渡辺商店 渡辺大輔取締役

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 静岡県清水市(現静岡市清水区)で創業し、その後、藤枝市に本社を移し、長い歴史を持つ瓦製造、施工の渡辺商店取締役の渡辺大輔さん(43)。

 昨年9月の台風15号で甚大な被害を受けた千葉県内の住宅向けに、所有していた瓦を無償で提供するなど、社会貢献にも努める。瓦の持つ美しさ、そして最新施工ならではの高い耐久性や快適性を持つ強みを県内にとどまらず、県外にも広く発信していく考えだ。(那須慎一)

 --寺社の瓦屋根の施工や鬼瓦の製造に長年取り組まれてきたが、静岡県内ではどのような歴史があるのか

 「現在、国内における瓦の三大産地といえば、三州(愛知県)、石州(島根県)、淡路(兵庫県)ですが、かつては静岡、中でも清水もこの3つに肩を並べるほどの瓦産地でした。当社一族はもともと旧清水市で渡邉金左衛門商店として江戸時代末期から瓦問屋、製造をしていました。ただ、一大産業だった清水瓦の生産は煤煙(ばいえん)対策を求められたのに加え、(昭和49年の)七夕豪雨で窯が水没するなどの被害を受け、姿を消していきました。当社もその頃、鬼瓦の製造や施工を中心として藤枝で再出発しました」

 --瓦を取り巻く現状は

 「瓦一枚一枚は100年以上の耐久性があるにも関わらず、近年の堂宮建築の瓦屋根は耐久期間は推測するに50年から60年くらいではないかと思われます。それは現在、私どもが屋根替えさせていただく瓦屋根の平均経過年数が50年前後であることを振り返ってみるとわかります」

 --それはどこに問題があるのか

 「法隆寺など奈良・京都の歴史的建築物の瓦屋根の中には100年以上も前に施工されたものがたくさんあります。このため、原因は瓦屋根の施工法に問題があるのではないかと思われます。当社では特に施工法にこだわり、奈良・京都方面の古建築の施工法の研究、あるいは古建築を施工される瓦工事店さんと親交を厚くし、最高の施工法とは何かをテーマに常に前進してきました」

 --どのようなこだわりを持って事業に取り組まれているのか。御社の瓦屋根施工や鬼瓦の特徴は

 「特に施工法にこだわり、現場の職人の意見を反映させた鬼瓦を手作りし、施工とセットで提案しています。奈良・京都方面の古建築の施工法を取り入れ、主に静岡でこだわって取り組んでいます」

 --東日本大震災以降、一般住宅での瓦屋根の普及が減少傾向にあると思われるが、新たな施工法などはあるのか

 「現在の屋根工事は、主に『施工ガイドライン工法』といった新たな施工法に25年も前から取り組んでいます。同工法は、瓦屋根を大地震から守り、阪神大震災後の標準工法として、全国規模である全日本瓦工事業連盟と国の指導で進められた工法です。最近の震災で崩れているのはそれ以前のもので、風評被害を受けています」

 --このほど、自社でストックしていた瓦、約1200枚を台風15号で甚大な被害を受けた千葉県の方などに寄付された。どのような思いだったのか

 「千葉の皆さんに瓦屋根の風景、景観を残してほしいとの思いで寄付しました。屋根を板金やスレート屋根に替えるのは簡単です。ただ、日本の素晴らしい田園風景、瓦の街並みが失われてしまいます。千葉では古い建物が多く、ストックしていた瓦がフィットし、喜んでいただけました。大量には無理ですが、今後もできる限り協力させていただきたいです」 

 -今後どのような事業展開をしたいとお考えか

 「現在、文化財の屋根の調査に力を入れており、今後、観光資源で注目される文化財修復工事を強化していきたいと思っています。そのために、伝統ある瓦の調査結果など、さまざまな情報をデータベース化し、いずれは、そのデータベースを業者間で共有できるような仕組みを作りたいです」

 --鬼瓦製造や屋根の施工を通じて、将来の夢、目標は

 「瓦は日本の一つの文化です。観光で訪れる外国人も増え、地域で異なる瓦の魅力から日本を感じ取ってもらえるよう、瓦の文化を守っていきたいです。そして、未来の職人たちにありがとうと言ってもらえるような職人になれるよう、自分としてできることをしていきたいです」

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 わたなべ・だいすけ 昭和51年6月20日生まれ。静岡県内の高校を卒業後、ワーキングホリデーでカナダへ渡航。帰国後、家業を継ぎ、現在に至る。これまでに、掛川駅舎や駿府城坤櫓(ひつじさるやぐら)、清水次郎長生家など県内の施設のほか、小田原城改修工事や京都青蓮院青龍殿、芝増上寺大門など多くの瓦葺(かわらぶ)きを手掛ける。瓦葺き一級技能士。静岡市の姉妹都市のオマハ会メンバー。以前、音響会社に勤務したこともあり、バンドの音響の手伝いも。藤枝市出身。