シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】 作:ほとばしるメロン果汁
危ないカルト宗教にハマってる人視点と久々の二人組(グロ注意)です
「フールーダ・パラダイン様が……若返った……だと…」
机の上で握っていたはずのペンが転がり、床にぶつかると同時に甲高い音を出す。
窓から夕日が差し、赤く染まった学院長室にいる人間は二人。部屋の主で帝国魔法学院の学院長と呼ばれる老人と、頭を垂れ今日の城の異変を報告する青年騎士が一人。
青年は城への間者――いや、この場合は友人や協力者と言うのが正しいだろう。なにせ彼は学院長個人に対する恩義や人脈の結果、つまり貴族派閥の一員として『鮮血帝に睨まれない程度の世間話』を報告してくれる騎士だ。あくまでやや年の離れた友人同士の世間話、その範囲内であれば足元をチョロチョロ嗅ぎまわっても、あの鮮血帝は問題視しないのだ。
だが今回の世間話はいつもとは違った。
彼の口から発せられた一言に、帝国魔法学院のトップである白髪の老人は呆然としていた。
「はい、確かにこの目で見ました」
「……どういうことだ!? フールーダ・パラダイン様はなにか新しい魔法を会得されたのか!?」
――ガタッ!
座っていた椅子が倒れるのも構わず、勢い良く立ち上がった。
同時に机を強くたたいてしまい、机の上の書類が数枚落ちる。
「お、落ち着いてください学院長」
「これが落ち着いてなどいられるかッ! す、すぐにパラダイン様にお会いして、その魔法もしくはそのアイテムか!? それを私に使っていただくようッお願いしなければ!!」
壁にかかっていたローブをひったくる様に掴み、仕度を始める。
本当であれば今すぐにでも飛びだしていきたいが、相手は帝国の首席魔法使いの地位にいる人物だ。その相手に願いを言うのであれば、それ相応の恰好をしなければならない。
(私のッひ、ひひひ悲願を、叶える好機がッ!)
顔がこわばり、杖を掴もうとした手が震える。
――不老不死
老人の、いや老人達の所属する邪神を信仰する教団。
そこに所属した理由、全員が同じ目的、それが不老不死という過ぎた願いのためだ。
決して届くものではないのは、長年生きて既に理解している。
だが伸ばしていた手を下ろし、諦めるなどと言う選択肢は存在しない。誰だって死に向かい歩んでいる。老人ともなればもう目の前に迫り、肉体は衰え、精神力も弱っていく。同時に若い頃の自分を、まるで他人を羨むように思い出すことが多くなっていった。
死にたくない。一時でもあの時の自分を取り戻したい。
杖を掴もうとした手の震えは、まるで心の叫びのように止まらなかった。
それを自覚すると同時に、自らの肩を掴み近くまで迫っていた騎士に気づいた。
「ほッ本当に落ち着いてください、パラダイン様ではありません! パラダイン様を若返らせた方は、別の御方です!!」
「……なに?」
ゆっくりと、自分でもわかるほど開ききった目を肩を掴んでいた相手に向ける。
騎士の青年は一瞬ビクリとしたが、すぐにもち直したのかこちらを落ち着かせるためか、小さく息を吐くと淡々とした声で報告を続けた。
「本日は大通りが通行禁止になっていたのは、ご存知でしょうか?」
「……うむ、たしか……聞いた話では外からの賓客を陛下自らが招くため、と聞いていたが……まさかッ!?」
「はい、その
――眉唾な報告だ。
あの帝国一の魔法詠唱者である英雄が、会ってすぐにひれ伏す相手。
そのような人間がこの世界に存在するのだろうか? すぐに胸中に渦巻いた疑問、それを確認するように騎士に懐疑的な視線を向けた。
「パラダイン様が若返った、という事自体は事実なのか?」
「はッ! パラダイン様の弟子の方々が何度も入念に調べ上げたそうです。調査の様子は流石にわかりませんが、その後もお若い姿を目撃しましたし、それにその……」
「なんだ?」
「いえ、その魔法をかけた御方なのですが、予定になかった盛大な歓待を受ける様子を遠目でも確認できました。私は命じられた警護の任もあったためお姿までは見えませんでしたが」
「ふむ……」
自らを落ち着かせるように椅子に座りなおす。
目の前の机には散らばった書類が散乱していたが、気にせず視線を天井に上げ思考の整理を始めた。
現皇帝――あの鮮血帝とも呼ばれるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが無意味な事をするとは思えない。歓待を行い、もてなすということはそれ相応の相手ということでいいだろう。国の外から来たというのであれば、今までにない何か新しい魔法や技術を持っていても不思議ではない。
それを使い、
(まだこれだけではわからんな、情報を集めなければ……)
考え中に撫でていた白い髭から手を放し、改めて騎士に視線を戻した。
「まだ未確認な事が多すぎる。いや、責めてるのではない。ひとまず情報の穴埋めを優先するように、それとその賓客の名前はわかっているのか?」
「はいッ! その方はシャルティア・ブラッドフォールン・アインズ・ウール・ゴウンと仰る方で、銀の髪と真紅の瞳を持った美しい少女だそうです」
(まだ少女がそのような奇跡を? ……いや、本当に若返る術を持っているのならばその見た目も頷ける)
もしそれが事実であれば――そう考えた瞬間、ざわりと全身の肌が沸き立った。
不老不死とはいかないまでも、若返りが可能であればその少女にすり寄らないという手はない。全てを投げ捨ててでも忠義忠誠を誓い、少女の前にひれ伏さなければならないだろう。
(しかし不死の存在になるための儀式を行える方をお招きする前に、このような情報が入るとは……城の騒ぎを聞く限り、当然他の貴族や信者にも同じような報告は伝わっているだろう。耳が遠い貴族にも噂程度は届く、そうなると――)
欲望に染まった瞳を隠すように再び天井を見上げ、学院の長と呼ばれる老人は薄く嗤う。
下手をするとこの国の中心、帝城が傾く程の嵐が起こるかもしれない。そしてその嵐が起こる前にその中心に行くことになるかもしれない、と。
♦
帝国西側と国境を接する巨大な街、王国に属する城塞都市エ・ランテル。
――だった場所、というのが今は正しい。
"死の都"という名の廃墟。見渡す限りの建物は半ばで崩れ落ち、街一番の大通りだった場所はどこまでが道だったのかもわからない。火災にみまわれた家屋は全てが黒々とした灰になっており、それもあちこちで見られる。燃え残った看板から薬品店と思われる場所には、炭になった柱が墓標のように何本も地面に立っている。
そしてそれらの場所を含めたこの街全てをまるで巣にするように、低位のアンデッドがそこかしこに蠢いていた。
「クレマンティーヌ話がある」
「いやーん。いきなり乙女の部屋に入ってくるとかーカジッちゃんのえろすけべー」
痩せた枯れ木のような手で薄汚い木製の扉を開き、ズンズンと無遠慮に部屋の中に入る。
土と砂の匂いが消え、瞬時に血と鉄、そして生臭い腐ったような匂いに顔をしかめた。しかしそれも一瞬、この狂人と付き合うようになれば慣れるしかない類の匂いだ。
それにカジット自身も元から嗅ぎ慣れている類の物、たんにクレマンティーヌという女の周りでは匂いが濃いだけだった。
「お主と違って拷問部屋を乙女の部屋と間違うほど、儂は狂ってはおらんわ」
エランテルに臨時で設けた拷問部屋。もとは生き残っていた戦士達を詰め込んでいた部屋だったが、クレマンティーヌが入室した途端、使用目的が変わった部屋というのが正しい。今は拷問部屋兼死体置き場と言うのが正しいのかもしれない。実際生者はカジットが確認できた限りでは、女の正面に残った一体だけだった。
その部屋で血に染まった刺突武器を抱きしめ、顔の半分を血に染めた女に吐き捨てるように言う。
「それよりもクレマンティーヌ、馬車の準備がようやく終わった。アーウィンタールへゆくぞ」
「はいはーい。んーっと、ならこの男殺しちゃっていいんだよね?」
口が裂けるような笑みを浮かべたまま、左手が鎖で拘束された男に刃を突き付けるクレマンティーヌ。男は意識がないのか返事もなく、首が下がりきっており顔が上がる様子はない。
短く刈り揃えられた黒髪は乾いた血に染まり、屈強な肉体は穴だらけになっている。一際赤く染まった右肩から先はなくなっており、繋がっていた部位は床に転がっていた。それでも僅かな肩の上下の動きが、男がまだ現世にとどまっている事を理解させ、その姿を見たカジットを少なからず驚かせた。
「その男はまだ使えるかもしれん。仮に殺すにしても王国軍の目の前で殺せばよかろう。お主の憂さ晴らしよりも、その方が有益だ」
「えー……こいつのせいで逃げ出したゴミ共を殺し損ねたんじゃん。そのせいで儀式も中途半端、カジッちゃんも本当は殺したいんでしょ?」
いつでも刺し殺す態勢を維持したまま、ギュルリと首を回し不気味な笑みを向けられる。
「……否定はしない。なにせ儂の数年の苦労の半分をぶち壊してくれたのだからな」
――エ・ランテルを"死の都"に変えたあの夜。
都市部から逃げる住民達に襲い掛かるアンデッドの群れ、その間に突然割って入った戦士団。
戦士にとっての魔法――武技を発動させたこの男によって、多くの低位アンデッドが紙のようにバラバラに切り裂かれていった。第七位階魔法
あの光景はここ数日で何度も思い出した。その度に気がつくと周囲のものが壊れているほどだ。
「忌々しくはあるが……まだ帝国がある。その間に王国にちょっかいを出されないためにも、その男には利用価値があるのだ」
「――わかった。わかりましたよーっと」
クルクルとスティレットを回転させながら頷くクレマンティーヌ。その顔はニンマリと歯をむき出しにした笑顔であり、カジットに嫌な予感を感じさせた。
フラフラと気絶した男に歩み寄ると、首を勢いよく伸ばし、突然お互い血に染まった顔を近づけた。
「えいっ」
「クレマンティーヌッ!」
ヒュンという空気の裂く音、女の手にあったスティレットが男の体に突き刺さる。
肉のねじる音と同時に男の体がビクリと跳ね、先ほどまで僅かに感じられた命が男の体から完全に消え去った。新しい血が固まっていた血をなぞって床に広がる。
「やってくれたな……」
「てへ、ごめんねー。別れの挨拶をしようと思ったんだけど、手が滑っちゃった」
ギリギリで止める気だったんだよ、とケラケラ笑いながら謝罪のようなものをする狂った女に顔を歪める。
「ッチ! ……気が済んだなら行くぞ」
本来であれば怒鳴りつけるなり一撃でもくらわしてやりたいがそれはできない。
この女もそれをわかっているから、自らの快楽を満たすことを優先した。カジットにできるのはせいぜい顔を歪めて、自らの不機嫌さを相手に伝えることくらいになる。
「死体はそのままにしておけ。王国にも法国ほどではないが復活魔法が使える者がいる。死体だけでも取引に使えるかもしれん」
「あぁ~、蒼の薔薇のガガーラン……じゃなくてそのリーダーだっけ? だからカジッっちゃんもアッサリ許してくれるんだ~」
軽い返事とニヤニヤ笑うクレマンティーヌ。
その態度に煮えたぎるものを内心で感じるが、まだこの女の力が必要な間は軽はずみなことは出来ない。内心を吐き出すように大きなため息を吐き出すと、血生臭い部屋を出て歩き出す。
「馬車は王国から逃げてきた商人に見せかけるため立派なものだ、貴様は荷台で寝ておけば良い。サッサと行くぞ」
「はいはーい、ところでさぁカジッっちゃん。あのガキは元気? これから念願のかたき討ちをするんだからさ、優しく運んであげなきゃね~」
後ろから付いて来るクレマンティーヌのふざけた軽口を無視して、弟子達が準備を進めている馬車へ向かう。勿論背後への用心のため、手には黒い石を握り締めながら。
それにしても――
(ふざけた女だ……)
既に
今更お人形遊びという歳でもないだろうに、『一緒に帝国を潰して仇を取ろうね~』などと、ニタニタ気味の悪い笑顔で話しかけていることもあった。それを目撃したカジットの弟子たちはその不気味さに怯え始めている。
少年にとって本当の仇は帝国騎士に扮した法国の偽装兵、つまりスレイン法国なのだが――
(……詮無きことを考えても意味はない、か)
最早どうでもいいことだ、なにせ仇を討とうとズーラーノーンの門をくぐった少年は、その
どうあっても少年自身が仇を取れることなどありはしないのだ。何があっても――
久しぶりだったけど大人気キャラのカジッちゃんを忘れてた読者なんていない……ハズ。
次話→3日後投稿予定……まだ未完成なんて言えなぁ~い