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「イランの公式見解」に偏る不可解

年明け早々、世界中を騒がせた中東における米国とイランの対立は、両国政府が戦争回避の構えを見せたことで、軍事的衝突がエスカレートする事態は避けられた。そんな中、日本の大手新聞やテレビの報道には首をかしげざるを得ないものも少なくなかった。

「どうして日本のメディアは、そろいもそろってイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を『英雄』とばかり報じるんですか?」

東京の支局にいる、某米国メディアの外国人特派員は年始、こう言って動揺を隠さなかった。

米国とイランとの対立は、1月3日夜に米国がイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したことから始まった。その日から、新聞各紙はソレイマニ氏を「『清貧の軍人』として市民からたたえられる」「国民的英雄」(いずれも朝日新聞、1月3日配信記事より)というトーンで報じた。

共通していたのは、「米国はこのような『英雄』を殺害するという暴挙に出た。これでイランの反米感情には歯止めが効かなくなり、『第三次世界大戦』に突入する」という、イラン政府の声明にもとづく論調だ。こうした報道について、先の特派員がこう疑念を呈する。

「ソレイマニ氏は、確かにイランでは『国民的英雄』とされていたことは間違いありません。ただ、彼らに工作を仕掛けられる側、米国やイラク、シリアの反シーア派勢力などの側から見れば『悪魔』と恐れられていたことも事実です。

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ソレイマニ氏についての日本メディアの報道は『カリスマ軍人』や『部下思いの人情派』といった、イラン側からの人物評に偏っていました。しかし彼はヒズボラやフーシ派、ハマスといった、西側諸国ではテロ組織に指定されている勢力や過激派武装勢力の元締めでもあり、トランプ大統領が述べた『テロリストの指導者』という評価は別におかしなものではありません。

たとえ人間的魅力があっても、マフィアのトップを単純に『いい人』とは言えないのと同じです。

普通は、客観的報道を任じるのならば、彼がトップを務める組織がどのような活動をしていたのか、という部分も詳しく報じるべきでしょう。そうした経緯を省いてしまうと、なぜ米国が大きなリスクを抱えてまで彼を殺害しなければならなかったのかがわからない。

革命防衛隊は、イラン政府軍とは別に国内外での防諜・工作活動にあたる最高指導者ハメネイ師直属の武装勢力です。ソレイマニ氏は、イラン国外で親シーア派勢力を支援したり、破壊工作をしかけたりする『外征部隊』のトップでした。

彼はイラン核合意をめぐって米国が経済制裁をかけて以降、米国側へのテロ活動を中東全域で指揮していたとみられます。昨年12月31日に発生したイラク・バクダッドの米国大使館襲撃事件もその一つです。日本ではこうした背景の解説が、どの報道機関でも基本的に浅かったか、遅かった。

総じていえば、日本のメディアは明言こそしないものの『反米』バイアスに支配されていて、コメントを寄せる大学教員など専門家の多くも見方がナイーブだと感じました」

海外での情報収集能力の弱さ

今回、新聞のみならず、NHKなどテレビでも、上記のような似通った論調の報道が目立った。その理由について、海外支局駐在経験のある全国紙記者はこう解説する。

「情けない話ですが、記者クラブメディアの仕事のやり方は、海外でも変わらないとしか言いようがありません。つまり現地にある日本の当局、大使館や外務省などの『お上』からもらった情報が正しく、現地の当局者や住民からの情報は『誤報のリスクがあり、信頼できない』という意識が抜けきらないのです。

今回の報道の内容が『ソレイマニはイランの英雄』というトーンで一致していたのも、駐在記者が日本人官僚から背景レクを受けたのが明らかで、そうでなければ米国側からみた分析も記事に盛り込まれたはずです。

日本のメディアの実態をいえば、海外特派員でも、現地の人脈をしっかり築いて取材するのはワシントンや北京などごく一部の支局を除いて少数です。外務省があれだけ予算と人員を配置しているにもかかわらず、米国のトランプ政権誕生を見抜けなかったのを覚えている方も多いと思いますが、新聞社やテレビ局も構造は全く一緒。日本人の海外駐在は大半が『ハクをつけるための旅行』になってしまっているのです」

一方、イスラエルに特派員として駐在したことのあるベテラン通信社記者は、中東での日本メディアの取材の困難さについてこう振り返る。

「現地当局は基本的に日本に向けて情報発信するモチベーションが低く、取材に応じてくれる機会がなかなかありません。日本国内の中東問題に関する関心も低いため、普段は紙面上の扱いも小さくなる。石油問題に絡むところを日本の商社や大使館、外務省に取材するのが主な仕事になります。

中国、北朝鮮やイランなど、いわゆる自由主義陣営ではない国の支局の場合、現地情勢について体制に批判的な内容を書き続ければ、追放される恐れもある。海外メディアの記者はフリーランスが多くリスクをとる傾向がありますが、日本メディアは多くがサラリーマンですから、会社ごと追放されるリスクを冒してまでは取材できないのです」

「キーマン」を過大評価しすぎる

さらに今回、新聞やテレビなどの大メディアだけでなく、ツイッター上でも「自制の効かないトランプ大統領が衝動的に殺害指示を出した」という説と、「すべて計算尽くで攻撃した」という対照的なふたつの説が多く流れた。

これら二つの説、そしてソレイマニ氏の「英雄視」に共通するのは、「ある特定のキーマンの動向が国際情勢を左右する」という、特定個人に対する過大評価だ。

先ほどの米国メディア特派員のコメントにもあったように、近年イランやその周辺各国では米国に対する攻撃が増えていた経緯があるので、ソレイマニ氏殺害というような露骨な手段でなくとも、いずれ何らかの形で米国は報復攻撃に踏み切ったと考えられる。

一方、トランプ大統領が計算尽くで決断したという見方も実態とは異なる。中東に詳しい防衛省関係者はこう解説する。

「ソレイマニ氏殺害の時点で中東の米国民への退避勧告が出ていなかったことから考えても、米軍など関係部署との総合調整が出来ていなかったのは間違いありません。もともと戦争を嫌うトランプ氏が何も考えずに殺害に踏み切ることは考えにくいですが、ある時点で急に実行を決めたのは確かでしょう。今回のような過激な手段は、中東専門家ならまず賛成しませんから、大統領のワンマンぶりが再確認されたとも言える。

さらに、今回の対立は結果的に大規模な軍事衝突には至りませんでしたが、それはあくまで幸運だった。ソレイマニ殺害という過激な手段を用いれば、彼を慕うイラクの民兵などが勝手に米国民を殺害する可能性も高まります。そうした偶発的リスクに加えて、両政府のコミニュケーションの掛け違いが起これば、より深刻な事態に至っていたかもしれない。

例えば今回、米国はイラクを通じて、駐留米軍基地へのミサイル攻撃の事前通告を受け、イランの『軍事衝突をエスカレートさせたくない』という意図を把握したと説明しています。しかし、イランがウクライナ国際航空機を『人為的ミス』で撃墜したことからもわかる通り、たとえ中央が自制しても、現場を完全に統率できるわけではない。もしこの飛行機にアメリカ人が1人でも乗っていたら、米国はさらなる武力行使に出ざるをえなくなったかもしれません。

ひとくちに『米国とイランの衝突』といっても、国家の意思決定プロセスというのは一枚岩ではありません。外交筋と軍、情報機関が得た情報が矛盾することも珍しくない。現に米軍のミリー統合参謀本部議長は『イランは米軍基地への攻撃で、米兵を殺害する意図があった』と、トランプ大統領とは異なる見解を示しています。『完全に正しい情報』をもとにすべての判断が下せるなら、そもそも戦争など起きないのです」

もう読者の目はごまかせない

今回の米国とイランの対立で明らかになったのは、海外報道における日本メディアの頼りなさはもとより、アクセスできる情報源や分析主体の多様化が爆発的に進んだことだ。

湾岸戦争、イラク戦争の時代なら、中東情勢を知るには新聞やテレビの情報に従うしかなかった。しかし現在では、ツイッターで様々な立場の専門家の発言を直接知ることができ、英字メディアの記事にも簡単にアクセスできるようになった。  

旧態依然の「中東の人々は反米」という固定観念に縛られた報道や、ニュースソースを日本の当局に頼り、役人のレクを垂れ流す安易な態度では、もはや読者の目をごまかすことはできないだろう。