顧客見下し型サービス業の増加
メモには「親代表の一括請求の子番号です。つまりクソ野郎。」などとして親が支払っているので“お金に無頓着”だとして新料金プランに変えてディズニー公式動画配信サービス「Disney DELUXE」を付け、さらに「いちおしパック」をつけるように他の店員に指示している内容となっています。
PCデポや保険営業などの問題について、元々は競争環境の激化の中で「仕方なく情弱を狙わざるを得ない状況」があったのだろうけれど、ここのところで嬉々として「自分よりも楽に生きている情弱に勝って見下したい」という方向性にマインドセットが変わってきたとのではないかと思われる。
逆感情労働としての精神的勝利法
顧客の利益と会社の利益が相反しえる分野で歩合性の成果を求められる場合に邪魔になるのは羞恥心や倫理観となる訳で、それらを「目の前の顧客との勝負」に置き換えることで「騙している」という意識を覆い隠して「勝利」を目指しやすくなる。
これは「オレオレ詐欺」の事前研修にも使われている手法で、そもそも論の前に「裕福で情弱な顧客=詐欺被害者」に打ち勝つ快感を覚え込ませることで倫理観を麻痺させていくという。苦労もせずに裕福な老人から金を奪うのは弱肉強食の競争社会においては正しい。
『故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)』において阿Qは色々と酷い目にあいながらも、「精神勝利法」と自称する独自の思考法を頼りに「結果として勝った」と思い込むことでプライドを守っていくのだけど、自身を精神的勝利法によってメンテナンスしながら非倫理的な行為を正当化する逆感情労働とも言うべき福利厚生が発生しているのではないか。
弱い者が夕暮れ さらに弱いものを叩く
倫理的にスレスレのところをやっている営業会社は昔から多かったのだけど、ここ最近は金融でもカスタマーサポートでもコンサルティングでも、本来的には「共に解決すべき問題 vs 私たち」となるような仕事でさえも「私 vs 貴方」にすり替わるようなマインドに変わってきているように感じる。
なんでもかんでも営業チャンスと捉えさせてノルマを持たせていった歪みの産物なのだろう。逆感情労働としての精神的勝利法が福利厚生となる顧客見下し型サービス業に覆われていくと本質的な問題解決がなされないままギスギスとしたやりとりばかりが増えていく。本当に勝利すべき相手は「顧客」ではなく「問題」にあることを改めて追求するインセンティブ設計が求められる。
- 作者:志駕 晃
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2019/08/06
- メディア: 文庫