(前回のあらすじ:1573年夏、戦国時代に転生したオババとアメリッシュ。アバターとなった戦国時代の母娘を生かすため兵隊になる決意をした。私は足軽として雇われ足軽小頭である古川久兵衛と共に密偵として小谷城へ向かった)
草木を刈った山肌は、服を脱ぎ捨てた裸の人のようで、どことなく心もとない。
でも、その上に立つ小谷城は違った。
切り立った山肌に作られた要塞。上から矢を射かけられたり、岩を落とされたりすれば、大怪我するし、運が悪ければ死ぬ。
それでも、5000人の兵とともに籠城している浅井長政にとって、気もそぞろな日々であったと、私にはわかっているんだ。
兵舎でさえ、どんよりした空気に満たされているからね。
密偵として浅井軍に入った私たちは、翌日、城下を歩いた。
「巫女よ、信長軍は勝てるのか」
「勝てるって? そうね・・・、勝てると思う。それを知りたいのか」
「俺の活躍する場を知りたい。ありそうか?」
「久兵衛、斎藤利三の命でと言っていたが、それって事実なのか」
彼は頭を掻くと、ニッと笑った。
「ま、厳密に言うとだな。違うかもしれん」
「まさか、勝手に軍を抜けてきたのか」
「巫女よ、さすがだ。人の心まで読めるのか」
1573年7月から8月にかけて、浅井側の家臣が織田に寝返ることが多くなった。とくに7月末の山本山城主であった阿閉貞征が白旗を上げ、織田軍を引き入れたため、小谷城の孤立化が深まっていたんだ。
こうした状況では、敗戦の噂も早い。逃亡する兵も多くなる。
追い詰めらたのは浅井長政だけではなかった。
彼が頼みとした朝倉義景の軍も病んでいた。浅井からの要請で、朝倉義景は2万の兵をもって援軍に来ているはずである。
最近の朝倉は女に溺れ、大抵の戦を家臣に任せていた。
今回、彼自ら進軍したのには訳があって、大将格の家臣たちが病気を理由に出兵を断ってきたからだ。もちろん、これは仮病である。日々、女にうつつを抜かし、ヘタレていた義景は家臣団に見限られた。
なお、悪いことに、敵である信長にまで見切られていた。
小谷城は鉄壁の要塞
しかし、いくら朝倉がヘタレ、信長の意気軒昂であろうとも、小谷城は簡単に攻略できる城ではないんだ。
私と久兵衛が屯所で過ごした翌日。いよいよ雲行きが怪しくなっていた。
今が何日であるか、それはとても重要な要素だった。
それさえ、グーグルで検索できれば、危険を犯さずに、この久兵衛という男に情報を与えることができる。しかし、なにもわからない。
情報の完璧な遮断。この状況に現代人がいかに慣れてないか、ここにきて痛切に感じている。もうね、痛い。
目も耳もふさがれているって、そんな閉塞感は経験したことがなくて、私は驚いている。
これが現代なら、私は日付をみて、先の予定をたて、すかさず天気予報の気圧配置を調べるところなんだけど・・・
空を見上げると灰色の雲が走り、風が強くなっていた。
「嵐がくるのだろうか」
「嵐か」
久兵衛ははじめてそれを知ったかのように、空を見上げ、私の顔をみて、それから再び空を見上げた。
「ああ、確かに風が強いな。こりゃ、くるかもな」
「気にならないのか」
「嵐が怖いのか」
「怖い」
彼は大きな手を開くと、私の頭をぽんぽんと叩いた。
「心配するな。嵐くらいのこと、俺が守ってやる」
私は目を閉じた。
風は勢いを増し、家の前に掲げた旗がパタパタ音をさせ大きく揺らいでいる。
小谷城、嵐、旧暦の8月・・・
朝倉義景は2万の兵を率いて、この近くに陣をはっているのか、あるいは、まだ来ていないのか。
「久兵衛、ここで朝倉義景が援軍に来ているか情報を得られるか?」
「ほお、義景が動くのか。あやつは家臣に任せて、自分は城にこもっていると、もっぱらの噂だ。その男が、ここに来てるのか」
「間違いなく来ている」
足軽でしかない久兵衛にとって、朝倉の情報は噂混じりの中途半端な話だろう。
「どっかで情報を得てこい」
「なにをだ」
「朝倉軍の動きだ」
「ああ、わかった。というか」
「なに?」
「お前と俺、どっちが上だ」
「久兵衛」
「ああ、ああ。わかった、わかった。調べてくる。ここで待ってろ」
「うん」
「よし、一刻ほどで帰ってくる」
ここでは時計などなく、太鼓を鳴らして時を知らせていた。
一刻とは、だいたい2時間前後で、これもいい加減なところで、
明るいうちを6等分して太鼓を鳴らすって、そんな感じ。
きっちり2時間なんて、どこの世界の話だってなもんなんだ。
「待ってる」
「それからな。いいか、お前は無理をするなよ。まったく、時々なにをしでかすかわからんところがあるからな。ともかく、ここは敵地で危ない。なにもせんでいい、ただ待っていろ」
「まるで、オババだな。久兵衛」
久兵衛が声を出さずに笑った。
「なんだ、そのオババとは、よく母上をそう呼んでるな」
「まあ、あだ名みたいのもの」
「アメってのもか」
ちっ、案外と耳さとい。
「そう、私の行くところでは雨がよく降る」
久兵衛は空を見上げた。
「なるほど」
彼と別れ、私は屯所から出て、あらためて小谷城を見あげた。
建物の屋根が見える。
歴女としてはなんとも興味深い。
清水谷の人々は嵐を察知してか、片付けをしている。
戦乱の世の庶民は身の回りのものといえば、着るものと鍋と食器くらいのもので、つまり荷物をかついで、すぐ逃げていける程度のものしか所有していない。引越し業者などない世界で、戦いがあれば荷物を担いで逃げる。溢れかえるほど物がある現代からすれば、まさに究極のミニマリストといえるかもしれないんだ。
風はさらに強くなり、時を告げる太鼓の音さえもかすかになって聞きづらい。そろそろ、一刻は過ぎたんじゃないかと思うより早く、埃が大きく舞う道を久兵衛が袖で口を塞ぎながら戻ってきた。
「どうも、あんたの言った通りだ。朝倉軍が進軍して砦を築いたと、ここのものが喜んでいた」
この世界は噂が多い。信憑性にかけるという意味では、現代よりはるかに迷信深い時代だ。朝倉が陣を敷いたということを確信できないが、それでも、嵐が来ている。
「もう来ているか」
「ああ」
「そうか、では、今夜かもしれない」
「なにが、今夜なんだ」
朝倉が陣を築いたとすれば、おそらく山田山に信長の本陣も敷かれたはず。
私は、小谷城のさらに上、大獄山を指差した。
標高500m。この砦は重要で信長はその北側山田山に布陣している。
「みたい!」
私は言ってしまった。
「何をみたいんだ」
「織田信長だ」
「信長様は岐阜のはずだが」
「いや、来てる」
「ほう、そうなのか」
「まちがいないと思う、だから、見たい」
「まったく、巫女どの、あんたは怖いものが好きなやつだな」
彼はそう言うと、ニッと笑った。
・・・つづく
登場人物
オババ:私の姑。カネという1573年農民の40代のアバターとして戦国時代に転生
私:アメリッシュ。マチという1573年農民の20代のアバターとして戦国時代に転生
トミ:1573年に生きる農民生まれ。明智光秀に仕える鉄砲足軽ホ隊の頭
ハマ:13歳の子ども鉄砲足軽ホ隊
カズ:心優しく大人しい鉄砲足軽ホ隊。19歳
ヨシ:貧しい元士族の織田に滅ぼされた家の娘。鉄砲足軽ホ隊
テン:ナイフ剣技に優れた美しい謎の女。鉄砲足軽ホ隊
古川久兵衛:足軽小頭(鉄砲足軽隊小頭)。鉄砲足軽ホ隊を配下にした明智光秀の家来
*内容は歴史的事実を元にしたフィクションです。
*歴史上の登場人物の年齢については不詳なことが多く、一般的に流通している年齢などで書いています。
*歴史的内容については、一応、持っている資料などで確認していますが、間違っていましたらごめんなさい。
参考資料:#『信長公記』太田牛一著#『日本史』ルイス・フロイス著#『惟任退治記』大村由己著#『軍事の日本史』本郷和人著#『黄金の日本史』加藤廣著#『日本史のツボ』本郷和人著#『歴史の見かた』和歌森太郎著#『村上海賊の娘』和田竜著#『信長』坂口安吾著#『日本の歴史』杉山博著#『雑兵足軽たちの戦い』東郷隆著#『骨が語る日本史』鈴木尚著(馬場悠男解説)#『雑賀の女鉄砲撃ち』佐藤恵秋著#『夜這いの民俗学』赤松啓介著ほか多数
Q:(明智光秀が)医者?もしそうならば朝倉に仕官する前も食べるのにそれほど困ってなかった可能性があるのかな。それとも昔は医者でも裕福になれなかったとか、うーん謎だ
A:ダメラボさん、当時、医師になるのに資格なんてなかったんです。
私が医者だといって患者をみれば、それが医者で、だから、困ったニセ医者も多かったと思います。
また、正式に医者として認められた人でも、中国から来た漢方を習得し、役にたつ薬草を知っている程度の知識でしたから。現代医学とは比べ物になりません。
そうした医学書を手にいれ、読むことができれば、誰でも医者になれる時代です。光秀がそうしたかもというのは、想像にかたくないです。
収入面についてですが、
前回のブログに書いた曲直瀬道三など、当時としては最先端の治療をする医師はいましたが、こうした人は結構な収入があったようです。普通はある程度の収入? コメとか得ていたと思います。
この時代、コメがお金代わりでした。
そして、医師が裕福になったのは、本当に昭和中期になってからで、第二次世界大戦前は教師のほうがよほど身分的に高かったのです。
戦後、医者のなり手がなく、だから、税の優遇処置でやっと医師を増やしたという経緯があります。
な〜〜んてなことで、ご質問に答えれたでしょうか。
下記、麒麟像は通販で購入できます。あまりのかっこよさに買ってしまいました。
NHK大河ドラマ『麒麟がくる』
「大河のタイトルがなぜ麒麟なのかなぁとおもっています」
ですよね。
私も最初、それ、ちょっと疑問だった。
麒麟って中国の霊獣で、平和なときに現れる心優しい獣なんで、戦国時代に麒麟って、どういうこと? って思いました。
麒麟児って言葉が昔ありましたけど、優秀な人のことで、たぶん、明智光秀が優秀な人物だから、麒麟とするのか? って思いもします。
そういえば、小野不由美さんの小説『十二国記』でも、王のもとに現れる麒麟が補佐して王を導くってありましたね。
大河をみるまでわかりませんが、麒麟光秀、興味がわきます。