鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」
コラム
オートバイ事故で全身まひになった患者 感覚ない身体を清拭され…ケアは相手にとって「よきこと」なのか?
ケアが苦痛をもたらすことも
ケアは、たとえば手術のような治療と異なり、患者の身体に直接的な侵襲を加えるようなものではありませんが、患者にとってさまざまな形で苦痛をもたらすこともあります。受け手がどのように捉えるかが関係するからです。ケアは、一方的によきことであるわけではなく、患者と看護師の相互のかかわりによってその良さが決まっていくものでしょう。この患者から、「身体の清拭は不愉快だ、つらい」と直接的に言われたわけではなくても、その可能性も十分あり得るということです。何事もそうですが、よいに違いない、よいはずだと考えていれば、それ以外の面はあまり見えなくなります。
「聞いてくれるのは、あなただけなんだよ」
この看護師が、自分の思いをスタッフに投げかけてみたところ、同じことを考えていた人もいたそうです。そこで、「患者にとって何が必要か」を徹底的に考えていくことにしました。「わずかな時間でも、車いすに移乗してベッドから離れるように促す」「おすしが好きだったので、状態が安定してきたら、家族と食べる時間をつくる」など。呼吸が落ち着いたら、理学療法士の協力を得て、人工喉頭(のどぼとけのあたりに機械を当てて振動させ、コミュニケーションをとる)を使って患者の思いを聞こうとしました。
その時、一番大切にしたのは、睡眠の確保だったといいます。患者を見ていると寝つきが浅く、睡眠中に何度も起きてしまうことに気づきました。その時に投げかけられた言葉が、「胸が重い」だったそうです。よく観察してみると、換気量が減っていることがわかったので、「息が苦しいのか」「息を吸うのにもっとサポートが必要なのか」などと聞いて、医師と話し合い、睡眠の状況、呼吸の様子をチームで共有していきました。そのような中、「そうやって聞いてくれるのは、あなただけなんだよ」と患者さんに言われたそうです。
患者にとっての「快」とは
この看護師は、このケースを振り返りながら、患者さんにとっての「快」を意識していくことが、ケアするうえで大切だと語ります。ある患者さんにとっては「快」なケアも、ある患者さんにとってみたら「不快」かもしれません。それは、場面やタイミングなど様々な要因で変わってくるのだと思いますが、それは患者さん自身が教えてくれるはずと考えているそうです。穏やかな表情をしているのか、呼吸は苦しそうではないか、血圧・心拍は安定しているのか、発汗はしていないか、末梢は冷たくなっていないか。「常に関心を持ち続け、少しの変化も見逃さない」という身体のアセスメントが重要で、その中で患者さんが望んでいることに時間を使うようにしていきます。
この看護師が問いを投げかけたように、「ケアは常によきことであるとは限らない」という思いを持ちながら、患者と向き合い続けることそのものが、倫理的な看護実践につながっていくのだと思います。(鶴若麻理 聖路加国際大准教授)。
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