2017.06.05

【イップスの深層】
暴投のガンちゃんを救った
先輩捕手たちの気づかい

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

 山中と岡本はトレードで日本ハムに移籍してきた捕手だった。他球団でも同様のケースに遭遇してきたのだろう。たとえ「何やってるんだ!」と声を荒らげても、若手投手が余計に萎縮するだけということを知っていたのだ。

 イップスに苦しんでいるのは岩本だけではなかった。あるベテラン選手が言った「おい、ルーキー、ここしか捕らんぞ!」という冗談を真に受け、体が硬直してしまった内野手もいた。その人物はそのまま引退したのだが、球団職員として打撃練習の手伝いをしている姿を見て、岩本は衝撃を受けたという。

「バッティングピッチャーにボールを投げて渡している人を遠くから見て『あいつ誰や?』と思って近づいたら、そいつやったんです。現役のときは右投げやったのが、左で投げていたんですよ。『どうしたんや、お前もしかして……』と聞いたら、『えぇ、いまだに投げられないです』って。今は本人も笑い飛ばしていますけどね」

 プロ3年目にして本人も「大イップス」と語るような難題にぶつかり、岩本は野球人生の岐路に立たされた。いくらドラフト2位という上位指名で入団したホープとはいえ、投球がままならない投手にタダ飯を食べさせるほどプロは甘い世界ではない。

 もちろん、それは本人が誰よりも痛切に感じていることだった。岩本はプロ4年目、ある決意を持って臨むことになる。

(つづく)

※「イップス」とは
野球における「イップス」とは、主に投げる動作について使われる言葉。症状は個人差があるが、もともとボールをコントロールできていたプレーヤーが、自分の思うように投げられなくなってしまうことを指す。症状が悪化すると、投球動作そのものが変質してしまうケースもある。もともとはゴルフ競技で使われていた言葉だったが、今やイップスの存在は野球や他スポーツでも市民権を得た感がある。

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