シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】   作:ほとばしるメロン果汁

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『死の都エ・ランテル』

 外敵から身を守る城塞――それを一晩の間に内部から食い破られ、今や死の都と名を変えたエ・ランテル。

 

 深夜の月光に照らされた市壁はいくつもの箇所が崩れており、周囲には索敵のためだろうか? スケルトンやゾンビなど低位のアンデッドが都市の周りを散らばるように配置されいてた。勿論崩れた市壁から覗く都市内部にも、無数のアンデッドが溢れているのが見える。

 

 そこから遠く離れた森の中、フールーダと彼の主人であり師でもある少女は、あらかじめ内部を探るために侵入させた隠密、跪いたハンゾウ達の報告を周囲を警戒しながら静かに聞いていた。

 

「――未だ屋内などは十分調べきっておりませんが、ひとまずここから見えるものも含めて、都市内に配置されたアンデッドに脅威となりそうな個体は見当たりません。数はおよそ数千ほどかと」

「ふむ……ズーラーノーンの人間は?」

「ここから反対側の市壁、西側の王国方面でアンデッドの指揮をとっている者達を確認いたしました。周囲には戦闘の跡も見られましたので、おそらく日中に小規模の戦闘が発生しているのではないかと」

「脅威となりそう?」

「いえ、私でもその場で全員の首をはねるのは容易いかと。隙だらけでありましたし、肝心のアンデッドを操る数も技術もさして脅威になるとは思えませんでした」

「どう思うフールーダ?」

「……はっ!? あ、いえやはり兵力という意味では帝国にとって脅威ではない範囲かと。あとはなんらかの強力なマジックアイテムの存在と、幹部であるズーラーノーン十二高弟の者達がどこにいるのかが気になります。むろん、我が師であればどちらも大した脅威ではないと思いますが……」

 

呆気に取られていたフールーダは、突然の問いかけに意識を戻すと慌てて返答する。

あまりに見事な侵入の手際と情報収集能力、そして発見されることなく音も立てずに戻って来た彼らにはただ驚く事しかできなかった。帝国内の暗殺組織イジャニーヤに似ている身なりだが、その隠密能力だけでも大きく上回るかもしれない。

 

(このような素晴らしい手駒をお持ちとは……それに彼らを呼び寄せた魔法……)

 

 帝国皇帝であるジルですら知らない手駒の存在。

それを教えてもらえたという事は、相応の信頼を得ているか利用価値として試されている段階だろうか。どちらにせよこの御方とお会いして、まだ一日すら立っていない。その支配力を目の当たりにして一層身が引き締まる思いだった。

 

 

 

 ――数刻前の呼び出しの後

 

 フールーダの転移魔法についてや転移後に予想されるトラブル、現地の危険な存在や比較的安全な場所などいくつもの念入りな質問を受けた。その後素晴らしいマジックアイテムを護身用として手渡され、残していくレイナースに説明を終えると、変装のための仮面とローブをお互い身につけフールーダの転移魔法を発動。エ・ランテルからかなり離れた帝国軍のカッツェ平野駐屯基地、その近くに二人そろって転移した。

 変装しているとはいえ帝国軍――ひいてはジルクニフに伝わると面倒なため、安全を確認したのちに闇夜に紛れる様に飛行(フライ)で素早く移動。エ・ランテル近郊に潜むと師が呼び出した黒い穴の中から、ハンゾウと呼ばれる覆面をした者達を出現させた。師が使った黒い穴の魔法、おそらくはフールーダの転移魔法などより遥かに高度な上位魔法に感動する暇もなく、彼らは命令を受けると偵察役として"死の都"エ・ランテルへ侵入、今無事に情報を持ち帰ってきたところだった。

 

(来てよかった……転移門(ゲート)。これからもこの御方について行けば、今後もあのような素晴らしい魔法を幾つも目にすることができる……)

 

 フールーダの意見を聞いてから顔を下げ、考え込む少女を後ろから仮面越しに狂喜した瞳で見下ろす。

 

「とりあえず、私の使い魔吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)を正面からぶつけてみよう……それを囮にして私たちは都市に侵入しズーラーノーンの人間と接触、記憶操作(コントロール・アムネジア)でその辺りの情報を得る」

「よろしいかと思います、その後はどうされますか?」

「奴らの力と次の行動次第かな……帝国軍か王国軍を正面から打ち破る力を持っていて、この辺り一帯で悪名を広めてくれそうなら良し。ジルクニフの予想通り水面下で動こうというのなら――」

 

 顔を上げ白い仮面を被った主は、おもむろに顔全体を隠すようにローヴで覆う。

それを白い手で何度もペタペタ触り確認すると、遠方に見える大きく崩れた市壁、その死の都を見据えた。

 

「無理矢理にでも水上に出て派手に暴れて貰おうかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい……」

「ひっ! ひぃいい!」

 

 蹂躙の場に心からの歓喜と恐怖の男の声、双方が混じりあう。

 

「な、なんなんだよ! お前は!!」

 

 夜の闇に溶けるような黒いローブにすっぽりとくるまり、そこから生えた白い小さな手を指さしながら男――ズーラーノーンの魔法詠唱者はへたり込み、震え、泣きながらその顔を恐怖に染めていた。

 

 エ・ランテル共同墓地、帝国と王国の戦争により無数の亡骸が埋葬された最奥の霊廟では、無数のアンデッドがバラバラに引き裂かれ、原型が分からない腐った肉片や骨が辺り一面に散らばっている。

 

 

 都市への侵入に関しては容易だった、戦闘すらなかった。

空は狙い撃ちされる危険があるという師の言葉に従い低空で侵入、使い魔による囮と露払いもありアッサリ街に入ることができた。その後はハンゾウの進言もあり、隠された地下神殿があるという共同墓地へと足を踏み入れた。

 

 そこから師である少女が戦闘に参加されたが、まさに圧巻――手を一度振るうだけで数百のアンデッド達を蹂躙していき、まるで散歩をするように歩いていく。フールーダは神が海を割るようなその様をただ後ろから黙々と、心の中では感動でむせび泣きながらついて行き、やがて二人はアンデッドを操っていたと思われるへたり込んだ術者がいる霊廟へたどり着いた。

 

「やはり弱すぎる……もう少し強いアンデッドは用意していないの?」

「ッ!?」

 

 フードを被りやせこけた顔の男は、その言葉に恐怖を覆い隠すと黒いフードの塊を睨み手を振り上げた。

 直後に風切り音が周囲に響く。発生源は頭の上、上空を見上げると大きな骨の影が月光を隠していた。それが何かわかるとフールーダは少しだけ、あくまで少しだけ驚きの声を上げた。

 

「あれは――」

 

 ――骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 

 魔法に対する絶対の耐性を持つアンデッド。

今この場でフールーダ単独で相対すれば苦戦する相手だっただろう。状況次第では逃走もありえる相手だ。ただの魔法詠唱者では相性が最悪と呼べるアンデッド。だが何を臆する事があるのか。その骨が文字通り落ちて来る場所に立つ人物を背後から見守りながら、思わず鼻で笑う。

 

「……朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)

 

 空中にいた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)をまるで包み込むように紅蓮の炎が空を覆った。

 

「おおぉおおぉおおおおおおおおおおおぉおおぉ」

「なッ」

 

 夜空を染めた紅い光の渦にフールーダは畏敬の念とともに、歓喜の叫び声を上げる。

思わず師に頂いた仮面がズレそうになり、慌てて位置を戻す。へたり込んでいた男の方は信じられないといった表情で、口と目を丸い形にして炎に包まれた空を見上げていた。

 

「今のが切り札……という事?」

「ひッ、ひいいいいいいい」

 

 空を覆っていた炎が消えると骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の姿も消えていた。

灰の一つも降ってこない、完全に燃え尽きた竜。その異様な光景を作り出した存在は黒いローブを引きづり、問いかけながら男に近づいていく。フールーダもその後ろに続いた。

 

「た、助けて……お前らなんだ! 何が目的だ!?」

「そうか……本当に今ので最後か……」

 

 へたり込み、手足を必死に動かし土の上を這うように下がる男。

泣きながら必死に声を出す男に対して、黒いローブの中の師の声は冷徹なもの。興味という水が乾き、サラサラとした固い砂のように聞こえた。

 

「……記憶操作(コントロール・アムネジア)

 

 男の態度に興味が無くなったのか、淡々とした声のまま以前フールーダにも使った魔法を男に向ける。あの時の興奮を思い出しそうになったが、一応今は秘密裏に動いていることを頭の隅で思い出し、心を落ち着かせた。

 

「なるほど、リーダーは帝都に向け出発したばかり……帝国へのかたき討ち? クレマンティーヌ……この女が最大戦力か、そしてこの子供……ンフィーレア・バレアレと叡者の額冠(えいじゃのがっかん)なるほど、これがマジックアイテムということか。……ん?――〈(デス)〉」

「如何されましたか? 我が師よ?」

 

 ピタリと動きが止まり師の考え込む様な仕草の後、目の前の男がどさりと倒れた。

何か別の魔法を使われたのだろう。おそらくは即死魔法、それに対しての興味は尽きないが、今ここでフールーダが役に立てるのは知識の提供だけ。少しでも役に立ちその結果で自らの欲望を満たすため、師の疑問を尋ねるように問いかけた。

 

「少し寄り道しよう、フールーダ」

 

 その声とともに男の死体が動く。

死体だったモノはどろどろとした液体に変わり、形を変え一気に吹き上がる。壁となった液体が地面に消えた後には、フールーダより大きな黒い鎧が存在していた。他のアンデッドと変わらない朽ちた顔、だがその双眼は遥かに強い生者への憎悪に満ちている。

 

 ――死の騎士(デス・ナイト)

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおぉ」

「……」

 

 異形の騎士が、黒い鎧に身を包む化け物がそこに立っていた。

フールーダと高弟達がやっとの思いで捕縛した、邪悪を形にしたようなアンデッドの騎士。それをいともたやすく生み出せるこの御方の力に、益々の畏怖と歓喜を心に刻み込まれる気分だ。

 

「師よッ! この死の騎士(デス・ナイト)はどれ程の、あ、いえそれは後でお聞きするとして! ……寄り道をされるとは一体!? もちろん師のなされる事ですから私はどこまでも!! どこまでもお供致しますッ!!」

「あぁ……うん。少し落ち着いて」

 

 少し考えながら離れる様に移動するローブに包まれた仮面の少女。

その師の姿に邪魔をしてはいけないと、冷静な思考が押し止めフールーダを落ち着かせる。

 

「とりあえずエ・ランテルに残っている人間は今のも含めて全てズーラーノーン幹部の弟子達らしい。あの程度の弱さならこうして全員死の騎士(デス・ナイト)に変えてあげた方が、ズーラーノーンとしても戦力になって助かるでしょう」

 

 振り返りその直ぐ傍に立った死の異形の足をペタペタと、まるで可愛らしい動物を愛でる様にローブ越しに見上げる師の姿。第三位階以上を行使できる弟子達でさえ、帝国魔法省に封印された死の騎士(デス・ナイト)を前にすれば歯をカチカチ鳴らし、恐怖で顔を塗りつぶす。

 かつて多くの帝国騎士を屠った恐怖の怪物など、我が師の前では生み出したばかりの子供同然という光景に、恐怖どころか心からの畏敬の念しか生まれない。そしてこの御方にこれからもついていけばもしかしたらという欲望も僅かに生まれる。

 

「あと気になる人間の死体があるそうだから、少し捜してみようと思う」

「気になる者ですか? 一体それは……」

 

 そんな師をして気になる、しかも既に死んでいる人間がいる。

その疑問に僅かに頭を傾げながら、その名を問わずにはいられなかった。




場所移動とモブ戦闘だけだったので早送りで終わらせました、たぶん次回は普通です
サクサク進み過ぎてないか心配。

次話→4日後投稿予定

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