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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第一章 怒涛の一日目

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第一章7  『不可解な再会』

「――どうしたよ、兄ちゃん。急に呆けた面して」


「は――?」


 厳つい顔立ちの中年にそう声をかけられ、思わず間抜けた反応が出てしまう。

 こちらの応答に中年は皺の目立つ眉間をさらに寄せて、


「だーかーら、けっきょくどーすんだよ。リンガ、買うのか買わないのか」


「は――?」


「リンガだよ! 食いたいんだろ? 自分でそう言って話しかけてきといて、急に目がイッちまうんだからビビったぜ。……で、どーすんだよ」


 筋骨隆々のスカーフェイスが、その掌にちょこんと可愛らしい赤い果実を乗せている。

 突き出されてくるリンゴに酷似した果物、それと中年の顔を見比べて、


「あー、実は俺、不倶戴天の一文無し」


「……んだよ、じゃあ、ただの冷やかしじゃねーか。なら行った行った! こっちゃ商売してんだ。冷やかしに付き合ってられん」


 おざなりに手振りでその場からどかされて、素直にそそくさと移動する。

 彼――ナツキ・スバルはあたりを見回しながら、


「え? え? ――どゆこと?」


 疑問と当惑に、誰へ向けたものでもない問いを吐き出すのが精いっぱいだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 大通りは相変わらず人でごった返しており、たまにトカゲの馬車が通りかかる以外では常に道幅いっぱいに歩行者が広がっている。

 まだ日差しの高い時間だ。気温は暑いというほどでもないが、目の前を通り過ぎる人型の狼――人狼とでも呼ぶべきか、そんな人物の毛皮を見ると「さぞや暑いだろうな」という感想がぼんやりと脳裏をかすめる。

 かすめるのだが、


「そんなお上りさんみたいな感想かましてる場合じゃねぇぞ。えっと、なんだ!?」


 頭を抱えて腰をツイスト。その場で渾身の苦悩のポーズを披露するスバルに、周囲から格好の物珍しさもあって視線が集中する。

 その視線は身に覚えの強いものだ。つい数時間前、あちらこちらから無遠慮にぶつけられ続けていた類のものと同種――というか、まったく同じ。


「そう、数時間前……の、はずなんだが」


 言いながら周囲を見回し、極めつけの空を見上げてスバルは首を傾げる。

 日が高い、のだ。少なくとも、スバルの認識ではさっきまで日没だったはずなのに。


 この感覚もスバルにとっては初めてではない。

 異世界――この世界に連れ込まれたときも、彼は夜と昼の逆転劇を体感している。それだけに衝撃は最初ほどではないのだが、明確にそのときとは違う条件がある。


「腹の傷……ねぇな」


 ジャージの裾をまくって、その下の腹部を確認しての呟きだ。

 大型の刃物と思しき凶器に切り裂かれ、血と内臓を思いっきりぶちまけたはずの傷跡がそこには存在しない。当然、縫った跡もなければ服に血が付いている形跡もない。

 それどころか、愛用のジャージには土埃や泥による汚れも見当たらなかった。

 手の中のコンビニ袋は健在で、ズボンのポッケにはそれぞれ携帯電話と財布が収まっている状況なのも変わらない。あらゆる意味で万全の初期状態。

 ――頭がおかしくなりそうだった。


「異世界召喚ってだけで俺のキャパ超えてんのに、どうすんだよ、この状態……」


 傷の回復に関してはサテラの前例があるので、傷口がないことにも納得はいく。

 が、先ほど盗品蔵でスバルが負った傷は明らかに致命傷。意識が落ちた瞬間に確実に死を感じたほどのものだ。

 あれほどの傷が治るというのなら、この世界の魔法は死者蘇生すら可能にするとしか思えない。


「命の価値がだいぶ薄れるが……いや、それ以前に誰が?」


 記憶の混濁が多少見られるのを意識して、スバルは意識を失う寸前のことを懸命に思い出す。

 そう、腹を切り裂かれて殺されかけたのだ。女の声、がしていたと思う。

 盗品蔵の中で死体を見つけて、あの死体の人物を殺したと思しき相手にスバル自身も襲われた。そして死に瀕する状況下で――。


「そうだ、サテラ!」


 銀髪の少女がスバルの身を案じて、盗品蔵の中に入ってきてしまったのだ。

 その前後の自分の行いを思い出し、今さらになってスバルの胸中を後悔が覆い尽くす。

 スバルは彼女にはっきりと言われていたのだ。

 自分で何とかしようとしてはいけない、何かあれば彼女を呼ぶように、と。


 あの言葉にはスバルの心配をしている以上の意味があったのだ。あれには正しく、危機的状況にあるとサテラに伝える意味も込められていた。

 にも関わらず、スバルはあの場で声を上げるだけの指示すら怠った。

 結果、スバル自身も襲撃者から逃れることができず、サテラをあの惨劇の場に呼び込むことになったのだ。


 暗闇の中、自分の血が作り出す泉に溺れながら、スバルは銀髪の少女が襲撃者によって断ち切られるのを確かに見てしまった。

 血の海に同じように倒れ込み、スバルより先に動かなくなってしまった彼女を――。


「サテラを頼むって……言われたんじゃねぇのかよ、俺」


 消える寸前、スバルを見てそう告げたパックの姿を思い出す。

 決して軽い言葉ではなかった。スバル自身が重く受け止めなかっただけで、あの小さな猫が懸念した通りの事態は二人を待ち受けていたのだ。

 そしてスバルは再三の忠告にも関わらず、その機を単なる見落としによって逃した。

 その結果が今の状況だ。

 わけのわからないまま通りへ放り出され、見知った相手の安否もわからず、指針すら見失って途方に暮れている。


「バカか……いや、バカだ俺は。うなだれてる暇なんざどこにあんだよ。とにかく、サテラとパックを探さないと……」


 二人とも、死んでいるかもしれない――そんな残酷な想像をスバルは頭を振って追い払う。

 なんの取り柄もなくて、欠片も役に立たない、言ってみれば単なる排泄物製造機であるところの自分ですら助かっている。

 それならば、あの魔法が使えてお人好しの世話焼きで、素直じゃないけどやたら真っ直ぐな性根の美少女と、飄々と掴みどころがない変わり者の精霊が死んだとは思えない。

 いや、死んでいてほしくないのだ。


「とにかく、今は……」


 ――盗品蔵に向かおう、とスバルは判断する。

 あの場所が意識の終着点ならば、スバルの行動のヒントはあそこにある気がする。

 思い立ったが即行動だ。ここでもスバルの決断力の速さが光る。元の世界では「今日は学校いくのやめよう」と諦めの決断に用いられることがもっぱらだったが、今のスバルにとっては迷いを断ち切るという意味で大きな意味を持つ。

 だが、スバルのそんな勢い込んだ決断は――、


「よお、兄ちゃん。少し俺らと遊んでいこうや」


 路地を塞ぐように立ちはだかる、三人の男によって邪魔される憂き目をみせた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「おいおい、呆けた面してどうしたよ」


「状況がわかってないんだろ。教えてやったらいいんじゃないか」


 恫喝に対して無反応のスバルを見て、男たちは嘲笑するように唇の端を歪める。

 そんな彼らの態度を、まるで滑稽な芝居でも見せられているような心境でスバルは見ていた。


 男の数は三人。その身なりはお世辞にも整っているとはいえず、顔立ちは育ちと性格の野卑さがそのまま浮き彫りになったような典型的なチンピラ面。

 荒事慣れしているのか傷の浮かぶ顔や肌、そして暴力を是とするわかりやすい雰囲気。

 その全てに対し、スバルはどうしようもない見覚えがあった。なにせ彼らは、


「お前ら……ひょっとして、俺の知らないところで頭でも打った?」


 つい数時間前に、スバルがサテラやパックと出会うきっかけを作った輩だったのだから。


 モブ的な立ち位置には間違いないだろうが、この異世界が三次元世界である以上は使い回しキャラということもないだろう。ならば似た顔の別人か、と言われると、


「似た顔の別人が三人揃って追い剥ぎ紛いをやってるって、あるかぁ?」


 似た顔がひとりならともかく、三人。それも同じ顔でパーティを組んでる、という状況は考えにくい。となると彼らはスバルの記憶と同一の面子であり、


「頭打ったか……もしくはさっそくやられた復讐か。異世界でもそのあたりは変わらねぇんだな。仲間連れてこないあたりはまだ良心的か?」


 現実世界だとひとり倒すと、倒された奴が仲間を連れて復讐しにくる。最終的にはどれだけ倒してもあとからあとから敵がわき、わけのわからん強敵を相手にする羽目になってゲームオーバーという流れが多々ある。

 そういう負の連鎖を繰り返すパターンに比べれば、他力でなく自力でくる彼らの精神力はそこそこ評価されるべきだろう。

 どちらにせよ、あの展開で復讐相手をスバルにするのはお門違いと言わざるを得ないが。


「まぁ、弱いとこ狙いたくなる気持ちはわかるから、悪いとは言わねぇよ俺は。でも、ちょっとタイミングが悪いというか……」


「なに言ってんだ、アイツ。頭おかしいんじゃねえのか」


 ここは穏便に話し合いで、と解決の方法を探るスバルを男たちが嘲弄する。

 その態度にさすがのスバルもカチンとくるものがあった。穏便に済ませよう、というのはあくまで状況的に急いでいるからであって、本来のスバルはかなり短気な人間だ。

 それでも、事態の深刻さを思えば些細な侮蔑――そう堪える心構えでいたのだが、


「いいさ、兄ちゃん。とりあえず持ち物全部置いてけ。それで勘弁してやっから」


「ああ、はいはい。持ち物全部ね。急いでっから、それでいいや、ホント」


「あと犬の真似な! 四つん這いで犬の真似して、助けてくださいーって鳴けよ」


「調子乗んなや、コラァ――ッ!!」


 あまりに調子こいた発言が飛び出したせいで、早くも堪忍袋の緒が千切れる。

 突然にぶち切れたスバルの動きに男たちが動揺。その呆然とする男たちの中、スバルは二番目に位置する男に狙いをつけた。

 以前、ナイフによってスバルの猛攻をまんまと退けた男だ。当然、そのすぐナイフを持ち出す短絡的さは健在だろう。よって、


「まずお前からだ! 命を大切にしない奴は大嫌いだ! 死ね!!」


 渾身の掌底が男の顎を跳ね上げる。そのままがら空きの胴体に左の拳を打ち込み、壁に叩きつけて男を撃沈。

 とっさの事態に反応が遅い他の男に対し、スバルはまずひとりの足を払って転倒させる。その隙に最後の男に狙いを定めると、相手の下半身目掛けて体ごと突っ込んだ。

 胴タックルの要領で男を担ぎ上げ、そのまま壁へと全霊で激突。衝撃で呻く男に蹴りでトドメを刺し、振り返ると転んでいた男が立ち上がるところだった。


「っづ……てめえ」


「さあ、タイマンだ。ナイフも鉈も先に沈んでるが、お前はどうするよ」


 アドレナリンだばだば状態で強気のスバルに、男はどこか気圧されたように表情を変える。実質、先ほどの騒ぎのときはサテラの魔法で昏倒していた男だ。

 ゆいいつ獲物を確認していない相手であったが、今の反応から致命的な武器の持ち合わせはないとスバルは判断する。


「サシの殴り合いなら、俺も簡単に土下座してはやんねぇぞ」


「っざっけんな、クソが。ああ! なめんじゃねえよ、ガキが!!」


 差し出した手を振っての挑発に、唾を飛ばしてまんまと男が乗っかる。

 掴みかかってくる男を迎え撃つ正拳。狙い違わずそれは男の胸を打ったが、男は勢いに任せてスバルに飛びかかり、その体を壁際へと押しやろうとしてくる。だが、


「超絶、甘ぇ!」


 肩を掴む男の両手首を握りしめて、スバルは男の腕力をそれを上回る腕力で引き剥がす。

 男の顔に明らかな動揺が走るのを見て、スバルはその目つきの悪い顔を凶悪に歪め、


「ひきこもりだからってなめんな。日々、木刀振って無意味に鍛えた俺の握力は七十キロオーバーだ。ベンチプレスも八十キロまでならいけんだぞ」


 身内だけの集まりで、リンゴを握り潰して場の空気を微妙にしたのは黒歴史。

 日々、肉体だけは鍛えるのをやめなかったひきこもり生活だ。同じような体格の相手との力比べであるならば、よほどのことがない限り負けない基礎体力がスバルにはあった。


 手首を握り潰される感覚に男が絶叫し、掴む力がゆるんだ瞬間にスバルの膝が男を打つ。腹を打たれてくの字に折れるチンピラ。その背後にスバルは素早く回り込み、


「死んでも恨むな。いっぺんやってみたかった、地べた上の裏投げっ!」


 相手の腰に手を回し、後ろに倒れ込むような勢いの中でその身をブン投げる。

 プロレスのバックドロップに近い投げだが、途中で手放すあたりが悪質な技だ。男はなすすべなく壁に頭からぶつかり、地面に落ちて身じろぎひとつしなくなる。

 男二人の沈黙を確認し、スバルは最後に一番最初に仕留めたナイフ男の下へ。

 比較的ダメージの少ないナイフ男は悶絶しながらも、スバルの接近にとっさに懐のナイフを抜こうとする。抜こうとしたのでスバルは容赦なく顔面を蹴った。轟沈。


「――し、楽勝! この世に悪の栄えた試しなし!」


 ガッツポーズを決めて、ひとりその場で勝利を祝うナツキ・スバル。

 日々、目的もなく鍛えていたのが無駄でないとわかって一安心だ。ともあれ、


「状況はなんにも変わってねぇけどな。とにかく、邪魔は入ったが盗品蔵に行かないと」


 男たち三人が死んではいないことだけ確認し、スバルはそそくさと路地をあとにする。

 通りから無傷で出てきたスバルを見て、微妙に「おお」とか通行人から予想外っぽい声が聞こえたのが気にかかるが、追い剥ぎっぽい事態を見たなら通報しろと声高らかに言いたい。

 もちろん、人見知りのスバルはそんなことできるはずもなく、小走りにそこから逃げ去ったのだったが。



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