金融資産1億円をなぜ目指すのか。それは1億円が「自由に生きるのに必要な水準」だからだ。作家・橘玲さんにその意義と、そこに到達するために必要な方法は何かについて聞いた。
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──橘さんもかつては家計破綻予備軍だったって本当ですか?
35歳の頃、会社員時代は自分がいくら稼いでいくら使っているかも分かっていませんでした。この会社でこのまま働いていくのかと漠然と思っていました。しかし、独立・転職を考えるようになったことや息子の中学受験などを機に、自分の経済的インフラを見つめ直すことにしたのです。
そこで生命保険のライフプランナーにライフプランを作ってもらいました。痛感したのは知識不足です。このままだと教育費や生活費の負担で家計が破綻してしまうと気付き、初めて収入と支出、貯蓄のバランスを意識しました。
──どんなことをしたのですか。
マーケットや節税の方法など色々なことを調べて実践してみました。1990年代末の当時ではまだ一般的ではなかった外国株投資を始めて、米マイクロソフト株を買ったのもその一環です。ビル・ゲイツの本を読んで、「世の中にこんな賢い人がいるなら、その人にお金を預ければいいはずだ」と考えたのがきっかけでした。
投資以外にも節税やライフスタイルの見直しを色々やりました。そこで悟ったのは、「人生はお金じゃないというけれど、お金があった方がずっと自由に生きられる」ということです。
──「投資などを通し、お金の悩みから自由になる」ことを「ファイナンシャルインディペンデンス」(FI)といいますね。
FIであることは、人生における様々な問題を解決します。例えばブラック企業問題の本質は、劣悪な条件で会社に拘束されることですが、十分なお金があればいつでも会社を辞められます。
結局、「嫌なら別の生き方ができる」というのがFIの最大の利点です。FIになることで人生の選択肢は大きく増えますし、より自由で豊かな生き方ができるのです。
──どこまでの資産を作れば「FIになった」と言えるのでしょうか。
分かりやすい目安が、資産が1億円に到達すること、つまり「億万長者」になることです。これは日米の研究でも裏付けられています。人間の幸福度は、お金が増えればそれに応じて高まるわけではありません。豊かになるにつれ徐々にその状態に慣れてしまい、ある一定のラインを越えるとほとんど幸福度は上がらなくなる。この現象は「お金の限界効用の逓減」と呼ばれています。
研究によると、単身世帯の場合年収が800万円、結婚している場合は世帯年収1500万円がこのラインです。金融資産額で言うと、1億円がちょうどこの水準になります。自分が好きな趣味をやったり、子供に自由に習い事をさせたり、家族旅行をしたりなど、一通りやりたいことができる豊かさであるとも言えます。
無理にこの金額以上を求める必要性はありません。食事するレストランのグレードが少し上がったり、旅行先が国内から海外に変わったりするという程度で、幸福度はほとんど変わらないのですから。
── 1億円と聞くと、実現するには少し高過ぎるハードルの気がしますが。
そうではありません。先進国である日本に生まれた私たちにとっては、実現可能な水準なのです。
そもそも金融資産はどうやってつくられるのでしょうか。高収入なら金融資産も多くなる、というわけではありません。「収入と支出の差額」を積み立てたものが金融資産なのです。収入が幾分少なくても、その分だけ支出を抑えれば資産は増えます。そして、豊かな日本に生まれた私たちは、億万長者になるための十分な収入を実は得ているのです。
──十分な収入を得ているとは、少し意外です。
簡単な計算をしましょう。日本の一般的なサラリーマンの平均的な生涯賃金は3~4億円といわれています。共働きならば、世帯の生涯賃金は5~7億円になります。このうちの15%を貯蓄に回すだけで、金融資産は7500万~1億500万円です。
貯蓄率を10%に減らしたとしても、年3%で運用していけばやはり1億円に到達するでしょう。その上、できるだけ長く働き、「現役」の期間を長くすれば必要な金融資産のハードルはさらに下がります。
資産1億円に達するのに必要なことはたった3つしかありません。「早くから収入の一定比率を貯蓄・運用する」「できるだけ長く働く」「共働きをする」です。生涯収入を最大化する努力をすれば、「億万長者」は現実的な話になります。実際、米国では10世帯に1世帯が、日本では20世帯に1世帯が金融資産1億円以上の「億万長者」です。
(日経マネー 川路洋助)
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