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昨年9月に関東地方を襲った台風15号は、千葉県内の電柱約2000本をなぎ倒し、大停電を発生させた
自然災害に強く、街の美化という観点からも注目される「無電柱化」。だが、電柱は減るどころか増えているという。海外の主要都市と比べると、日本の無電柱率の低さは一目瞭然。その理由とは?
昨年9月上旬に関東地方を直撃した台風15号は、千葉県全域に最大64万軒に及ぶ大規模停電を発生させた。想定を上回る強風が約2000本もの電柱を倒壊させ、樹木や瓦、トタン屋根などを吹き飛ばし、電線各所に接触。これが、その後2週間以上にわたって続く大規模停電の原因だった。
そこで今、「無電柱化」に注目が集まっている。無電柱化とは、電線類を地中に埋設して、文字どおり電柱をなくすことだ。NPO法人「電線のない街づくり支援ネットワーク」の事務局長、井上利一(としかず)さんが、そのメリットをこう語る。
「電力会社にヒアリングしたところ、架空線(電柱で張り巡らせた電線)よりも地中線(埋設した電線)は地震、台風、竜巻、落雷など多くの自然災害に強い、とのことでした。また、国交省の資料によると、阪神・淡路大震災において、通信会社の地中線の被害率は架空線の80分の1、電力会社では2分の1でした。東日本大震災でも同様の結果が出ています」
メリットは防災以外にも。
「警察庁の2014年のデータでは、交通事故の死亡率は0.7%でしたが、自動車による電柱衝突事故では10倍の7%に跳ね上がる。無電柱化は死亡事故を減らす効果もあるのです。
また、"蔵のまち"として知られる埼玉県川越市では無電柱化を進めた結果、年間の観光客数が150万人から400万人に、三重県伊勢市のおはらい町でも同様に来訪者数が1桁増えました。当NPOの調査では、無電柱化した住宅地は無電柱化前と比べて地価が1割近く高くなる傾向にあることもわかっています」
まさにいいことずくめ! だが、無電柱化の現状は、同NPOの調べでは、無電柱化率が最も高い東京都でも5%弱。都市単位で見ても東京23区8%、大阪市6%、名古屋市5%(17年末時点)。
海外の主要都市と比べると、ロンドン、パリ、香港、シンガポールが100%、台北96%、ソウル49%、ジャカルタ35%と、日本の低さが際立つ。
この差はなんなのか?
「欧米では、電柱は仮に設置するもので、景観を損ね、住民が迷惑するものと考えられています。一方、日本では戦後の焼け野原からいち早く復興するため、比較的低コストで設置できる電柱と架空線で一気に電気が引かれた。
その後、経済復興とともに架空線が"一時的なもの"という概念が薄れ、標準化していった。こうして日本は"電柱大国"となったのです」
無電柱化を停滞させる要因のひとつはコストだ。
地上の電柱と架線の設置にかかる費用は、「1㎞約1500万円」(東電パワーグリッド広報)。一方、無電柱化は地中深くに電線と通信線を通す巨大な管路などを埋設する「電線共同溝」方式が主流だが、「1㎞当たり約5億3000万円もかかる」(井上さん)という。
「この額を前提にすると、現在、日本に存在するすべての電柱(約3500万本)を地中化するには396兆円かかり、その工期は5698年に及ぶ計算になります」(井上さん)
電線共同溝による地中化コストは国、自治体が3分の2、残りを電線管理者(電力会社や通信会社)が負担する仕組みで、現在、都道府県が策定した計画に沿って"超スローペース"で無電柱化が進められているのが実情である。
だが、より安価な埋設方法はすでに開発されている。
「電線共同溝をコンパクトにした『小型ボックス』、管路をより浅い位置に埋める『浅層埋設』はすでに実用化され、欧州で主流の、ケーブルを地中に直接埋める『直接埋設』は現在、国交省が実証実験中。1㎞当たりのコストは『浅層埋設』で1.9億円、『直接埋設』なら8000万円まで下がります」
しかし、無電柱化を阻む壁はもうひとつある。
「それは電力会社で、無電柱化にかなり消極的なのです。コストがその理由ですが、自治体などから独自に持ちかけられる要望には、『無電柱化は都道府県の計画で決められた路線以外は協力できない』とはねのけ、電線共同溝以外の方式には基本、"金を出さない"という姿勢です」
これでは電柱が減らないのも無理はない。だが、「無電柱化を成功させている町はある」と井上さんは言う。
「無電柱化率日本一(14%)の兵庫県芦屋市、花見小路などの観光地の無電柱化を進めた京都市などが有名で、そうした自治体に共通するのは、首長が強いリーダーシップをもって推進したこと。ちなみに、伊勢市おはらい町の無電柱化を先頭に立って引っ張ったのは『赤福餅』で知られる赤福の社長でした」
こうした成功事例のなかでも最先端を走っているのが茨城県つくば市だ。16年には日本初の「つくば市無電柱化条例」を施行させている。
「この町が異色なのは、市長でも社長でも政治家でもなく自治体のイチ職員が引っ張っていることです」(井上さん)
記者は早速、JR秋葉原駅からつくばエクスプレスに飛び乗った。
茨城県つくば市で、地中に埋めて「電柱のない町」をつくったスーパー公務員のスゴイ戦略【後編】
自然災害に強く、街の美化という観点からも注目される「無電柱化」。その実現率は、ロンドン、パリ、香港、シンガポールで100%、台北96%、ソウル49%、ジャカルタ35%に対し、日本は最も高い東京都でも5%弱だ。都市単位で見ても東京23区8%、大阪市6%、名古屋市5%(17年末時点)と大きな差をつけられている上に、電柱は減るどころか増えているという。
そんななか、380ha(東京ドーム80個分)ものエリアで電線をすべて地下に埋めてしまった自治体があった。それが茨城県つくば市だ。
無電柱化が日本でなかなか進まない理由について解説した前編に続き、無電柱化の成功事例のなかでも最先端を走っているつくば市を取材した。
つくばエクスプレスの車窓からは、つくば市に位置するつくば駅や研究学園駅の周辺など、各所で"電線のない街並み"が見える。つくば市無電柱化条例では、市の特定エリアに電柱の設置を禁止する「無電柱化エリア」を指定した。その広さは380ha(東京ドーム80個分)にも及ぶ。
終点のつくば駅に到着すると、その人、小林遼平さん(36歳)が待っていた。大学卒業後、07年につくば市に入庁。以来12年間、一貫して市中心部の町づくりを担当している。彼が日本初の「つくば市無電柱化条例」を作った張本人だ。
つくば市は科学技術立国を牽引(けんいん)する研究学園都市として、1960年代から国策によって整備されてきた町。山林を切り開いた2700haもの広大な土地に、43の研究機関や教育機関を移転させ、そこで働く研究者のために計8000戸もの国家公務員宿舎を建設。
その国策のなかでは無電柱化も同時に進められた。つまり、つくば市はもともと無電柱化の先進都市で、小林さんも「電柱がないのが当たり前」の環境のなかで育った。
電柱のないつくば市の街並み(写真提供/つくば市)
だが、入庁して6年目(12年)、当時の政権が国家公務員宿舎の大幅削減計画を発表すると、市内の宿舎の多くが売却され、その跡地に大手ディベロッパーが宅地を開発。そこに続々と電柱が設置された。
「公務員宿舎の一斉売却で人口が大幅に減り、市の経済、地域のコミュニティ、景観が壊されていく。どうにかしなきゃと......」(小林さん)
同時に、防災面でも強い危機感を持った。12年5月、つくば市で竜巻が発生し、死者1名のほか、多くの家屋に甚大な被害をもたらした。
「倒れた電柱が道を遮り、緊急車両が街に入れず、救助活動が遅れてしまった。電柱は防災面でも良くないとあらためて感じさせられました」
そして小林さんは動きだした。まず、都市計画法に基づく地区計画を策定し、公務員宿舎跡地の宅地開発にこんな規制をかけた。
「開発の際は緑化率を10~15%以上に保つこと。各住戸の壁面は道路の中心線から2~10m後退させることなど。こうすれば緑が豊かでゆとりある街並みを保つことができます」
次に、電柱の新規設置を認めないとする規定も盛り込もうと考えたが、ここで最初の壁にぶち当たった。
「電柱は電気事業法などによって"特例扱い"され、都市計画法では設置に制限をかけることができませんでした」
ほかの法制度も探したが、結果は同じ。小林さんは「電柱は既存の法制度では規制のかけようがない」ことを思い知らされた。そこで、次の手段に打って出た。
「無電柱化に協力してもらえるよう、開発を担うディベロッパーに一軒一軒、頭を下げに回ったんです」
だが、大半の開発業者の返事は「ノー」だった。「これは担当者レベルではダメだと思い、市長や副市長に同席してもらって要請したこともあった」が、それでも首を縦に振る業者は少数であった。
「電線を地中化する場合、住宅1戸当たり150万円程度が開発費にのしかかる。業者にとっては、このコストがネックになっていました」
だが、ここでひとつ疑問が浮かぶ。電線を管理する電力会社もコストを負担する立場にあるのでは? NPO法人「電線のない街づくり支援ネットワーク」の事務局長、井上利一(としかず)さんがこう解説する。
「電力会社が負担するのは架空配線した場合の建設コストのみ。地中化すると、架空配線に比べて1戸当たり80万~150万円の費用がプラスでかかりますが、その差額はすべて開発事業者が負担するようにとのルールが各電力会社の規約で定められています」
しかも、その規約は「経産大臣の認可を受けたもの。自治体レベルではどうにもできない」(小林さん)ものだった。
電柱のない街並みへ、小林さんを突き動かしたのは「街を良くしたい」一心だった
もはや八方塞(ふさ)がり。だが、一縷(いちる)の望みは残されていた。
「開発業者が無電柱化に協力できない理由は、『開発が動いた段階でそれを言われると当初の想定よりもコストがかかり採算が取れなくなる』ということでした。でも、『最初からルール化されていたら、やりくりのしようはあった』とも言っていた。
つまり、地中化コストがかかると事前にわかっていたら、それを見込んで土地を取得したり、売価に転嫁したり、開発計画を無電柱化のルールに合わせることができると」(小林さん)
それならと、つくば市独自の"法律"、「条例を作ろう!」と決めた。その内容についてはどう考えていたか。
「近年の無電柱化の流れは、既存の電柱を抜く(その後、電線類を埋設する)というスタンスがほとんど。でも、それよりも圧倒的に速い"年間7万本"というペースで電柱が増え続けているので、それを抑えるほうが先決。だから"抜く"よりも"新たに立てさせない"、そこに強い実効力を持たせる条例が必要だと考えました」
この案を庁内で打ち出すと、市長と副市長は賛同してくれたが、「市がそんな縛りを民間にかけていいのか」「前例がない」などの課題も多く示された。だが、その多くは日本初の条例化に尻込みするような内容だった。小林さんは関係者への説得工作に当たりながら、市の法務担当や関係部署と顔を突き合わせ、条文の作成に取りかかった。
ここでは「性悪説の視点で条例の抜け穴を探し、それを塞ぐ作業」に苦戦し、朝10時から夜中2時まで会議室に缶詰めになる日も多かった。そして約半年後、8つの条文で構成される無電柱化条例が産声を上げ、その後、市議会での議決を経て16年9月に公布されることになった。
こうして、前出の指定エリア内で新規開発を行なう際は、電線類を地下に埋設することが義務づけられた。違反者には是正勧告の上、氏名や住所、勧告内容が公表される。
無電柱化に要する費用については基本、開発事業者に支払いを課す規定とし、そこに市の持ち出しはなく、電力会社にも負担は求めなかった。これは「市の財政にそこまでの余裕がないことと、(前出の)電力会社の"規約"に配慮した」(小林さん)格好だ。
条例を作る過程で「一番苦労した」というのは、やはり電力会社との交渉だった。
「条例化を容認してもらうため、東京電力と面談の場を持ちましたが、先方は最初から『認められない』という姿勢でした」
東電からすれば埋設コストの負担はゼロだが、その後の維持管理費が負担となる。加えて、地震などで被災した場合、道路を掘り返さないと復旧できない。そんな手間とコストを電力会社に強いる条例ができてしまえば、その動きが全国に広がる恐れもある。東電としては、この点がネックになっていたようだ。
小林さんはいったい、どうやって説得したのだろうか。
「電力会社の反応は事前に予測できていました。だから最初から、条例を作るか否かじゃなく、『ウチは絶対にこの条例を作る! あとはお互いがウィンウィンになれるところを探りましょう!』というスタンスで交渉に臨み、相当のペースで何度も話し合いの場を持ちました。
すると『これはもう逃げられない』と思っていただけなのだと思うのですが、だんだん前向きな議論をしてしてもらえるようになり、条例の中身の話に持っていくことができたんです」
だが、無電柱化エリアの範囲をめぐってはつくば市側が譲歩。東電の強い意向により、当初の小林案からは大幅に縮小せざるをえなかったという。
無電柱化には、電力会社の抵抗が最後までつきまとう。前出の井上さんがこう話す。
「つくば市は粘り強い交渉で押し通しましたが、電力会社から『ほかは架空線なのに、お宅の町だけ地中線にするのは不公平でしょ?』などと屁理屈をつけられ、計画が頓挫した案件はゴマンとあります」
このように、無電柱化の実現にはいくつもの分厚い壁があるが、つくば市の小林さんを突き動かしたものは何か?
「街を良くしたい。その思いだけです」
"数十年に一度"レベルの自然災害に毎年のように見舞われる日本。脱"電柱大国"へ、国、自治体、そして電力会社の本気度が試されている。
電柱のないつくば市の街並み(写真提供/つくば市)