【ネタバレあり】『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』は、感情の薄い“ロボット的”な要素に溢れている:映画レヴュー

スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』には賛否両論あるが、映画批評家のリチャード・ブロディは、こう言ってのける。そこには大胆さも驚きもなく、ルーカスの豊かな世界観はディズニーへの売却によって薄っぺらで単純な平凡さに変えられてしまったのだ──。『ニューヨーカー』誌にブロディが寄稿した辛口のレヴュー。

Star Wars

スカイウォーカー家の物語の最後を飾るこの作品には、バレエのように優雅だったり肉体の美しさに驚嘆させられたりするような動きはもちろんのこと、体のつながりを感じられる演出のなされたアクションシーンは皆無だ。©LUCASFILM/EVERETT COLLECTION/AMANAIMAGES

※本レヴュー記事にはネタバレにつながる描写が含まれています。十分にご注意ください

スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』は、シリーズの全作品に共通する問題を抽出して純化してみせた。これは、監督のJ.J.エイブラムスが独創的な作品を撮ることを実質的に放棄していたからだ。

普通の映画ではほとんどあり得ないような生真面目で壮大なエイブラムスの演出を目の当たりにすると、マイケル・ベイに撮らせてみたかったと思わずにはいられない。ウェス・アンダーソンやソフィア・コッポラによる洗練は期待できない以上(こうした監督たちはシリーズものに特有の限界に苦しめられるだろう)、ベイのようにクリエイティヴという意味で野蛮なまでに大胆な人材は、この種の映画に最適なのだ。

ベイが監督したNetflixオリジナルの『6アンダーグラウンド』の冒頭のチェイスシーンを観れば、情操という観点からは無意味で、ほとんど無価値な脚本を元につくられた作品がどうなるか大まかに理解できると思う。ただ、このシーンは少なくとも最低限の驚きは与えてくれる。「スター・ウォーズ」という硬直と、それが要求する忠誠を前にして、ベイならいったいどんなとんでもない作品をつくり上げただろうかと考えると、非常に興味深い。

『スカイウォーカーの夜明け』には大胆さも驚きも皆無である。それでも、このあまりにも凡庸な作品が40年という時間の本質をどのように凝縮してみせるかということには、わたしも関心を抱いていた。このことだけは告白しておかなければならないだろう(以下、ネタバレにならないように極力注意するが、あらすじに触れるので覚悟はしてほしい)。

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デス・スターの完成

※以下にはネタバレが含まれます。まだ観ていない場合は十分にご注意ください。

ジョージ・ルーカスがつくり上げた2つの三部作の特異性と複雑さというスター・ウォーズの最良の部分は、最新作では当然のように否定された。ルーカスは旧三部作(オリジナル)と新三部作(プリクエル)で複雑な政治的陰謀や豪華な様式美を含む自らのヴィジョンと遊び心を披露し、非常に強固な成功にまで昇華させている。

ルーカスは2012年、スター・ウォーズをディズニーに売却した。そしてルーカスの豊かな世界観はすべて掘り起こされ、薄っぺらで単純な平凡さに変えられてしまった。ディズニー(その清潔で高尚ぶった無邪気な態度)とエイブラムス(独創性というものに対する感受性の欠如、よくもあれだけ同じものを繰り返し生産し続けられるものだ)という組み合わせによって、すべてを破壊するデス・スターが完成したのだ。

『スカイウォーカーの夜明け』の物語は、主人公ふたりの社会的役割とアイデンティティを巡る葛藤を中心に展開していく。レイ(デイジー・リドリー)はレイア・オーガナ(キャリー・フィッシャー)からレジスタンスとして戦い続けるための訓練を受けるが、自らの出自と仲間たちへの忠誠との間で苦悩する。彼女は実は皇帝パルパティーン(イアン・マクダーミド)の孫娘なのだ。死んだはずのパルパティーンは今作で復活を遂げている。

一方のカイロ・レン(アダム・ドライヴァー)は、パルパティーンにシスの帝国の支配者になれとそそのかされる(ちなみに、スター・ウォーズを何も知らない人のために付け加えておくと、カイロの本当の名前はベン・ソロだが、父親のハン・ソロを拒絶してフォースの暗黒面を選び、カイロ・レンとなった)。

本作では、前作『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』で描かれたファースト・オーダーの攻撃を生き抜いた登場人物たちが勢ぞろいする。レイアから後継者に指名されたポー・ダメロン(オスカー・アイザック)、ダメロンが同志として頼りにするフィン(ジョン・ボイエガ)、チューバッカ、BB-8とC-3POのドロイドコンビの5人だ。

レイは彼らとともに、パルパティーンが潜んでいた惑星エクセゴルに向かおうとするが、ウェイファインダーと呼ばれるガジェットがないため、惑星にたどり着くことでできない。そしてウェイファインダーのありかは、解読の不可能な言語で書かれた文章で記されている。

どのシーンも壮大だが……

あらすじは緻密で完璧だが、同時に馬鹿げている。どのシーンも壮大だが均一で、感情というものが伝わってこない。これはロボットと化した観客の消費のために、ロボット的な視野の狭さで自動製造されたドラマなのだ。

『スカイウォーカーの夜明け』では全編を通じて、クローズアップになった登場人物たちがグリーティングカードに書かれた決まり文句のようなセリフを頑固で確信に満ちた調子で口にする様子が繰り返される。そして、その合間にときどき、やかましい戦闘シーンがある。

ユニークで記憶に残る情景はまったくなく、バレエのように優雅だったり、肉体の美しさに驚嘆させられたりするような動きはもちろんのこと、体のつながりを感じられる演出のなされたアクションシーンも皆無だ。

インスピレーションと呼べそうなものがあるとすれば、例えば不気味な光を発しながら宇宙空間を漂う玄武岩の徹底した黒さや、レイとデス・スターの残骸を隔てる波動といった、たまに現れるデザインのかけら的なものだろうか。ナラティヴと創造性の代替品として用意されたのは、ジョン・ウィリアムズによる威勢のいい音楽だ。映画のところどころで感情が複雑に揺れ動く場面では、必ずBGMが鳴り響く。

「男性がつくった作品」の意味

レイが傷ついた敵を癒すといったこの映画の特徴と呼べるかもしれない微妙な場面では、必ず社会的な配慮がなされている。例えば女性同士のキスシーンは、事前に観客の反応を慎重に調査した上で付け加えられたに違いない。

さらに言えば、リドリーとドライヴァーへの演出の方向性にも失望させられる。リドリーはどんな瞬間も感情を過剰に表現することを求められているが、ドライヴァーは感情は抑え、胸の内には常に矛盾する思いが渦巻いていることを示唆するような演技をしてみせる。

これはリドリーとドライヴァーの俳優としての能力のせいではなく、スター・ウォーズ全体の根幹をなす問題を反映したものだ。つまり、スター・ウォーズの世界では、女性はどれだけ英雄的であっても常にシンプルで、男性はより複雑なのである。

『スカイウォーカーの夜明け』の監督と脚本としてクレジットされている人物4人が、全員男性である点も指摘しておきたい。そもそも、過去5年で製作された現在の三部作を含め、シリーズ全体を通じて女性がメガホンをとったことは一度もない(ついでに脚本では1980年に公開された『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』のリイ・ブラケットが唯一の女性だ)。

ルーカスの原点

スター・ウォーズは当初から、壮大さと可愛らしさの組み合わせを観客に提示してきた。結果として、そこから生まれる感情は非の打ち所のない高潔な気分と抵抗し難い魅力という2種類に限定されてしまっている。

『スカイウォーカーの夜明け』では、可愛らしさの要素はボールのようなやんちゃなドロイドに集約されている。現行の三部作で新しく登場したこのドロイドの半球形の頭は、ピクサーのロゴマークの電気スタンドのそれを思わせないだろうか。いまではディズニー傘下のピクサーだが、元はルーカスフィルムのコンピューターアニメーション部門だった。

そして観客は静かな恐怖のなかで、スティーヴン・ソダーバーグが「ハリウッドの基本になっているずる賢いアイデア」と呼んだものがやって来るのを待ち続ける。希望だ。

ここには希望はたくさんあるが、この映画はそもそも家族と回帰というシリーズの基本テーマを新たな精神的極限に押し上げた作品なのだ。遠い昔、心理学や芸術、パーソナリティといったものが発明されるよりはるか以前に、両親と間に生じた問題を解決できず混乱してしまった大人たちの物語である。

この意味で『スカイウォーカーの夜明け』は、過去を求めて先祖返りしてしまったモダニストのようにルーカスの原点に立ち返っている。ルーカスがスター・ウォーズと『アメリカン・グラフィティ』の前に手がけた『THX1138』の素晴らしさは、個人的な記憶と近未来ホラーとのつながりだった。

ルーカスはここで悲劇的な結末と無秩序という来るべき時代の物語を描いてみせたが、それは喪失へのノスタルジアであり、どこで間違ってしまったのかを理解しようとする絶望的な旅路だ。そしてスター・ウォーズはその答えなのである。社会と家族とアイデンティティの基本構造の探求は、その過程で同じような問いへの答えを切実に求めていた人びとを満足させた。

映画という装置を利用した「機械」

ルーカスのヴィジョンは壮大だが、一方で感情的な広がりは限られている。彼が書き上げたワーグナーを思わせる力強いスペースオペラは、過去と未来をつなぐ神話となっている。ところが人間の内面に関しては、50年代のホームドラマ「ビーバーちゃん」のようにつまらない、道徳じみた緩和効果しか与えてくれない。

スター・ウォーズとは、映画という装置を利用した「機械」だったとも言える。ルーカスはささいだが同時に強力な彼自身の強迫観念を具現化するために、巨大で非人間的なマシンをつくり上げた。『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』、そして何よりも『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』を観ればわかるが、彼は内なる抵抗によってそのマシンを操作していたのだ。

ルーカスの炎は長い間、消えたままになっている。マーティン・スコセッシが少し前にマーベルなどのいわゆる「フランチャイズもの」を批判する発言をしたが、『スカイウォーカーの夜明け』に対する一連の否定的なレヴューは、スコセッシの批判を反映したものであるように思える。

批評家たちのコミュニティは過去何十年にもわたって、偽物や真の芸術の商業的模倣にすぎない作品に忠義立てをしてきたことを公の場で懺悔しているのだ。これまでずっと無視されてきた商業コンテンツと個人的な作品をはっきり区別するという行為が、いままさに行われようとしている。

批評家たちの批判は別にして、あえて言わせてもらえば、わたしにとってはこの作品には映画における新しい希望が詰まっている。

リチャード・ブロディ|RICHARD BRODY
映画批評家。1999年から『ニューヨーカー』に映画のレヴューなどを寄稿。特にフランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール、ウェス・アンダーソンに詳しい。著書に『Everything Is Cinema: The Working Life of Jean-Luc Godard』など。

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超高級ミラーレス「ライカSL2」で撮る写真は鮮明で美しいが、動画機能も驚きのレヴェルにある:製品レヴュー

カメラメーカーの最高峰といわれるライカの新しいデジタルミラーレス一眼カメラ「ライカSL2」。想像を絶するほど美しい写真が撮れるだけでなく、驚くべき動画機能を備えていた──。『WIRED』US版によるレヴュー

TEXT BY SCOTT GILBERTSON
TRANSLATION BY CHIHIRO OKA

WIRED(US)

Leica

PHOTOGRAPH BY LEICA

最初に断っておきたいのだが、このカメラは予算重視で買い物する人には向かない。ライカの製品は性能も価格も特別なカテゴリーに属している。コンパクトデジタルカメラ「ライカQ2」もそうだが、ライカのカメラを買うことは投資なのだ。そして、ミラーレスデジタル一眼カメラの新型「ライカSL2」も例外ではない。

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ライカを手に入れたいなら相応の金額を払う必要がある、だが、それより大切なのは、あの赤い丸いロゴ以外に何を得られるかという点だろう。SL2に関していえば、信じられないほどクリアで鮮やかな画像を生み出す47メガピクセルのフルサイズセンサーと、現行のミラーレス一眼では最高レヴェルの動画撮影機能ということになる。

さらに、アダプターが必要な場合もあるが、ライカのレンズならほぼすべてが使える。このため、あの伝説の名レンズを試すこともできる。ライカを買う究極の理由は、やはりレンズだろう。

あの「SL」の後継機

SL2は、2015年に発売されたライカ初のフルサイズミラーレス一眼「ライカSL」の後継モデルだ。ライカといえばレンジファインダーのイメージが強いが、SLの場合はアイピースが端ではなく中央にある。

レンジファインダーには一眼レフのような反射鏡(レフレックスミラー)はついていないので、ある意味では「元祖ミラーレス」とみなすことができる。ただ、現在のミラーレス一眼はほとんどが光学式ファインダーではなく、液晶ディスプレイの電子式ファインダーを採用している。

それ以外では、SL2と「ライカM10」のようなレンジファインダーモデルの違いは、レンズのマウントだ。SL2では、SL向けのLマウントが続けて採用された。なお、ライカだけでなくパナソニックとシグマもLマウントのカメラを出しており、これらのモデル用のレンズも使うことができる。また、Mマウント用のアダプターもある。

性能に関しては、このクラスのカメラに期待する機能はすべて備えている。オートフォーカス(AF)は高速で位相差AFにも対応したほか、顔認識などさまざまなシステムが焦点合わせを補完する。また、新たに5軸手ぶれ補正機構(補正効果5.5段)を搭載した。これは最近のミラーレスにはたいがいついているが、SLにはなかったものだ。

適度な重さ

手にとると最初は重く感じられるが、これは悪い意味ではなく、カメラらしい重さだと言っていい。つくりは頑丈で、フレームはマグネシウム合金、軍艦部と底面はアルミニウムだ。フルメタルでプラスチックの部分は一切ないが、ポート部分のカヴァーにわずかにゴムが使われている。

他社のモデルとの比較で考えると、ソニーの「α7」シリーズよりは大きさも重さもある。ボディの外観はパナソニックの「LUMIX DC-S1R」に似ているが、SL2のほうが重い。ライカからレヴュー用に90mmのズミクロンレンズを借りたが、しっかりと手に馴染んで持ちやすかった。

SL2で写真を撮るのは実に楽しい体験だ。人間工学的に考え抜かれた最高のデザインで、特に細部へのこだわりは素晴らしい。個人的にはグリップ内側のくぼみがとても気に入っている。指がきちんとかかるようにという工夫で、確かにいま使っているソニーの「α7 II」よりしっかりと握ることができる。

背面はミニマリスト的な美学と実用性のバランスがうまくとれている。液晶モニターの左に並ぶ3つのボタンは、上の2つはカスタマイズが可能で、いちばん下はメニューボタンになっている。3.2インチの液晶モニターは固定式で角度を変えることができないが、画像は非常にクリアだ。

Leica SL2

PHOTOGRAPH BY LEICA

使いやすいユーザーインターフェース

ピントの切り替えなどは、背面ダイヤル(サムホイール)の隣のジョイスティックボタンで操作する。このジョイスティック式は富士フイルムの「FUJIFILM X-Pro2」で初めて使ったが、とても便利なので、ぜひほかのカメラも採用してほしいと思っている。

メニューシステムについても、他社はライカから学ぶことが多いのではないだろうか。静止画と動画でシステムがきちんと分けられている上、どちらも使いたい機能にすぐたどり着くことができる。

設定画面に入るとすべての項目が表示され、いちばん上の「静止画」と「動画」というタブで切り替えを行うようになっている。ほとんどの場合において、2回操作をすれば必要な設定変更が終わる。

個人的には、世のデジカメでも特にメニューが複雑なことで知られるソニーの製品を使っていることを断っておかなければならないが、比較的シンプルなパナソニックのカメラと比べても、SL2のメニューシステムの使いやすさは際立っている。メニューというものはこうあるべきだと思わずにはいられない。なお、デジタルカメラ専用アプリ「Leica FOTOs」もアップデートされ、新たに「iPad」版が登場した。

一方、物理ボタンについてはユーザーに委ねるという不可知論的なスタンスがとられている。無駄を極力排除するために数が8個しかないだけでなく、そのうちの6個はカスタムで機能を割り当てることができるのだ。SLのデザインに慣れている人のために付け加えておくと、レンズのそばにファンクションボタンが2つ用意され、直感的な操作をするうえで便利になっている。

軍艦部分にはデジタル一眼では一般的なトップディスプレイがあり、撮影モードやシャッタースピードなどの設定、バッテリー残量といったことが一目で確認できる。メモリーカードのスロットは2つあり、ポートは上からマイク、ヘッドフォン、HDMI、USB-Cだ。

Leica SL2

PHOTOGRAPH BY LEICA

トップレヴェルの動画撮影機能

以上が大まかな仕様だが、肝心の使い心地はどうだろう。47メガピクセルのセンサーは驚くほど鮮明なイメージを捉えてくれる。また、JPEGだけでなくDNGフォーマットにも対応しているので、どんなRAW画像の現像ソフト(個人的には「darktable」を利用している)でも問題なく編集できる。ライカがアドビの進める標準化をサポートしていることに感謝しよう。

レンズは前述のようにライカのものならたいていは使える。カメラの価格が高すぎるという文句はあっても、過去にライカが生み出してきた伝説のレンズの数々について同じことを言う人はいないだろう。また、昔のMマウントのレンズを使う場合、センサーで画質が最適化されるようになっている。

SL2の動画機能はハイエンドのミラーレス一眼でもトップレヴェルで、フルサイズで4K60pの映像を撮れる。知っている範囲では、これだけの解像度とフレームレートを実現したモデルはない(パナソニックの「LUMIX DC-S1R」も4K60p対応だが、センサーのサイズはAPS-Cになる)。

また、連続録画時間も十分に長い。ただし、動画を撮っていると、液晶モニターを動かせないのが残念に思える。それ以外では特に問題はなく、動画関連の実力はかなりのものだ。

Leica SL2

PHOTOGRAPH BY SCOTT GILBERTSON

赤いロゴの魔術

一方で、連続撮影のオートフォーカスには不満が残る。SL2はメカシャッターで毎秒10コマ、電子シャッターなら毎秒20コマの連写ができるが、この速さではピントが合わないことがある。

このため素早く動く被写体をきちんと捉えたいと思ったら、毎秒6コマまで連写速度を落とす必要がある。これはスポーツの試合や野生動物を撮影したい場合は懸念材料かもしれないが、実際に使ってみた範囲では、子供が走り回っているところを撮っていたときに1〜2回気になった程度だ。

まとめると、SL2は性能も価格もプレミアムというカテゴリーに属する。ライカの誘惑にはこれまで極力抵抗するようにしてきたが、SL2にはどこか引きつけられるものがあるのは確かだ。とはいえ具体的には何かと聞かれても、あの赤いロゴの魔術ではないかという以外にはうまく説明することはできない。

◎「WIRED」な点

美しく機能的なデザイン。47メガピクセルのフルサイズセンサーが捉える画像は、細部まで非常に鮮明だ。大きく明るいファインダー。ライカの過去の名レンズが使えるのもうれしい。動画機能は秀逸で、さらにボタンやメニュー構成が優れているためにナヴィゲーションシステムがとても使いやすい。

△「TIRED」な点

固定式の液晶モニターは動画撮影では限界がある。そして、値段は安くはない(日本では税込み89万1,000円)。

※『WIRED』によるガジェットのレヴュー記事はこちら

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