『日本の民家は100年以上の寿命がある。』
これは、日本でも一部の大金持ちでの話。
江戸時代や明治時代、
一般庶民の多くが、食べ物にも不足する日々。
そうした人々は、
日本文化を守るために、茶道をたしなみ、茶道具を窯元や竹細工の職人にオーダー発注したりしたものでしょうか?
特定の人たちの間で築かれ、守られてきたものは、あくまで特別な階級の人達の中での話。
病院は、感染病がはやらないように、人間の抵抗力が最も高まる環境。
一年中、25℃。湿度も40%~55%をキープすることが重要。
ヒートショックを避けることは、
脳梗塞、心筋梗塞の発生を大幅に減らすことができます。
戸建ての建物も同じだと思います。
昔からの伝統的な建物ではムリ。
室町時代、江戸時代の農家として保存されているものがあれば、
それは庄屋や地主など特別な人の家。
玄関入ると、土間があり、土間にかまど、
東側には馬が住んでいて
西側には高い段差の上に4部屋続の和室。
いろり。
小作農民は、弥生時代の遺跡と変わらない家ですよ。
馬も飼っていないし、タタミはもちろん、板間、縁側さえなく、
屋根は茅葺にさえできず、わらで覆っていたような状態。
部屋は1部屋だけ。土間の上にわらで編んだ敷物を敷いて、同じ一間に家族全員一緒にすんでいました。
戦後、財閥解体、農地解放によって、日本はとても貧富の差が少ない国に産まれまわりました。
庶民が、文化、芸術に関わるようになったのは、そのあとのことです。
『昔に作られた石垣は、災害が起きても、めったに壊れることはない。』
どこの石垣?
日本でもっとも有名と言っても過言ではない、熊本城の石垣は地震で崩壊しましたよ。
熊本城を再建したとき、石垣に荷重をかけるとよろしくないと判断して。
石垣の高さよりも深い場所まで地中杭を打ち込んで、その杭で鉄筋コンクリートの再建熊本城を支えています。
犬山城(日本国宝)も、耐震補強工事をしていますよ。
文化遺産になっているような建物、石垣が、昔の庶民の家で作られてなんていない。
寺社仏閣が頻繁に被害にあうような場所であれば、歴史の中で安全な場所を探して、移転されてきたもの。
最終的には、山の斜面をあがった丈夫な地盤だったり
法隆寺のような緩やかな南に下る斜面で、地盤のとてもいい場所。
文化遺産になっているような古い建物は、建築する場所も特別な場所が選ばれている。
多くの石垣の発掘調査によって、なぜ崩れにくいのか?はわかっています。
昔は人件費がとてつもなく安価だった。
大金持ちが公共事業にお金を使う。
今で言うと億単位の金額をつぎ込んで作られたもの。
工事現場では、多くの人が亡くなることは当たり前だった。
今も昔も庶民でそんなものを作ることは無理。
日本中の家が、竹を編んだり、縄を編んだりするような家を作っていたら、材料が間に合わない。
いい腕の職人だって、わずか。
人間国宝の職人が作ったものが残っている。
それを庶民の家で使っていたわけがない。
新省エネ基準は、寺社仏閣には採用されません。
ちなみに、わが家は築10年になりますが。
新省エネ基準よりもはるかに厳しい基準で建てました。
東海地方ですが、北海道の次世代省エネ基準をクリアした建物です。
南欧風の外観、洋室はパイン材とスギの間伐材を多用しました。
2階の勾配天井には松丸太を組み合わせた梁をむき出しにしています。
国内産のスギ、ヒノキ材をメインに、瓦には三州瓦を利用。
1階和室は、地窓、釣り押入れを使い、天井には焼杉。枠材、柱はすべてヒノキの無垢材。民芸風にするために、焦げ茶色で仕上げています。
夏には熱気が上昇することを考え、ダイニングに8帖サイズの吹抜け、その上はさらに6帖サイズの勾配天井。ロフトにつながっていて、9m弱の天井高。
日差しが差し込まない側に天窓をもうけて、家じゅうの熱気が出ていく間取りにしました。
高気密高断熱で、全館空調。
そうすると、部屋と部屋の間仕切りを取り払うことができます。
⇒ 玄関ホールとLDKの間の仕切りは作らず
北玄関あけたら、LDK。開放的で日当たりも風通しもいい家です。
今なら、庶民でもがんばればできるし。
新省エネ基準になったら、できないわけでもないですよ。
金が余分にかかるだけの話。
庶民の自宅に古くから伝わる建築技能、文化、芸術を求めることもどうかと。
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