「蔡英文勝利」へ台湾総統選「最速分析速報」!

「習近平・香港・国民党が救った」蔡英文と民進党

執筆者:野嶋剛 2020年1月11日
タグ: 台湾
エリア: アジア
投票に訪れた蔡氏は満面の笑みで支持者に手を振った(C) EPA=時事

 

 台湾の総統選が1月11日投開票され、「民進党」の公認候補で現職の蔡英文総統が、事実上の一騎打ちとなった「国民党」の公認候補である韓国瑜・高雄市長に勝利することが確実になった。

 台湾のテレビ速報によると、日本時間午後7時時点で、蔡氏は15ポイント以上のリードで韓氏らを引き離しており、再選は確実と見られる。

 同日に行われた立法委員選挙でも、民進党が順調に得票を伸ばしており、過半数をうかがう勢いとなっている。民進党は前回の立法委員選挙で、全議席113のうち68議席を奪う大勝を果たしているので、議席数は減らすと見られるが、国民党勢力の過半数奪回は阻止できそうな見通しだ。

 米中対立のなかで代理戦争の様相もはらみながら迎える重要な選挙となったが、米国が事実上肩入れする蔡氏が、中国の後押しをうける韓氏を退けた形であり、「一国二制度」や「1つの中国」を拒んで中国との接近に慎重な姿勢をとっている民進党主導の台湾政治が、今後も続くことになる。

驚くほどのV字回復

 台湾の総統直接選挙は1996年に始まった。

 96年は、中国が台湾に対するミサイル威嚇などを行い、民主化を進める国民党の李登輝総統へ圧力をかけた「第3次台湾海峡危機」を経ながらも、李登輝総統が圧勝した。

 2000年から2008年は民進党の陳水扁総統が執政し、2008年から2016年は国民党の馬英九総統が政権を担った。

 今回の結果で蔡総統が2期目の当選を果たしたことで、民進党の政権担当が今後さらに4年、計8年継続する形になる。

 こうした民主主義の安定した実践は、権威主義勢力の台頭も目立つアジアのなかで際立っており、台湾社会の成熟として高く評価されるべきだろう。

 蔡総統は、2016年の就任後、矢継ぎ早に打ち出した年金や労働法などの改革がハレーションを招き、2018年の統一地方選で惨敗。当時は誰もが再選を危ぶんだが、2019年に驚くほどのV字回復を果たした。

 今回の勝利を形容すれば、蔡氏と民進党は「習近平に救われ、香港に救われ、国民党に救われた」と言えるだろう。

蔡総統に正当性を与えた「拒絶」

 そのなかでも最大の要因は香港情勢だ。

 6月に起きた逃亡犯条例改正への反対運動から始まった香港の抗議デモは、台湾に大きく「延焼」する形となった。

 台湾では「今日の香港は明日の台湾」という言葉が流行するなど、中国によって自由を奪われていく香港の姿が、中国との接近によってもたらされるリスクとして映った。こうした危機感が広がり、いったんはバラバラになりかけた民進党の求心力を再生させたことは誰もが認めるところである。

 蔡総統は、選挙戦終盤まで「台湾は香港のようになってはならない」と繰り返し、香港問題を徹底的に「活用」して、中国への配慮から香港問題に対して民進党ほどは厳しい姿勢を取れない国民党との違いをアピールし続けた。

 だが、香港問題がここまで台湾でインパクトを持つことになったのは、2019年1月2日に中国の習近平主席が行った台湾政策に関する重要講話がきっかけであった。

 そこで習主席は、5項目の提案を行い、1つの中国政策のもとで、「一国二制度の台湾方案」によって統一に歩もうと呼び掛けた。

 直前に行われた2018年11月の統一地方選での国民党勝利で強気になったのかもしれないが、この講話は不用意であった。

 それまで蔡総統は中国に対して、就任以来一貫して過度な刺激をせずに対話を呼び掛ける現実主義的な穏健姿勢を見せてきたが、「絶対に一国二制度は受け入れない」と素早く噛み付いた。

 ここで「一国二制度」をしっかりと拒絶したことが、後の香港情勢の悪化をうけて、蔡総統が「台湾を守れるのは自分だ」という主張を展開する「正当性」を与えたのである。

 一方、国民党の韓氏は、高雄市長として香港を訪問して中国の出先機関である「中聯弁(中央政府駐香港連絡弁公室)」にわざわざ出向くなど、「親中派」としての行動をあからさまにしていた。こうした点が、香港デモの勃発・長期化によって裏目に出た。

 香港問題がここまで悪化したのは習近平体制下での香港政策が「一国二制度」を形骸化させているからだ、という台湾社会の認識は動かし難く、中国との融和政策をとっている国民党と韓氏は大きなハンデを抱えることになったのである。

国民党の自滅を招いた「お家騒動」

 ただ、香港問題が起きて蔡総統の支持率が急回復を見せた2019年6~7月ごろの時点では、民進党と国民党の支持率はほとんど五分五分といえる状態にとどまっていた。

 そこで起きたのが、国民党の自滅とも言える「お家騒動」である。

 国民党の総統候補には、韓氏、「鴻海(ホンハイ)精密工業」の創業者である郭台銘(テリー・ゴウ)氏、本命と目されていた2016年の総統公認候補の朱立倫氏などが名乗りを挙げた。

 予備選で世論調査方式を採用したため激しい選挙戦となり、韓氏が勝利したものの、郭氏や朱氏、王金平氏ら党内の有力者たちとの間で関係が悪化。最後まで修復ができないまま、国民党はバラバラな状態で総統選を戦った。

 韓氏自身も総統候補として準備不足なところを露呈し、失言やスキャンダルが相次いでメディアを賑わし、2018年にポピュリズム的な手法で颯爽と集めた人気が大きく損なわれてしまった。

 政策的にも中国との融和策による経済成長を打ち出したものの、香港情勢の悪化で説得力が失われ、統一地方選の再演とはならなかった。

 韓氏の劣勢を受けて、支持層が重複する親民党のベテラン政治家・宋楚瑜氏が総統選に出馬したことも、得票が伸びない原因になった。

 立法委員選で国民党は改選前よりわずかに議席を伸ばす可能性はあるが、目標としていた過半数には遠く届かない。国民党は今後、党分裂のリスクも孕みながら、建て直しを誰に託すかをめぐって党内論争が激しくなる可能性がある。

若者へアピールした「ニュー・蔡英文」

 蔡氏の勝利が幸運に恵まれたことは否定できないが、一方で、蔡氏自身も2018年までの低迷を反省して、「ニュー・蔡英文」を感じさせる行動を見せたことも確かだ。

 例えば、従来から総統としての存在感のなさを指摘されていたが、2019年6月に総統選予備選で党内のライバルである頼清徳・前行政院長と戦ったことなどもあり、自らの対外的なアピールを意識するようになった。積極的に「網紅」と呼ばれるネットの人気者たちとの繋がりを増やすことで、若者へのアピールを拡大し、イメージの回復に取り組んだ。

 また、同性婚の合法化を2019年5月に実行し、「ひまわり運動」のリーダーだった林飛帆氏を党の副秘書長に抜擢して、若者の支持を集約することに成果を挙げたと見られる。同時に、党内の独立派などに人気の高い頼・前行政院長を副総統候補に取り込むことで、民進党を左右両翼から支える年配の独立派と若者の「ひまわり運動」世代の支持を固めたことは、選挙戦略上、功を奏した。

 中国が台湾選挙の結果に対して、特段のアクションをとってくる可能性は低い。現在、米国との貿易交渉が最終局面に入っているなか、米国を刺激することはできないからだ。優先順位としても、まずは香港情勢を落ち着かせることが先決であり、当面はそちらに注力するだろう。

 ただ、経済力をバックに、台湾社会の経済界や地方の宗教勢力や農業・水産関係者、メディアらを「恵台政策」という経済的利益の魅力によって取り込んでいくアプローチは、今後も揺るぎなく継続されるだろう。

 だが、経済の力だけでは、すでに成熟した民主主義を有し、「台湾アイデンティティ」を強める世論が存在する台湾においては、中国の台湾工作は今後の展望を描きにくくなっている。行き詰まったなかで、中国で強硬論が台頭する可能性もゼロとはいえず、今後の中台関係はさらなる注視が必要だろう。

 

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、「台湾とは何か」(ちくま新書)。訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊は「タイワニーズ 故郷喪失者の物語」(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com
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