シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】 作:ほとばしるメロン果汁
少女が半歩下がり、代わりに荒い無精髭を生やした男が一人、前に出てくる。
ブレイン・アングラウス――かつて王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフとの御前試合でほぼ互角の勝負をした男。結果こそガゼフの勝利であったが、その試合の様子は今でも広く語り草になっている。
(めぐり合わせによっては部下に出来たかもしれんが、今となっては過ぎた事だな……)
かつてガゼフ・ストロノーフを戦場で勧誘したことを思い出す。
結果はアッサリふられたが、短い間であの男の人となりを知ることができたのは有意義な事だった。ズーラーノーンによる死の螺旋に巻き込まれ、おそらく死亡しただろうという報告を聞いた時は、敵ながら少し残念に思ったくらいだ。
ジルクニフの前に出てくるブレイン・アングラウスを見て、自然とあの時の戦場を思い出したのは彼らの関係もあるだろうが、なにより目の前に立つ男があの時のガゼフと同じ目をしていたからだ。強い意志を宿した瞳。銀糸鳥の報告でその瞳が目の前にいるジルクニフを見ずに、何を映しているかはわかっている。
(まぁそれはお互い様だな。私はこの男を利用してどうやってあの少女――ゴウン殿のご機嫌取りをするか、今はそれしか考えていないのだからな)
罪人の後ろからこちらをジッと見つめている少女。
(落ち着け、この流れは一番に予想していたことだ。まずは場を整えなければ)
少女の紅い瞳から逃げるように目の前の男に視線を戻す。
そしてごく自然な動作で身を屈め、跪く動きを手を突き出して止めた。
「よい、ブレイン・アングラウス。何のためにお前がここまで来たのかは承知している。だが既に知っている通り、ことさら罪人扱いするつもりはない。わざわざ首を晒しに来た相手の顔を踏みつける程、性格が悪いつもりはないからな」
相手の腰にさしたままの剣を指さしながら、余裕を含めた笑顔を浮かべる。
もちろんこれは少女へのアピールの意味合いが強い。上に立つ者としての器の大きさを見せるためだ。
「それと、口調も無理にへりくだるものでなくて良い。バジウッドと話したのだろう? あの男は普段から私の前でもあのような話し方だ。公の場では困るが、今この場においては構わないさ」
「……そいつはありがたい」
下げかけた体をゆっくり戻しながら、にやりと男くさい笑みを浮かべる男。
口調とともに崩れたその態度は、皇帝の前では眉をひそめてしかるべきものだろう。だがブレイン・アングラウスの背後に控える少女も、旅路では相手の不作法に寛大な対応する事が多かったようだ。ならばそれに習うのがもっとも良い手のはずだ。
立ち上がった相手――その気になれば一瞬でジルクニフを殺せるであろう男に、無造作に右手を差し出す。
「お前の名高い勇名は私の耳にも届いてる、アングラウス。少なくとも戦場で会わなかった事に感謝するとしよう」
「俺はどっちかというと戦場の方が良かった気もするが……帯剣を許してくれた事には感謝している、剣士としては腰に何もないのは少し寂しいからな」
少し躊躇するようにジルクニフの右手を見つめた後、同じように手を出し握手をする。
固い皮に包まれた手だった。おそらくジルクニフには想像できないほどの修練を重ねてきたのだろうことは、想像に難くない。
「先ほど述べたように、お前が何のために来たのかは承知している。だが断られることを承知で、一応は聞いておこう――」
手を離すと同時に視線を向けずに少女の様子を注意深く伺うが、表情にも反応がない。
報告通り、この件に干渉する気は一切ないのだろう。ジルクニフが評価するブレイン・アングラウスの価値が、少女にとっては無いも同然なのかもしれないが――
「帝国に仕える気はないか?」
「断る」
即断。
静かに、だがハッキリと吠えるブレイン・アングラウス。
それからすぐに「……いや、今のは失礼した」と、無遠慮に断ったことを恥じる様に顔を僅かに赤面させた。
(既に飼いならされているな。生まれた国で一、二を争うほど強くなれれば、強さの探求などはもう十分だと思うんだが)
「構わないさ、先に述べた通り断られることを承知で言ったんだ。忘れてくれて構わない」
言葉とは逆にいかにも残念というふうに力なく首を振りながら、苦笑いを浮かべ相手に気にしないよう告げる。実際帝国にとっての大きな問題が彼のすぐ背後にいるのだ。逆に部下になることを承諾されれば、帝国に潜り込んで何をするのか? などと疑ってしまったかもしれない。
「それでは帝国の法、私が下す罰を終えてゴウン殿に仕えたい。と、それが今のお前の意志というわけか?」
「あぁ、世界最強に届くなんて思っちゃいない。ただ今は周りや他人と比べずに、自分がどこまでいけるか試してみたい。その前に今までのツケを払う意味でも、鉱山労働だろうが何でもするつもりだ」
少し赤面していた顔から一変、真剣にこちらを見つめてくる。
王国最強に並ぶ実力者に鉱山労働――もちろんそんな勿体ないことは考えていない。戦士としての鍛えられた体で、普通の労働者より多くの仕事ができるだろう。だが、それだけだ。
罰を与えるという意味ではその選択は間違っていない。だが彼の戦士としての剣の腕は、その数年の間に錆びついてしまうかもしれない。少女の手前、本気で配下に誘うわけにもいかない。ならば少女に対する手札として利用させてもらおう――
「生憎とブレイン・アングラウス、私はお前に剣を捨てさせ採掘道具を握らせるほど無能ではないつもりだ。あくまでお前の剣でもって清算してもらおう。
帝国における最強の一角、闘技大会の武王『ゴ・ギン』と戦ってもらおうと思うのだが、どうかな?」
やや大仰に手を広げ、あくまで支配者然とした態度で告げる。
チラリと少女の方を見れば、顎に手を当て何かを考え込むようにこちらを見ていた。
「武王ゴ・ギンの事は知っているかな?」
「一応噂程度なら聞いたことがある……しかし闘技場で? 奴隷のように何度も戦わせようってのか?」
「いや、あくまで興行として宣伝し、大々的に行ってもらうさ。一度限りで構わない、どうだ?」
「……まぁ
ボサボサに乱れた髪をかきながら、不満そうな声色で眉を歪める。
「まさかわざと負けろって、――」
「そんな必要はないさ、おそらくだがブレイン・アングラウス。お前では我が国の闘技場が誇る最強の武王『ゴ・ギン』には勝てない」
相手の予想通りの勘違いを遮り、ありのままの事実を静かに告げる。
アングラウスの眉がさらに歪むが構わない。これは挑発の意味もあるのだから。
「私に剣の才能はないが、今代の八代目武王は歴代最強だ。子飼いにしている
残念ながらケラケラと笑いながら告げられたことだが、事実のようだった。
憂慮したジルクニフは、フールーダに武王に関する情報を集めさせた。そしてその結果は、バジウッドの発言を肯定するものばかりだった事にますます悩んだものだ。
武王自身が『武器を捨てれば決して相手を殺さない』という理知的な心情を持っている事から、一応は注意する対象程度に抑えられている。
「……」
「お前が所属していた野盗だったか? そいつらが襲ったと思われる商会には興行収入の何割かを渡すように、私から
他に何かあるか?と、首を傾げながら問いかける様に相手を見据えた。
「……わかった。そういうことなら受けようじゃないか、強敵と戦うのなら望むところだ」
「成立だな。だが今すぐという訳にはいかない。運営側との打ち合わせや宣伝のための期間を挟まねばならんだろう、それまでの間は――ゴウン殿? よろしいか?」
「ん?」
アングラウスとのやり取りを、変わらぬ様子で見つめていた純白の美姫に声を掛ける。
何を考えていたのかは分からないが、反応からして悪いものではないように思えた。こちらを見据える宝石のような紅い瞳に影は見られない。
「アングラウスの扱いなのだが、何かご希望はおありかな? 武王との戦いが終わるまでは、一応まだ罪を許されたわけではない。こちらでお預かりしても問題ないかな? 無論無体な扱いはしないことをお約束する」
「……ふむ。ブレイン、あなたの意志は?」
「俺は……できれば今のままシャルティア様のお傍に置いてもらいたいですが……」
「ではそのように。皇帝陛下、よろしいでしょうか?」
よろしいもよろしくないもない、少なくとも彼女に対して首を横に振れる人間は今帝国にはいないのだ。例え皇帝であろうともそれは変わらない。
「もちろん、普通に街を出歩いても構わないとも。ただ、騒ぎはできるだけ起こさないでくれるとありがたい。無論何をされても無抵抗でいてくれという意味じゃないが、できれば外出の際は騎士を同行させてほしいくらいか」
「わかった、ただ修練に必要な場所は確保して欲しい」
「問題ないさ、城の施設などを開放しよう。騎士達にも良い刺激になるだろうからな」
当然だがこの件には惜しみなく四騎士を最優先で使うつもりだ。
しかし既に四騎士はバジウッドとニンブルの半分しか使えない。レイナースは既にあちらの立ち位置だろうし、『不動』のナザミ・エネックはズーラーノーンの件で帝都を離れている。
(ズーラーノーンといい改めて考えると、頭の痛い事だな……)
弱気が胸中に差し、慌てて首を振りふるいたたせる。
(いやとりあえずアングラウスの件は、ほぼ予定通りしのぎ切ったんだ。まだ一段目だが、いけるッ!)
というわけで次の次である4章はブレインvs武王です。
私は二次で読んだことはありませんが、たぶんよくある対戦カードなんじゃないでしょうか?「何番煎じだよ~」と思った方がいたら申し訳ない!