「二人目は…」
(次はシャルティアか…なんか落ち込んでたみたいだし、フォローしてやらないとな)
「プレアデス、ナーベラル・ガンマ、前へ」
「は、は、はいっ!」
(よし、ナーベラルね…ん?な、な、ナーベラル!?)
ガタッ
デミウルゴスから発表されたのは、自身が全く考えていなかった名前。驚きのあまりに玉座から音を立てて立ち上がるアインズにシモベ達が怪訝そうな表情をみせる。
(え、ちょ、ちょっと待って!驚いてるの俺だけ!?…あと一般メイドもか?とりあえずごまかさないと…)
また座り直すのもおかしいので、「…ウム」といって背筋をピーンと伸ばすアインズ。妙に姿勢の良い骸骨がそこにはいた。
(お、落ち着け、落ち着け…)
(こっちに向かって来てるのは間違いなくナーベラルだな…あ~あ、ガチガチになって…右手と右足同時に出てるよ。…後ろでナーベラルを指さして笑ってるのはルプスレギナか…アイツは後でお仕置き…お、その前にユリの鉄拳が炸裂したな)
人間不思議なもので、自分が動揺していても自分以上に動揺している者を見るとそれが心配で冷静になるものである。ガチガチに緊張しているナーベラルと沈静化作用が相まって、アインズはかろうじて思考を取り戻す。
(まずは状況を整理しよう。…少し時間を稼ぐか)
「ナーベラルよ、緊張しているようだな…フフ、そのまま階段を登って転んだりしたら大変だぞ。私がそちらに行くからそこで少し待っていてくれるか」
「ハ、ハッ!申し訳ありません!仰せのままに!」
顔を真っ赤にしてシュバッと跪くナーベラル。
「なに、緊張しているのは私も一緒だからな…」
そういいつつ、アインズはもう一度シモベ達の様子を確認する。
(アルベド…異常なし。デミウルゴス…異常なし。シャルティア…まだ灰。アウラ、マーレ…異常なし。コキュートス…ガッツポーズ。セバス…上を見上げているのか?ユリはハンカチで目頭を押さえている…か)
(コキュートスとナーベラルは仲が良いんだったよな。セバスは感無量、涙を堪えているという感じか…ユリの涙もそういう事だろう)
(シモベ達の反応を見る限りこれは間違いではないな。とすると…)
アインズはナーベラルと自分の関係を必死に考える。すると、脳裏に一つの存在が浮かびあがってくる。
(…おそらく、これはモモン的なアレだな…こっそりモモンの姿になってデミウルゴスの反応を見てみるか)
全シモベの注目が集まっている中こっそりも何もないのだが、アインズは気分だけはこっそりと漆黒の英雄モモンへと姿を変える。そしてデミウルゴスの方を確認しようとすると、ここで奇跡が起きる。アインズがチラッとデミウルゴスを見るのとデミウルゴスがクイッと眼鏡を持ち上げるのがたまたま同時だったのだ。勿論デミウルゴスの動きに意味はない、がモモン的なアレというのは合っていた。
(…OK!という事か…)
デミウルゴスからOKをもらった気がしたアインズは、意を決して階下で跪くナーベラルへとゆっくり歩を進める。そして、その道中で何故このような事態になったのか考える。
(…今にして思えば、デミウルゴスはシャルティアの名前を一度も口に出さなかったな。…俺も向こうが分かっていると思い込んでいただけで口には出さなかった。それでこんな事に…だけど、何が狙いなんだ?)
(…高貴な身分であろうモモンと、そのモモンに献身的な忠誠を尽くす従者ナーベが身分の差を乗り越えて結ばれる…民衆は喜ぶだろうな。そこに魔導王とお涙頂戴な物語でも絡めれば民衆の魔導王に対する評価は上がり、人心の掌握は容易になる…そんな感じなのかな…)
実際、ナザリックのお膝元であるエ・ランテルの安定というのは急務になりつつある。これからさらに領土を拡大するにあたってエ・ランテルの人々が魔導王とその統治に全幅の信頼を置いていれば、それは対外的にも良いアピールになりこれから先様々な土地での統治も容易になる。現状はアインズの統治が理にかなっている事もあり、人々が魔導王を信頼するまであと少しという所まではきている。しかしあと少しとは言ってもそれは人間が本能で拒否している部分なので、そこを受け入れさせるにはまだ年月が必要に思われた。だが、モモンという存在とその影響力を上手く使えばその年月を大幅に短縮する事が出来るのは間違いない。
(上手くいけばモモンの出番を減らすきっかけにもなるのか…)
モモンという存在は便利だが毒になりかねない面もある。というのも、万が一アインズ・ウール・ゴウン魔導王とモモンの八百長が民衆に露見するような事になれば今までの苦労が水泡に帰する恐れがあるからだ。現状ではモモンとアインズが同一人物だと知る者から情報が漏れる心配はないのだが、知る者がいる以上露見する可能性はゼロではない。出来るだけ早く民衆を魔導王になつかせてモモンに頼らなくても済むようにし、ボロが出る前に民衆が望む英雄譚を完成させてそれを花道に退場させて行くのが理想だろう。
(俺が思い付くのはこんなとこか。合ってるのかどうかは分からないけど…デミウルゴスの中では最初からこういう予定になってたって事だよな。もう訳が分からん…)
(まあここまで来たら自分の勘を信じてやるしかないか。でもなあ…)
アインズの目の前には跪くナーベラルがいる。相変わらず顔は真っ赤なままだ。
(俺は魔導国と
「ナーベラル、待たせてすまなかったな。顔を上げてくれ」
アインズの言葉にナーベラルが弾かれたように顔を上げる。
「わ、私が不甲斐ないばかりにお手を煩わせてしまい申し訳ありません!…はっ、ご不快でしたらすぐに自害を…!」
と言って持ってもいない剣を首に当てようとするナーベラル。
「そういう所は変わらないな」と苦笑しつつ、アインズはいまだに跪いたままのナーベラルの手を取る。
「私がお前のもとまで行きたかったのだ。さあ、立ってくれるか」
そう言って立たせると、アインズはナーベラルの頭をポンポンと撫でる。
「どうだ、少しは落ち着いたか?」
「…はい。私ごときに過分なるご配慮、ありがとうございます」
そう言うナーベラルの顔はまだ上気しているが、まっすぐにアインズを見つめてくる。その愚直なまでの忠誠を示す眼差しにアインズは懐かしさと愛しさを覚える。不器用さに閉口する事も多々あったが、難しい任務を彼女なりに精一杯勤めてくれていた事はアインズにも分かっていた。
「過分などではないさ…プレアデスが一人ナーベラル・ガンマとして、モモンの相棒ナーベとして良く尽くしてくれている。そして、今までその労に報いてやれずにすまなかったな」
「そんな…!私など失態ばかりで…ご期待に応える事が出来ず申し訳ありません!」
そう言って再び跪こうとするナーベラルをアインズは優しく抱き止め、元の姿勢に戻してやる。
「そう来ると思っていたぞ。今はそのような事をしなくても良い…そう言ってもやってしまうのがお前の愛すべき所であり、困った所なのだがな」
「…あ、有り難き幸せ…」
「お前のそういった行動は全てこの私に忠誠を誓うがゆえというのもよくわかっているし、今回このような申し出を受け入れてくれた事には心から感謝している。だがな…」
アインズは優しく諭すように言う。
「忠誠心からこのモモンの…私の伴侶になるというのであれば、そのような事はしなくて良い」
その言葉を聞いたナーベラルの瞳が悲しみに曇る。
「…やはり、私ごときが不相応にも至高なる御方と結ばれるなど…」
「違う、そうではない。私はお前が無理をしていないか心配なのだ。それに…モモンとナーベという存在は任務の為の姿ではあるが、伴侶となるからには心からお互いを愛しく思わなければならない。そのような愛情をお前は私に対して持ってくれるか?」
「もう一度言うが、私は決してお前の忠誠を疑っているわけではない。これは仮にだが…私が身体を差し出せと言えばお前はそうするだろうし、どこぞの貴族に嫁げと言えばお前はそれに従うだろう。だが、私はその忠誠心を利用してお前を傷つけるような命令は絶対に出したくないのだ。何よりもお前とその心を大切に思うが故にな…ナーベラルよ、私の気持ちは理解してくれたか?」
「ア、アインズ様…私ごときに…勿体ない!」
アインズの言葉から深い思いやりを感じたナーベラルの瞳に生気が戻る。そのナーベラルの頭を優しく撫で、アインズが問う。
「いや、伝われば良いのだ…その上で答えを聞かせてくれ、ナーベラル。お前は私を仕えるべき主としてではなく、生涯の伴侶として愛してくれるか?」
「無論、出来ないというのであればそれはそれで構わぬ。その答えを咎めるような者はこの私が許さん。お前が望む未来を得られれば私はそれで良い。だからナーベラル、お前の本当の心を教えてくれ」
ナーベラルは僅かな間アインズから与えられる温もりに身を浸していたが、やがて迷いのない眼差しでアインズを見つめ口を開く。
「わ、私のようなメイドごときにモモンさ……んの、アインズ様の伴侶たる資格があるのかどうかわかりません…ですが、私の心は…私が望む未来は、伴侶としてお側に置いていただきたいと…そう願っております…」
(…出来ないとは言わないか。ナーベラルが心からそう願うのなら良い…んだけど、うう、何故か
「…そうか。資格など気にする必要はないぞ。そんなもの私にだってあるのか分からないのだからな…そして、私の側にいたいというのがお前の望みなのであればそれは嬉しく思う。お前の性格では言い難い事だっただろう。よく伝えてくれたな」
「……では!」
ナーベラルの表情が花が咲いたように明るくなる。
「ああ、もとより私が望んだ事だ。モモンとしてナーベと共にいられる時間は長くはないかもしれないが、その時は心からお前を愛する事を誓おう……もっともパンドラズ・アクターの時もあるかもしれんが…」
「……それは承知しております…」
今度は明らかにシュンとなるナーベラル。
「だが、いつか魔導国からモモンという存在が必要なくなった時に、改めてお前をアインズ・ウール・ゴウンの妻として迎える事も誓わせてくれ。そのような私の我が儘を聞いてくれるか、ナーベラル・ガンマよ」
「…はい…はい!モモンさ…あ、アインズ様!」
「フフ、今はどちらでも良い。そうだな…少しの間ナーベの姿になってくれるか?」
「…ハッ!ただちに」
「ウム…これから伝える言葉はこの姿の方が相応しいだろう。…これからは我が伴侶としてよろしく頼むぞ、ナーベ」
「はい…モモンさん…」
どちらからともなくだが、控え目に抱擁する漆黒の英雄モモンと美姫ナーベ。その姿は英雄譚の一幕を飾るに相応しいものだった。
(…これ、アルベドどんな顔して見てるんだろ…恐くて見れない…)
予定の所まで進みませんでしたが一旦投稿します。読んでくださった皆様ありがとうございました!続きはまた近日中に投稿する予定です。