視して論理を軽視するというのが内田氏の主張で、全く論理的じゃないというだけの話です。 1と3に使われる論理は重要です。内田先生の主張は、論理だけでなく、直感による2も極めて重要だということです。
2020年01月08日 13:07
> あんたのような難解に書くことで悦に入った文は対象外だろうね。 内田先生の記事は難解ではありません。むしろ、幾つかの例を示して、平易な文章で書かれています。 内田氏の記事が理解しがたいのは、多分、「跳躍」を経験されていないからだととおもいます。困難な問題に直面したときの跳躍の試みは、多くの場合失敗します。しかし、跳躍に成功すれば、跳躍の重要性は骨身に染みます。 今から、45年ほど前のことですが、私は、新規のソフトウエアの開発をまかされました。そこで、一年ほど悪戦苦闘しましたが、うまくいきませんでした。しかし、そうしているうちに、どのように「跳躍」するかというアイデアを思いつきました。その後は、プロジェクトは、技術的には順調に進みました。 当時、特殊情報技術者という国家試験がありました。この試験は論文だけの試験でしたので、私は、新規のソフトウエアの開発においては、跳躍の基本となる基本設仕様書がいかに大切かということだけを書きました。それで、試験に合格しました。私の論文を採点した人は、跳躍の重要性だけを強調した私の論文を理解してくれたのです。