イラン・米国衝突で「ソレイマニ英雄論」を唱えた日本メディアの限界

個人の「過大評価」で国際情勢は読めない
松岡 久蔵 プロフィール

一方、トランプ大統領が計算尽くで決断したという見方も実態とは異なる。中東に詳しい防衛省関係者はこう解説する。

「ソレイマニ氏殺害の時点で中東の米国民への退避勧告が出ていなかったことから考えても、米軍など関係部署との総合調整が出来ていなかったのは間違いありません。もともと戦争を嫌うトランプ氏が何も考えずに殺害に踏み切ることは考えにくいですが、ある時点で急に実行を決めたのは確かでしょう。今回のような過激な手段は、中東専門家ならまず賛成しませんから、大統領のワンマンぶりが再確認されたとも言える。

さらに、今回の対立は結果的に大規模な軍事衝突には至りませんでしたが、それはあくまで幸運だった。ソレイマニ殺害という過激な手段を用いれば、彼を慕うイラクの民兵などが勝手に米国民を殺害する可能性も高まります。そうした偶発的リスクに加えて、両政府のコミニュケーションの掛け違いが起これば、より深刻な事態に至っていたかもしれない。

 

例えば今回、米国はイラクを通じて、駐留米軍基地へのミサイル攻撃の事前通告を受け、イランの『軍事衝突をエスカレートさせたくない』という意図を把握したと説明しています。しかし、イランがウクライナ国際航空機を『人為的ミス』で撃墜したことからもわかる通り、たとえ中央が自制しても、現場を完全に統率できるわけではない。もしこの飛行機にアメリカ人が1人でも乗っていたら、米国はさらなる武力行使に出ざるをえなくなったかもしれません。

ひとくちに『米国とイランの衝突』といっても、国家の意思決定プロセスというのは一枚岩ではありません。外交筋と軍、情報機関が得た情報が矛盾することも珍しくない。現に米軍のミリー統合参謀本部議長は『イランは米軍基地への攻撃で、米兵を殺害する意図があった』と、トランプ大統領とは異なる見解を示しています。『完全に正しい情報』をもとにすべての判断が下せるなら、そもそも戦争など起きないのです」