骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第51話 「強欲魔王」

 

「う、そ……。リアルへ、繋げる?」

 

「そうだ。我が半身の悟を含む、アインズ・ウール・ゴウンの半身どもが暮らす世界だ。もちろん、あけみの半身も居るだろうな」

 

「わたしのパートナー、あの娘が暮らす、現実世界(リアル)……」

 

 信じられない可能性との出会いだ。幾百年もの間思い描いていたパートナーとの再会に、こんな状況で迫れるとは。

 もはや連合軍の行く末など気にもならない。

 

「モモンガさんは現実世界へ行くんだね?」

「そうだ」

「そこにはわたしのパートナーも居る?」

「居るだろうな」

「でも侵略戦争を仕掛けるんでしょ?」

「魔王だからな」

 

 すぅ~はぁ~~と深呼吸を行い、あけみは一問一答を終わらせる。

 

「ならわたしも連れて行って! あっちにいったら、モモンガさんの敵に回って面白くするからさ。いいでしょ?」

 

「そうだなぁ、一応宣戦布告をして戦争の準備期間は設けるつもりだが……。まぁ、こちらの情報を持っているあけみが敵側へ行けば、より面白くなるだろう」魔王はパチリと骨指を鳴らし、あっさりと人類を裏切った森妖精(エルフ)へ言葉を返す。

「構わんぞ、あけみ。転移するときはナザリックと共にお前も連れて行くとしよう。世界を壊滅させて準備が整ったら〈伝言(メッセージ)〉で伝える」

 

「やったあぁ!」

 

「なっ?! あけみ様! 何を仰っているのですか? 我々を見捨てるおつもりで!?」

 

 槍使いの少年には会話の内容など半分も理解できなかったであろうが、あけみと魔王が手を取り合ったのだけはハッキリと解った。

 人類が最後の拠り所としている神の化身“ぷれいやー”様。

 その神は今、人類を投げ捨てたのだ。

 

「ふ、ふははは、帝国どころか世界の歴史までもがここで潰えるとはな。いやぁ、まいったまいった、流石は大魔王様だ。清々しいほどに手も足も出ない。降参だ」

 

 乾いた笑いと共にドカリと座り込むのは、帝国皇帝ジルクニフだ。

 無傷の魔王が悠々と登場したかと思えば、一瞬で別世界へと放り込まれ、頼りにしていた“ぷれいやー”様が篭絡されるという喜劇。

 少しでも『何とかなるかも』と思っていた自分を恥じたい。

 

「そんな、そんなことって……。私たちは何のためにっ、殺された王国の人たちは、叔父様たちの死は何だったの?! お父様やお母様だって――」

「落ち着けラキュース。この状況、俺たちじゃどうにもならねえよ」

「逃げたいところだけど、現在位置不明。こんな荒野、記憶にない」

「同意、方角も分からないなんて不自然。まるで別世界」

「打つ手なしだな。とはいえ逃げる準備はしておくべきだろう。あのババアも呼んで、脱出の可能性を探るとしよ――ん?」

 

 崩れ落ちるリーダーの傍に寄り添っていたイビルアイは、無駄と解っていながら生存の道を探ろうとしていた。そのために老婆リグリットの知恵も借りたいと、当人へ〈伝言〉を繋げるつもりであったが……。

 肝心の老婆は何を思ったのか、大魔王の面前へと歩き進んでいたのだ。

 

「ちょっとよいかの魔王殿、少しばかり話をさせてもらいたいのじゃが」

 

 死を覚悟している老婆は厄介だ。次元の異なる――いと貴き御方を前にしても、白い悪魔や吸血鬼少女から『直接言葉を交わそうなんて無礼な』と殺気を向けられても、にやにやと余裕の笑みを浮かべるだけである。

 

「お前は確か、様々な記憶を提供してくれた……。ああ、それとンフィーレアや浮遊都市のNPCを使って私を倒そうともしてくれた老婆か。思えば結構世話になっているヤツだな。話があるなら聴くぞ」

 

 老婆の記憶は貴重であった。ツアーを勇者足り得ると判断できたのも、老婆の膨大な知識があってこそだ。つまり、褒美を与えてもおかしくはなかろう。

 

「慈悲をいただき感謝するよ。んじゃ聴くがね、儂らはこのまま皆殺しかい? 世界中の人間種や亜人種も、綺麗サッパリ滅亡させるのかい?」

 

「なにか勘違いしているようだな。私が“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”で別世界を構築したのは、あけみをリスポーンキルするためだ。プレイヤーを普通に殺すと、拠点で復活してしまうからな」

 

 大魔王の言葉にあけみは頬を引きつらせるも「殺す必要はなくなった」と続けられ、安堵のため息を吐いてしまう。

 覚悟はしていたものの結構危なかったみたいだ。心臓の奥がキュっと締まる。

 

「集まっている連合軍に関しては、戦う価値を見出せないな。逃げるなり戦いを挑むなり好きにすればよい。それと老婆よ、私は全てを滅ぼすつもりなどないぞ」モモンガはリグリットに対し、遠い昔の約束事を口にする。

「法国の守護者であった“ミマモリ”との約束で、“スレイン牧場”は残すことになっている。同じく“蒼の薔薇”の希望により“アーグランド評議国”を滅ぼすことはない。つまりお前たちは絶滅しないということだ」

 

 たった二国、されど二国だ。

 人類存続の希望が繋がったことはリグリットにとっても、全人類にとっても朗報だと言えるだろう。

 だけど魔王はやっぱり魔王なのだ。慈悲など無い。

 

「老婆よ、質問は終わりか? ならば私は行くぞ。今からバハスル帝国とカルサナス都市国家連合を滅亡させるのだ。その後はローブル聖王国を潰し、南方へ向かう」

 

「魔王よ! その侵攻を止めてもらうわけにはいかんのか!? 何か対価が必要なら命を懸けて用意すると誓おう!」

 

 魔王の進路を遮るかのように立ち塞がり、リグリットは交渉を続ける。もっともそれが交渉になっていたかどうかは不明だが……。

 皇帝ジルクニフやカベリア都市長、聖王女カルカなどは恐怖に満ちた表情で、自国の辿るであろう運命を見守る。

 

「対価など決まっているだろう? 勇者だ、強き勇者をよこせ! 私を倒せるほどの勇者を! 魔王たる私を倒せば世界は平和になるのだ! 世界の(ことわり)だろうがっ!?」

「ぐっ、がふっ!」

 

 ほんの一瞬、魔王から伸びてきた漆黒の波動を浴びて、リグリットは身体の自由を失った。地面へ顔から突っ込み、起き上がることも出来ない。それどころか呼吸は止まり、意識も保てない。

 これが“死”なのだろうか。

 魔王の波動に撫でられただけで何の抵抗もできず、周囲へ警告を発することも不可能。

 十三英雄にして死霊系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の権威であるリグリット・ベルスー・カウラウはこの時、世界蹂躙へと動き出した魔王の一歩目で屍と化した。

 もちろん、骸骨魔王モモンガ様にそんな自覚はない。

 羽虫が勝手にぶつかって転がっただけだ。

 

「さぁ、世界を滅ぼすぞ! 軍勢を召喚しろ! アンデッドも悪魔も大量にバラまけ! この世に満ちる全ての経験値を“強欲”に吸わせるのだ!」

 

 世界を壊すのは大魔王に許された特権であり、娯楽だ。モモンガのテンションがいつもより高くなってしまうのも仕方がない。

 この世界で楽しめるイベントは大体こなしてしまったから、特に注意する必要もなく気楽に行える。それに経験値を集めた後は、“悟”の待つ現実世界へ行けるのだ。アンデッドでも興奮するだろう。

 

「悟よ、アインズ・ウール・ゴウンの半身どもよ。リアルでの戦いを楽しみにしているぞ!」

 

 モモンガは豪華なローブを翻し、数多の異形たちを引き連れて東へ向かう。

 最初の標的はバハルス帝国だ。

 つい最近巨大な動像(ゴーレム)に踏み荒らされ、恐怖に打ち震えていた――矮小な人類が怯えて暮らしている経験値牧場である。

 

 悲鳴が轟くだろう、誰もが泣き喚くだろう。

 血の池が溢れ、肉の林が乱立するだろう。

 魔王様はその中をゆっくりと散歩するに違いない。

 悪魔のごとき様相を見せる世界級アイテムの籠手、“強欲”を掲げながら……。

 

 

 

 

 歩き出したこの世の破滅を見て、覚悟を決めるしかなかった。

 逃げ出すことは出来ただろう。評議国や元法国へ入り込めば、生き残ることも出来ただろう。この場の全員を見捨てれば。

 漆黒聖典の隊長という職務を拝命して三年と少しだった。

 部隊は全滅、自らも真っ二つにされた後で蘇生。魔王から新たな槍を授けられ、世界を救う勇者となるべく日々訓練。

 それも終わりだ。

 結局、魔王が満足するような勇者にはなれなかった。最後の決戦にも参加できず、墳墓の中を囮役で駆け回るだけ……。

 だけど最後ぐらいは、人類の救世主たる漆黒聖典の隊長らしく振舞おう。

 

「勝負だ大魔王! 帝国へ行きたければ私を倒してからにしろ!!」

「ああ、勇者候補の槍使いか。ならばリベンジマッチだな」

 

 パチリと骨指を鳴らす魔王の言い分はもっともだ。いきなり魔王との決戦は贅沢だろう。その前に倒すべき仇がいる。

 己を殺した怨敵、復活後の訓練を引き受けてくれた師匠にして大魔王の側近――蟲王のコキュートスだ。

 

「有難い! 魔王の戦力を此処で減らして見せましょう!」

「ソノ意気ヤ良シ。訓練ノ成果ヲ見セテミヨ」

 

 開始の合図を待たずして、魔王の直ぐ傍で始まる猛烈な槍と刀の衝突。

 音からして武器による戦いとは思えない。巨人が体当たりをしているかのような重量級の破裂音が、振動と共に周辺へ響き渡っている。

 

『見たか蟲王! これが人間の意地だっ!!』と命を削る想いで繰り出した無数の突きが、コキュートスの剣戟を対消滅させる。

 一見して互角。

 あの恐るべき蟲の化け物相手に、一歩も引かない見事な攻防であった。

 

「成長シタナ、嬉シク思ウゾ。コレデヨウヤク次ノ段階ヘ進メル」

「あ、っえ?」

 

 槍使いの少年は、空間収納から二本目の刀を取り出す蟲王の姿を見てしまった。

 そう、二本目である。

『どうして今まで気付かなかったのか?』としばし呆けてしまう。

 蟲王は今まで一振りしか武器を持っていなかった。腕は四本もあったのに。他三本の腕を遊ばせ、たった一本の腕だけに武器を持ち、死の物狂いの自分と戦っていたのだ。

 

「冗談……でしょ?」

 

 締まらない最後の台詞だったと思う。

 人類を救うつもりで魔王の面前へ身を投じたというのに、待っていたのは捌き切れない無数の斬撃であった。

 バラバラになった己の肉片を自分の目で眺めるなんて、もう二度とごめんだ。

 

 

 

 

 自分以外のメンバーは逃がしたかった。

 死ぬには若過ぎるリーダー。顔のわりに人が良い筋肉。覚悟はとうに済ませているだろうが、なんだか憎めない双子。

 いずれも二百五十年生きた自分と比べれば、圧倒的若輩である。

 死なせたくない。

 だけど運命は非情だ。可愛らしいフリル満載の豪華なドレスを着込んだ少女が、紅い瞳を輝かせて逃げ道を遮る。

 

「おんしたちはわらわがもらうでありんす。立派な下僕にしてみんしょう」

「ふざけるな! 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)結晶散弾(シャード・バックショット)〉!!」

 

 渾身の一撃も、違和感のある大きな胸まで届くことなく掻き消えてしまった。

 なんとなくそんな感じはしていたのだが、本当に無効化されてしまうと腰がくだける。何をしても無駄なんだと察してしまうと、自分が無力な赤子であるかのように思えて足に力が入らない。

 

「いただきますでありんす」

「うああぁああ! ラキュース!!」

 

 命を懸けても護りたいと思っていたはずなのに、己の命が思っていたより役に立たなかった。誰かを護れるほどの価値は無かったのだ。

 魔王の側近である吸血鬼(ヴァンパイア)――“真祖(トゥルーヴァンパイア)”を前にしてしまうと、『国堕とし』たる“吸血姫”(ヴァンパイア・プリンセス)もたいしたことは無かったのである。

 

「吸血鬼の下僕化は試してみたいと思っていんした。上手くいくとイイでありんすなぁ」

「ううぅ、できればその……痛くしないでほしい」

「ぐひゃひゃひゃひゃ~、もちろん優しくするでありんすよぉ」

 

 両手を固く結んでも、祈る神が居なかったことに今更気付く。頬に化け物の涎が垂れ、生暖かい息遣いがすぐ近くから聞こえてくる。感じないはずの恐怖で目を閉じてしまったが、もう開ける勇気はない。

 ベチャリベチャリ、ズルズル、フューフシューとの奇音が耳を撫でる。身体に覆いかぶさってくる形状が、少女のソレでないことに思考が乱れる。

 

「塩味……はしないでありんすねぇ。アンデッドは汗をかかないからしょうがありんせん」

 

 少し残念そうな発言に、ちょっとだけ記憶を辿る。

 浴場に赴いて身体を洗ったのは、どのぐらい前だったか――と。

 

 

 

 

 自分の国がこれから蹂躙される、と聞いても不思議と動揺しなかった。

 覚悟が決まっていたからか? いや、諦めていたからだろう。あんな化け物集団相手に何をしても無駄だと、やけくそになっていただけだ。

 もはや手札はない。

 あっても役に立たない。

 それでも、皇帝として帝国の民を避難させねばならないのだろうが、一体の眼鏡悪魔が許してくれそうにない。

 

「私の牧場に頭脳明晰な姫がいるのですがね。貴方とかけ合わせれば、より優秀な個体が生まれると思いますか? ぜひ実践してみたいのですが……」

「はは、よりにもよって最悪な相手を選ぶか。とはいえ拒否権は無いのだろう?」

 

 人間が穀物や家畜を改良していたように、人間の品種改良を悪魔が行う。それが自然な流れであるのかどうか、もはや分からない。

 ただその対象に自分が選ばれたのは、帝国を護れなかったが故の罰なのだろう。だから踏み潰される自国民の無念さを背負って、悪魔の玩具と成り果てるのだ。

 バハルス帝国最後の皇帝――『鮮血帝』が辿る結末としては、順当なのかもしれない。

 

「御心配なく、〈魅了(チャーム)〉を用いて滞りなく進めます。牧場には外見的価値観の異なる亜人種、異形種、魔獣にドラゴンなど、仔を成せるかどうかも不明な種族ばかりですからね。ああ、もちろん皇帝には全種族と繁殖に挑んでもらいますので御期待ください」

「…………」

 

 死んだほうがマシだったのかもしれない。

 まだ牧場とやらに足を踏み入れても居ないのに、悍ましい気配が全身を撫でてくる。

 

(いつまで正気を保てるのだろうな……)

 

 早々に狂えたら、それはそれは幸せであろうなぁ、と叶わぬ希望を胸に秘め、皇帝は阿鼻叫喚の連合軍を眺める。そこでは『牧場送りにするまでもない』という理由による間引きが始まっていた。

 眼鏡悪魔と、それに率いられる大勢の悪魔たちによって行われる大量虐殺。

 最後の四騎士が二つに分けられるところを余さず視界に収めつつ、帝国皇帝はボソッと呟く。

 

「解っていたさ、最初から知っていた。勝てるわけがない、とな」

 

 血の匂いはとても不快だ。

 浴びるほど嗅いではきたが、未だ慣れない。

 

 

 

 

 どうして神は、我々をお救いくださらないのでしょうか?

 あれほどの大魔王が世界を滅ぼそうとしているのに……。どうして我々の死にゆくさまを眺めるだけなのですか?

 聖王国から連れてきた精鋭部隊は全滅しました。腹心の姉妹まで殺され、生き残ったのは私一人です。

 いまさら何を成せというのでしょうか?

 

「捧げよと……、命を捧げよと……、そう仰るのですか? 私にその覚悟があるのか、問うているのですね」

 

 無言の神の心中を探るのは至難の業なれど、唯一の生き残りが聖王国王女にして最強の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)ともなれば解り易い。

 呼び出せばよいのだ。

 悪魔も魔王も駆逐する神の御使い様を、己の命を代償にして召喚するのだ。

 

魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)!!」

 

 一時的に位階を引き上げ、上位の魔法へ手を伸ばすもまだ届かない。

 

魔法上昇(オーバーマジック)!!」

 

 己の身に宿す全ての魔力を注ぎ、『それでもまだ足りぬ』と生命力を無理矢理押し入れ、『これでも駄目なのか』と魂すら捧げる。

 

「〈第七位階天使召喚(サモン・エンジェル・7th)〉――〈威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)〉!!」

 

 血涙を流し、口から泡を吹きながら『天使様、どうか魔王を滅ぼしてください』と心の中だけで叫んだ聖王女は、光り輝く巨大な翼を見つめながら仰向けに倒れた。

 すでに呼吸は無く、瞼は閉じられず、命の気配は皆無に思えども、召喚体が顕現しているのであれば生きているのだろうか? それとも召喚者が死亡しても、召喚された天使には関係無いのだろうか?

 まぁどちらにせよ、聖王女は人の領域を超えた召喚を成し遂げた。

 翼の集合体かと思える巨大な天使――“威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)”は堂々とその身を晒し、魔王の面前へふわりと浮かぶ。

 

「レインアロー〈天河の一射〉!」

 

 遥か上空より降り注ぐ矢の一撃が天使を貫く。

 声にならない悲鳴は天使のものか? 巨体がグラつき、地へ落ちる。

 

「マ~レェ~、その翼のお化けみたいな奴、どんな感じ~。まだ生きてんの~?」

「え、えっとぉ、駄目だと思う。か、身体が消え始めちゃったから……」

 

 ひょこっと現れたのは闇妖精(ダークエルフ)の子供たちだ。

 大仰な装飾の弓を頭の上で振っている姉が、獲物の確認を弟にやらせているようだが。

 

「それって天使でしょ? 何でこんなところに天使なんかが出てくんのかなぁ?」

「あ、その、もしかして、そこに倒れているお姉さんが召喚したんじゃないかな? か、格好も信仰系っぽいし……」

 

 ひらりとスカートを舞わせる弟が転がっている死体を指さすも、特に姉の興味を引くことはなかった。

 

「ふ~ん、まっ、死んじゃってんならどうでもイイか。それよりマーレのレベルアップを何とかしないとね。さっきの天使も瀕死にして渡すつもりだったのに」

「ボ、ボクは別に、大丈夫だよ」

「駄目でしょ! 世界級アイテムの発動にレベルを消費してんでしょうがっ。モモンガ様もあんたのレベルアップを優先するように、って言ってくれたじゃないの!」

「あ、えへへ、そうだったね」

 

 二人の闇妖精は、こと切れた聖王女の傍らで楽しそうに語らう。

 まるでピクニックに来たついでに虐殺でもしているかのようだ。姉が弓を引けば連合軍数十人の頭が吹き飛び、弟が何かを詠唱すれば数百人が地面へと飲まれる。

 その様は、動物の狩りを楽しむ人間種とどこか似通っているのかもしれない。

 まぁ闇妖精の双子に限らず、ナザリックの者たちからすれば、人間など獲物にすら成り得ていないだろうが。

 

 

 

 

「それでは留守を頼みますよ」

 

 殺す価値すらない無抵抗のゴミばかりとなった頃、アウラによって“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”の世界は消され、多くの者たちがナザリック地表部へと戻ってきた。

 セバスはそこで、バハルス帝国へ向かうには非力過ぎるギルメンたちへ語りかける。――墳墓内へ残るようにと。

 

「セバス様は、……よろしいのですか? ――わん」

 

 不安げな視線を向けながら、ペストーニャは言葉を濁す。ハッキリと言葉にするには恐ろしすぎるのだ。これから起こる大虐殺の犠牲となる子供たちを想うと。

 

「貴女はもっと我儘を言ったほうがよろしいですよ。私たちはもう僕ではなくギルドメンバーなのですから」セバスはそう微笑むと、意外な計画を打ち明ける。

「実はですね、私は今回の世界蹂躙において、各地の幼子を助けて回ろうかと思っているのです」

 

「そっ、それは!?」

 

「ああ、もちろん、全てを助け出すことは出来ません。ごく一部だけです。ですからペストーニャ、貴女にはナザリック内部に受け入れ先を作ってもらいたいのですよ」

 

「――えっ? え?」

 

 もはや語尾をつけ忘れていることさえ気付かない元メイド長様は、混乱しながらもモモンガ様への不敬を思い描いてしまう。死にゆくべき幼子を助け出すなど、我らが主への反逆と取られないのだろうか?

 

「大丈夫ですよ、モモンガ様には話をしてあります。ですから、ナザリックの金貨を用いて墳墓内に『保育施設』を作ることも問題ありません。全て自由だと仰ってくださいました」

 

「作る……のですか? 私どもが?」

 

「ええ、そうですよ。貴女はもう第六階層の夜空を作り上げた“ブルー・プラネット”様と同格以上の立場、“魔界”のギルドメンバーなのですから」

 

 ギルド階層の改築など未知の領域だ。“真なる竜王”との戦いで色々と吹っ切れたセバス自身も、理解しているわけではないだろう。

 ただ我儘に、正直になっただけだ。

 それに分からないのであれば試せばよいのだ。過去の“アインズ・ウール・ゴウン”が未知を既知としてきたように……。

 

「生産系の者たちと協力して、九階層辺りに千でも万でも子供たちが暮らせる領域を作ってみてください。きっとニグレドやユリも手伝ってくれるでしょう。それでも手が足りない場合は、大図書館のティトゥスを頼って傭兵を召喚してみるのも有りかと……。おっと、留守番と言いながらも結構大変かもしれませんね。大丈夫ですか?」

 

「そう……ですね。それで少しでも子供たちを助けられるのであればっ! ――あ、わん」

 

「ふふ、子供たちはパンドラが〈転移門(ゲート)〉で送ってくれます。それと、デミウルゴスがスレイン牧場でも受け入れてくれるそうなので、あちらにも送ることになります」

 

「デミウルゴス様が、ですか? わん」

 

 不本意ながら、という感情を察したのであろうか? ペストーニャの悲しげな問いが舞う。

 

「一応育ててくれると言っています、実験動物としてですが……」それでも死ぬよりはマシなのだろう、と納得するしかない。スレイン牧場と評議国以外の生存圏は壊滅してしまうのだから、他に選択肢など無いのだ。

「機会があれば、牧場の管理者であるミマモリと話をしてみましょう。少しでも子供たちの未来が明るいものとなるように……」

 

 人間種や亜人種の子供たちが育てられた後、その瞳で見つめるのは砕かれた不毛の世界だ。生き残っているのは、経験値を得られないだろうと推測される小動物や虫たちだけ。

 不思議な感覚であろう。

 自分たち以外の知的生命体が世界中のどこにもいないなど、どんな気分なのだろうか?

 そしてそれを成したのが、大魔王様率いる魔王軍だとは――。

 加えて、己が生き残っている理由も魔王様の気まぐれだと知った時、いったい何を思うのだろう?

 

 セバスは踵を返し、大魔王様の後を追う。

 

(いつの日か牧場の子供たちが世界中へ旅立ち、滅亡した国家群以上の文明を作り上げてくれることでしょう。もしかすると、その中にはモモンガ様の追い求める勇者などが居るのかもしれません。ですが……、モモンガ様が御自身の希望通り勇者に倒されてしまったならば、私はどうすればいいのでしょう?)

 

 遥か未来の、低すぎる確率の話なれど、セバスは眉間に皺を寄せながら真剣に自問自答する。

 

(仇を取る――というのはちょっと違うような気もしますが……。その後の復興に協力するというのもどうなんでしょう? ふむむ、まぁ、その時の気分次第で我儘に決めるとしましょうか。私自身が生き残っていればですがね)

 

 セバスはこれから多くの命を奪う。世界を破滅させるために。そしてモモンガ様と共に異世界へ渡り、“たっち・みー”の半身たる存在と拳を交えるのだ。

 ハッキリ言って楽しみである。

 自分のことを戦闘狂だとは思っていなかったのに、どんな戦いが待っているのか想像もつかなくてゾクゾクしてしまう。これがモモンガ様をはじめとする、かつての至高の御方々が楽しんでいたという“未知”なのであろうか?

 ならば納得だ。

 これほどの胸躍る高揚感は癖にもなろう。現実世界(リアル)とやらへ渡る時が今から楽しみだ。

 

「さぁ、モモンガ様のために――いえ、私のために殺し、私のために助けるとしましょう」

 

 セバスは自由に、そして我儘に強者ばかりを殺し回り、時折幼子を助け出した。

 無論たった一人の行いでは、犠牲者の数百万分の一も救えない。

 燃える大地に積み上げられた膨大な躯の上で、くじに当たったかのような幼子を抱える姿は実に不可思議であったそうな。

 

 戦火は広がり続ける。

 戦場を走る執事の腕には、常に幼子が抱かれていた。

 


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