シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】 作:ほとばしるメロン果汁
「帝国への復讐ですか……」
「詳しい経緯はわか――」わからないと言いかけ、咳払いを交え言葉を変える。「コホンッ、本人にとって曖昧な記憶だったのでわからないのだけど、どうやら帝国への恨みから復讐のためにズーラーノーンに協力しようとした少年がいる……」
――かもしれない。と続けそうになった言葉をゴクリと呑みこむ。
フールーダは少なくともモモンガの使う魔法に絶対の信頼、もとい信仰のような異常さがある。操作が難しい
(胃が痛いなぁ)
精神的なものとわかってはいるが、思わず下腹部を見下ろす。
今は変装のための仮面に加えて全身ローブ姿のため何も見えはしない。まぁ普段の状態でも大きくなった胸と細いウエストの位置関係から、自分の腹部を見るには少しばかり苦労してしまうが。
背後を歩くフールーダにも同じように『嫉妬する者たちのマスク』と全身を隠すローブを身につけさせている。今の姿が元々
気分を落ち着かせ、些細な考え事を打ち切り前を見据える。
巨体とともに漆黒のマントを羽織ったアンデッドの背中を見つめながら、目的地を目指し歩いていく。
最初の
あれからエ・ランテルの市壁など、都市内に残っていたズーラーノーン幹部の弟子達を殺し、その死体を媒介にして
廃墟となった夜の街中を歩く十体の
「着いた、ここね」
「この小屋ですか……かなりの死臭が感じられますな」
着いたのはエ・ランテル内でもありふれた石造りの小さな家。
大きさ的に小屋と言っても差し支えない。この世界に慣れ始めてモモンガが見ても下級市民が暮らす、ごく一般的な住宅に見える。
ただフールーダの言う通り
「ここにガゼフ・ストロノーフ、その死体が?」
静かに首を縦に振る。
――王国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフ。
読み取った記憶によれば、エ・ランテルが"死の都"になった夜、彼は逃げ惑う住民を追うアンデッド達の前で立ちふさがると、率いていた戦士団とともに奮戦。ズーラーノーンの側に少なくない損害を与えたが、結局波のように押し寄せたアンデッドと幹部によって捕らえられたそうだ。ただその時間稼ぎともいえる戦闘のお陰で、かなりの住民たちが死の螺旋とやらから逃れたらしい。
そのことをフールーダに話すと、例え王国首都に生きて辿り着いても着の身着のままではろくな生活が待っていないそうだ。モモンガの常識であれば多少は国からの援助などあってしかるべきなのだが、元から内情が不安定だったリ・エスティーゼ王国ではそのような期待をするほうが酷らしい。
「とりあえず……読んだ記憶が正しければ、死体はここに保管してるらしいけれど」
流石に偽の記憶を仕込み、それを利用した罠を使うとは今の段階では考えづらい。
とはいえ警戒して損はないだろう。
(……)
「むぅ」
一瞬視界が紅く染まったのではないかと思うほど、家の中から漂う濃い血の匂い。
幸い吸血衝動のようなものは抱かなかったが、レイナースの血を吸っていなければ危なかったかもしれない。穴の隙間からは匂い相応と言えばいいのか、まだアンデッドになってない死体と死体の一部が散乱していた。予想はしていたが、モモンガ自身は哀れみも同情も何も感じなかった。
「箱を出して」
大柄な
(え? 大丈夫かな?)その様子に少し不安になったが、中からズルズルと黒い小綺麗な箱を引きずり出してきた。人が入りそうなやや大きめの箱だが、
モモンガの知識で言えばさながら棺桶とでも言えばいいのか、小窓でもあれば中の様子を伺えただろうが、生憎とそんなものは付いていなかった。蓋は釘のようなもので固く閉ざされ、こじ開けるのであれば少しばかり乱暴なやり方になる。
フール―ダとともに少し下がり、
「おぉ流石、師の御創りになられた
「そう……ね」
巨体に似合わない意外な作業ぶりにモモンガ自身も感心していると、両方の穴に左右の手を入れひねるように蓋を持ち上げ始めた。壊れるような大きな音はせず、意外とすんなり蓋が取れ中身が露わになる。
(罠はないか)
蓋を開けた
「ふむ、これは
なるほど、死体を放置すればアンデッド化するこの世界では、意外と便利なアイテムなのかもしれない。
頭部にあたる部分の布を剥がし、その顔を確かめる。拷問を受けた事は予想できたためあまり期待してはいなかったが、意外と顔は切り傷などの軽傷程度で止められていた。僅かに覗く首から下の具合は、腕の片方が無いなどかなり悲惨な様子が見られたが。
「ガゼフ・ストロノーフに間違いありませんな」
「そう……とりあえず復活させてみるか」
一本の短杖を取り出す。
勿論人としての善意的行動などではない。彼の好敵手らしいブレインの件もあるにはあるが、知り合いの知り合いを全員助けて回るほどモモンガはお人よしではないつもりだ。
メインは情報、そして実験だ。ズーラーノーン幹部と実際戦闘した彼からなら、その辺りの詳細な情報が聞けるだろう。そして人間の、それもこれほど傷ついた死体に復活魔法を試すのはこれが初めてとなる。復活させることができるのか、その際何か変わったことが起こるのか、少しばかり興味が湧く。
(その前に
アンデッドを従えている今の状況では、ズーラーノーンの人間と間違われても文句は言えない。
とりあえず今後の予定を考慮してエ・ランテル外周部で待機させ、隠密状態のハンゾウはそのままに周辺の警戒を任せることにした。
(こちらの情報を与えないためにも声や喋り方も気を付けないとな。あとは相手の態度次第だが、生かして王国に返した場合何かメリットがあるかだけど――)
♦
「成功か」
「おぉおぉおお流石我が師! これほどの傷を負った死体でも蘇生なされるとはッ!」
「う……ッぐ! だ、れ……」
闇の中静寂だったはずの世界、そこから引っ張り出されるような感覚の後、男のやかましい賛辞が鈍った頭を叩き起こした。目がゆっくり開くと同時に、無意識に相手を確かめるために口を動かす。だが上手く動かない。横たわった全身どころか腕や指、唇の先まで麻痺したように感覚がなくなり異常な疲労を感じていた。
そんな中でも体の本能は生にしがみ付くように、口から肺までの呼吸だけ必死に続けている。まるで陸に上がった川魚のように口を何度も動かし体中に空気を取り込む。やがて頭が冴え、目を動かし、自分が入れられていた箱のような物のフチを手でつかむと、脱力感の残る体をゆっくりと起き上がらせた。
「き、貴殿達は……」
ぼやけていた視界が正常に戻ると共に、その場にいた二つの人らしき物に声を掛ける。
文字通り漆黒のローブの塊だったため、人かどうかは判断ができない。おおよそガゼフと同じ大きさの仮面を付けた塊と、全身をすっぽり覆った子供のような大きさのものが目の前に立っており、二人とも目元は見えないがこちらの様子を観察するように伺っているのがわかった。
「初めましてガゼフ・ストロノーフ」
小柄な方のローブが前に進み出て来る。
声は不気味なほど平坦なもの、アイテムや魔法で声を変えているのかもしれない。頭はまだふらつくが、姿を隠してることからもそれくらいは想像ができる。
「私は――、ん……えっと……ホ……ホニョペニョコ。お前を復活魔法で蘇らせたものだ」
ある意味ご本人登場?
次話→すいませんおそらく週末投稿です