シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】   作:ほとばしるメロン果汁

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『手を出さないと言ったが手を貸さないとは言っていない』

(よし、行けッ)

 

 ガゼフから離れたモモンガが空中で合図をすると、森の中に控えていたハンゾウの二体が動き一体はガゼフの影に、もう一体はそれを見届けると監視する位置に移動した。暗い森の中、ポツンと一人で立つガゼフに気づいた様子はない。というかまだ頭を下げ続けている、一切の動き無く不動のまま。

 

 その律義な姿に思わずため息をつく。

 

(あー罪悪感は……ないけど、ほんの少し後ろめたさ感じてしまうなぁ。情報サッサともらってハンゾウを潜ませるだけのハズが、最後に思わず忠告なんてしちゃったし……王国上層部にプレイヤーがいないか確認程度に使うつもりだったのに)

 

 思わずポリポリと頭をかく。もちろん隣にフールーダがいるので脳内イメージにとどめて。

 

 王国にプレイヤーがいないかはあくまで確認だ。

フールーダの知識――帝国の持つ王国に関する情報にそれらしい人物はいない。ただ国を隠れ蓑にし、自らの実力を隠しながら権力者と繋がりのあるプレイヤーもいるかもしれない。それが敵対的プレイヤーであれば不意を突かれる可能性もある。

 まずはモモンガが世話になる帝国と戦争中の国、つまり王国にそういった存在がいないか早く確認する必要があった。代えの効かないハンゾウを単独で使うのは少々リスキーだが、ここはなによりも早さを優先しなくてはならない。ただこの方法の欠点は他にもまだある。

 

(ハンゾウが消されたならそれ程の実力者がいることは確定だが……厄介なのは発見されながら泳がされた時だな。ハンゾウが合流する際に、芋づる式に俺までたどり着くかもしれない)

 

 そのために影の周囲を監視するもう一体を追随させた。

王国の魔法による索敵技術は帝国より劣る――もちろんブラフの可能性もあるが――そうなので、隠密と監視だけを優先すれば発見される可能性は抑えられる。できれば王国上層部の様子などもわかればいいが、帝国に情報を流している王国貴族もいるそうなので優先度は低い。なによりもプレイヤー、それに類する実力者の発見が主目的(メイン)だ。

 

(それに俺がズーラーノーンを潰した時、どんな反応をするのかある程度予想できるくらいの情報があればいいな。常識的に言えば感謝してくれるだろうが……問題はエ・ランテルだよな。王国の領土だったあの街をジルクニフに渡すか、王国に返すのが得か――っと、いけないいけない)

 

 満天の星空の中、反省するように頭に手を添えて横に何度も振る。

 

(皮算用にも程があるな、とりあえずそのためにもズーラーノーンの幹部と接触しないと。クレマンティーヌという女はなんとかなりそうだが、問題はカジットという男とマジックアイテムか)

 

 見下ろす森の中まだ頭を下げていたガゼフが動き出すと同時に、モモンガ自身も見下ろしていた視線をフールーダに向ける。

 

「カジット達はエ・ランテルから帝都に向けて馬車で出発したそうだけど、どれくらいかかる?」

「馬車ですと……移動系魔法を駆使して休まず進んだとして、最低でも三日はかかりますな。無論帝国騎士の巡回や検問、それらを何事もなく無事に抜けられればの話ですので、もっと時間がかかると思われますが」

 

 それなら問題なく追いつけそうだ。脳内に使えそうな探知魔法――本来のモモンガは探知に対するカウンター系の方が得意なのだが――をリストアップする。(こんな時探知特化の『ぬーぼー』さんがいればなぁ)と、思わず愚痴をこぼしたくなるが今ある手札で使える物を使うしかない。

 タイミングがいいのか悪いのか、カジット達が出発したのは今日の日が沈んだ頃らしい。なら今からでも十分追いつけるだろうし、深夜であれば馬車を止めて野宿している可能性もある。

 

「これから学生生活が始まるという所で騒ぎを起こされてはたまらない。とりあえず追いかけて――少しお願いをしてみよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夜が死人のように静まり返る街道脇。

深い闇に閉ざされる中、カジットは使役するアンデッドを周囲に展開する。命令に返事をしたわけではないだろうが「グガァ……」と、擦れた唸り声を出しながら歩き出す。それを見届けると周囲を見回し、異常が無い事を確認すると馬車へ戻った。

 

(本当に寝てるだけとはな……お陰で戯言に付き合わされることもなく、静かではあったが)

 

 馬車の中で変わらぬ体勢のままいびきをかく同行者の女を睨む。

アンデッドが活性化する夜の出発、闇に紛れ人通りの全くない街道を無事に国境付近まで通り抜けることができた。ただここからはそうはいかない。名ばかりの王国軍と違って、帝国の騎士達は国境の警備を厳重に行っているだろう。むろんその穴を抜けてもいいが、正規の手続きを行い帝都アーウィンタールへ抜けた方が後々面倒もない。

 カジットとクレマンティーヌは王国を見限った商人と偽って帝国へ行く。明日朝にはそれに相応しい恰好に着替え、帝国国境を通らねばならない。その際、帝国の貴族家ロベルバド家の名を出す手筈になっている。ズーラーノーンの帝国での下部組織『邪神を信仰する教団』その中でも力のある貴族の家だ。既に国境の警備隊長には『帝国貴族と太い繋がりのある王国内の商人』として話が通っている。合言葉など面倒な手順がいくつかあるが、その一度の検問さえ抜ければ帝都まで足止めされることはほぼなくなる。

 

(問題はあの女がうまく演技できるかだな……まぁ最悪大人しくしているだけでいいが)

 

 フードや布で体を覆い、馬車の隅で震える演技でもしてくれれば『エ・ランテルで悲惨な目に遭った女』と、説明するだけで向こうは納得してくれるだろう。王国の民が帝国に流れる様子を国境の騎士達は見慣れているはずだ。

 

(やれやれ、なぜ私がこんな気苦労をせねばならんのか)

 

 この性格破綻者の女とガゼフ・ストロノーフ、二人のせいなのは間違いない。

内心で大きく舌打ちをしながらマジックアイテムを取り出す。簡易的な物だが周囲にモンスターが現れれば音が鳴るアイテムだ。先ほど周りに放ったアンデッドと二重の警戒網となる。カジット自身、一晩寝なくとも頭の回転に支障はないが馬車を引く馬はそうもいかない。最低でも明け方まではここで休ませる必要があるし、夜中に国境の検問を通れるはずもない。

 

(今の内に着替えておくか――)

「時間対策はなし……か」

「――なッ!?」

 

 馬車へ向けて歩き出した刹那、背後からかけられた突然の声に振り向く。

カジットよりやや小さな人の形をした漆黒のローブ、空中に浮いていたそれが丁度大地にローブの裾部分を下ろすところだった。

 

 飛行(フライ)を使う魔法詠唱者。

 漆黒のローブに包まれた小柄な存在。

 

「何者だッ!」

「ホニョペニョコ」

「は?……ほ……ほ、にょ」

 

 突然の声によって張り詰めていた警戒心が凍結したように固まる。

 

 今コイツは何と言った?

名前を名乗ったのか? カジットは確かにこの闖入者に対して何者だ、と問い詰める様に怒鳴った。であれば、その返答は名前であっても可笑しくはない。

 

「ホニョペニョコ、私の名前だ」

 

 カジットが困惑しているのが見て取れたのか、ローブの塊は先ほどよりやや大きな声で名乗った。

 

 一言で言えば、とてつもなく変な名前だ。

 

 少なくとも王国領であったエ・ランテル、かつて住んでいた法国においてそんな舌を噛みそうな名前など聞いたこともない。神官がつけた洗礼名なのか実の親がつけたのか、カジットの常識から言えば思わず同情してしまいそうな程奇妙な名前。

 

「そ、それで……そのホ……貴様は私に何か用があるのか? 私が誰か知っていて声をかけたのか?」

 

 噛みそうになる名前を避け、懐の死の宝珠に手を伸ばしながら相手の様子を伺う。

相手は丁度街道の真ん中に夜空から降りてきた。顔の部分は勿論、手足を含めた体全体をローブで隠している。似た格好で白い布を体中に巻いたミイラのような男とは面識はあるが、漆黒のローブで体全てを隠すような者はズーラーノーンにはいないはずだ。

 

 頭の部分を縦に動かし、肯定するローブの塊。

 

「二つほどお願いがあってね。ズーラーノーン十二高弟の一人カジット・デイル・バダンテール」

「……どうやら名乗る必要はないようだな」

 

 男とも女とも判断できない相手の声に警戒度をさらに引き上げ、死の宝珠を強く握る。同時に背後の馬車に僅かに動く気配を察知する。

 

「そう警戒しないでほしい。帝都へ向かっているようだけど、それは中止してくれないか?」

「……」

 

 なぜそれを知っている? カジットの事といいどこから漏れ、こいつはどこで知った。

エ・ランテルに残した弟子の中に裏切り者がいる? もしくは帝都の教団関係者から漏れたという可能性もある。心の内を蝕む混乱を相手に悟られぬよう、カジットは無表情の仮面を被った。

 

「少し私は帝都でこれから用事があってね、そこで騒ぎを起こされるととても困るんだ」

「私がそこで騒ぎを起こすと?」

 

 なぜ言える、と少しとぼける様に首を傾げると相手は静かに呟いた。

 

「帝国魔法省地下の死の騎士(デス・ナイト)

「……っ!」

「腹芸は苦手か。まぁ私も得意ではないけど」

 

 動揺で崩れた表情の下で、目の前の人物に対する殺意を膨らませる。

 

 あまりにも危険な存在。

 

 帝国で発動させる"死の螺旋"その最終目標を知られている。

それは計画の全貌をほぼ把握していると見て間違いない。帝国側にしても帝国魔法省内の研究はどれも国家機密の塊のようなもの。地下に死の騎士(デス・ナイト)を捕らえている事など、その最たるものと言ってもいいはず。

 

 そんな国家機密をなぜ、こいつは何でもない事のように口に出せるのか。

 

「それともう一つ、エ・ランテルに戻った君たちには帝国軍と――」

「殺せっ!」

 

 カジットの後ろに止まっていた馬車。そこから殺意の暴風が吹きあがった瞬間、禍々しい矢が放たれた。

発射台となった馬車が吹き飛び、金髪の矢が自身の横をすり抜けると同時にカジット自身も死の宝珠を天に掲げた。黒い塊がほのかに光を発しドクンッと大きく脈打つ。

 

「へんな名前ぇー!」

 

 戦闘が始まろうとしていた。

今から殺す相手の名前を嘲笑い、軽口を吐きながら全力で飛び込んでいくクレマンティーヌ。背後からでは顔を確認できないが、その表情はいつものように嗜虐心に満ちたものになっているだろう。こういう時だけはその笑みは頼もしい。その間にカジットは死の宝珠の力の開放を始める。

 死の宝珠に溜め込んだ負のエネルギーを使うのはカジットの切り札といってもいい。帝国への道中でこれを使うとは予想外、考えてもいなかった事。だがクレマンティーヌがこの初撃で仕留めきれなかった場合――逃がさないためにも躊躇なくスケリトル・ドラゴンを召喚し、目の前の危険な人物を捕らえるか殺さなければならない。相手の情報次第では計画の修正、最悪の場合は断念すらもあり得る。

 

 ――だがそうはならなかった。

 

 金髪の髪を揺らす矢じりが突如地面に落ちる。

地面に落ちた勢いのまま、ガリガリと頭で地面を耕し漆黒のローブの足元でピタリと止まった。

 

「な、に?」

 

 カジットは目を見開き何が起こったのか、その光景が幻なのではないかと凝視する。

なぜか顔から地面に突っ込んだクレマンティーヌはピクリとも動かない。足元に転がったその女を、ローブの塊はただ静かに見下ろしている。

 

 人類最強、英雄の領域に踏み込んだクレマンティーヌの攻撃を躱す、弾く、押し止める。もしくは一撃でローブの人間が殺される。そんな当たり前の光景を思い描いていたカジットの予想は、戦闘開始早々にして打ち砕かれることになった。




おそらくこの2人とは帝都の学院生活中に接触し邪神を信仰する教団所属として死の螺旋を決行、まとめてモモンガ様に狩られる展開を予想された方もいると思います。

でもその展開だとこれまでのフラグが宙ぶらりんになっちゃうんだ。

2章は残り後2~3話 次話→年末まとめてになったらごめん

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