「今年はどんな年になるのだろうか?」という予想を毎年書いている。去年の予想はその後、『上級国民/下級国民』(小学館新書)としてまとめ、幸い多くの読者を得ることができた。
[参考記事]
●アメリカで先行する社会の分断が「1周遅れ」でいずれ日本にやってくる2019年はそれが明らかになる年
米中の「貿易戦争」は1年以上前から懸念されており、昨年はそれが現実化したが、ニューヨーク株価は2万3500ドルから「史上最高値」の2万8500ドルへと20%上昇した。トランプが大統領に就任した2016年末は1万9000万ドルだったから、3年間で50%ちかく株価が上がったことになる。「こんなのが大統領になったら世界経済は崩壊する」という悲観論が間違っていたことは明らかで、楽観論に賭けた投資家はじゅうぶんな果実を受け取ったことになる。
とはいえ、ここで指摘しておかなくてはならないのは、1980年のニューヨーク株価は1000ドルで、それが20年後の2000年に10倍の1万ドルになったことだ。長期的には同じペースで株式市場が成長するとすれば2020年の株価は10万ドルになっているはずだが、実際にはその3分の1にも届かない。ローレンス・サマーズが「長期停滞論」を唱えているように、株式の収益率は明らかに下がってきている。
だとしたら今年はどうなるのか? ここでは緊迫する中東情勢など個別の話は専門家に任せ、「予想」の背景にある世界認識について書いてみたい。それは「トランプだから株価が上昇した」ではなく、「誰が大統領でも株価は上昇した」という話だ。
専門家の予想はチンパンジーがダーツを投げるのと同じくらいいい加減
スティーブン・ピンカーの話題作“Enlightenment Now(いまこそ啓蒙を)”が『21世紀の啓蒙 理性、科学、ヒューマニズム、進歩』(草思社)として昨年末に刊行されたが、そのなかで「当たる予測と外れる予測では何がちがうのか?」という興味深い研究が紹介されている。
心理学者のフィリップ・テトロックは、1980年から2000年にかけての20年間にさまざまな専門家の2万8000件ちかくの予測を集めた(どの質問も明確な結果と期限を設け、回答は発生確率などの数字で答えさせた)。その結果はというと、専門家の成績はチンパンジーがダーツを投げるのと同じくらいいい加減だった。
専門家による経済予測や株価予測が当てずっぽうと変わらないことは繰り返し示されているから、これだけならなにも驚くことはない。ただし専門家はこの“ファクト”をひた隠しにしているので、知らないひとがいるかもしれないが。
重要なのは、テトロックが心理学者のバーバラ・メラーズと組んで2011~15年にかけて行なった追加調査だ。ここで2人は、数千人(最終的には2万人)の自称・他称の“専門家”を募り、情報先端研究計画局(IARPA/アメリカ国家情報長官室直属の研究組織)が主催する予測トーナメントに参加してもらった。するとそのなかに、いずれのトーナメントにおいても並外れた予測力をもつ「超予測者」がいることを発見したのだ。
この「超予測者」は、学識者はもちろん機密情報にアクセスできる諜報員、衆合知を集計する予測先物市場をもしのぐ、「理論上の最高レベルに迫る」結果を出した。――といっても、彼らの予測の効果は1年先までで、5年先になるとサルのダーツ投げと変わらなくなった。
「超予測者」とはいったい何者なのか? その話をする前にまず「ダメ予測者」を見ておこう。このひとたちは「専門家」を名乗ってはいるものの、その予測はダーツ投げをするサルにも劣ったのだ。
当てずっぽうより精度の低い予測しかできない「専門家」がいるなんて、信じがたいと思うだろう。なぜこんな恥ずかしいことになるかというと、彼らが「何らかの“思想信条”に固執し、それを(見当違いの)自信に結びつけている」からだった。日本でも、以下の記述にあてはまる専門家や知識人が何人も思い浮かぶのではないだだろうか。
「彼ら(ダメ予測者)は複雑な問題に出会うと好みの因果関係の型にはめ込もうとし、うまくはまらなければ無関係で不要なものとして切り捨ててしまう。曖昧な答えに我慢がならず、自分の分析を限界まで(あるいはそれ以上に)推し進めるし、「さらに」「そのうえ」と理由を重ねて、自分が正しく他の人々が間違っていることを強調しようとする。そのあげく、驚くほど自信満々になり、「そんなことはありえない」とか「これは確実です」などと断言しがちになる」
「ダメ予測者」はメディアによく登場し、ネットでも攻撃的な論説を展開する著名人だ。その結果、「有名であればあるほど、また内容が彼らの専門に近いものであればあるほど予測精度が低かった」という悲惨なことになってしまうのだ。
日本にはかつて「リフレ派」と呼ばれる経済専門家がいて、「デフレは日銀がマネーサプライを増やさないからだ」とか、「大胆な金融緩和をすればマイルドなインフレが実現して日本経済は回復する」など自信満々で新奇な経済政策を説き、懐疑的な経済学者に罵詈雑言を浴びせていた。ところが黒田日銀が「2年、2倍、2%」の異次元金融緩和に踏み切ってから8年たっても、物価はまったく上がらない。当初、マネタリーベースは2倍の260兆円を目標にしたが、現在はそのさらに倍の500兆円という異常な額になっている。きわめて党派的な彼らの予測は見事に外れたが、それはまさに「予測どおり」ということになる。
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