市場シェア8割を占め、世界の空を飛び回る中国製のドローン
いま多数のドローンが世界中の空を飛び回っており、日本も決して例外ではない。近年、急速に性能が向上しているドローンは、美しい空撮映像だけでなく測量や災害救助にまでその応用範囲が広がっている。
そのドローンの世界的シェアをご存じだろうか。実は、市場シェアの約8割を中国製が占めており、そのなかでトップメーカーとして君臨するのが、世界シェアの七割以上を占める中国のDJIテクノロジーズ(Da-Jiang Innovations Science and Technology:大疆創新科技有限公司。本社は広東省深市)だ。いまや「ドローンといえばDJI」というほど世界的な知名度を誇る。
DJIは2005年、香港科技大学を卒業した汪滔(1980年生まれ)が創設。汪は大学寮の一室でDJIを創業した。現在の企業価値は150億ドル、総資産は54億ドル(約5724億円)にも上り、ドローン事業で世界初となるビリオネアとなる(『フォーブス』2019年2月)。
警視庁のドローンも中国製
日本でもすでにDJI製のドローンは市販されており、たとえば2015年に起こった首相官邸無人機墜落事件に使用されたドローンもDJIのものであり、この事件を受けて警視庁が発足させた網を使ってドローンを捕獲するという「ドローン捕獲部隊」が使用しているドローンもDJI製だ。
DJIが2018年秋に発表した産業用ドローンの最新機種「マビック2エンタープライズ」は、高度制御技術を搭載し、消火活動などの緊急事態への対応やインフラ設備の調査などでの活用を謳っている。
マビック2は8個の高解像度ビジョンセンサーと2個の赤外線センサーを搭載し、障害物を自動で検知、回避して飛行できる。最大飛行時間は約31分、最大速度は時速72キロで、マイナス10度の低温環境でも十分な性能を発揮できる。
さらに撮影した映像は、DJIの「動画・データ伝送システム」を使うことで、最大で約8キロ(日本国内五キロ)離れた場所からも操縦者の元に送ることが可能だ。価格は最も安いモデルで30万円程度からとなっており、同程度の性能で数百万円する他メーカーの産業用ドローンと比べると格段に安い。
特許取得数の圧倒的多さ
DJIの高い技術力は、同社が取得した特許数からも分かる。特許分析会社のパテント・リザルト(東京都文京区)が公表した無人飛行機を含むドローン関連技術全般における特許の質と量から見た総合ランキングでは、DJIが1位となっている。
2011年から日本でドローン関連特許の出願を開始したDJIは2014、15年に出願数を大きく伸ばした。たとえばドローンを使った荷物配送システムや、初心者でも簡単に操縦できるように離陸時の不安定性を減らす技術などで特許を取得している。
空撮データが中国に蓄積、日本の国土は確実に“丸裸”にされる
問題は、DJI機が空撮したデータの取り扱いである。あまり知られていないが、データはユーザーのパソコンなどに移されると同時に、中国にあるDJIのデータセンターにも蓄積されることになる。DJI機を購入したユーザーは、こうしたDJI機の仕様に同意しなければ使用許諾を得ることができない仕組みになっているのだ。
ドローンの空撮データには、GPS(全地球測位システム)の信号とともに緯度・経度・高度の画像情報が記録される。いまや日本全国で橋梁の保守や工場の安全点検、災害復興、農薬散布など種々雑多な空撮が行われており、これら一つひとつは「点」でしかないが、すべてのデータが手に入るとすれば、やがて「面」となり、それは日本の低空域における「航路情報」になり得る。低空域における航路情報をインプットすれば、ドローンは無線操縦に頼らない「自律航行」が可能となる。
世界的にドローン規制が未整備な現在は、法の網の目をくぐり抜けた「偵察行為」が可能な状態にあると言える。現状を放置すれば、日本の国土は確実に“丸裸”にされる。その危険性を認識したうえで、中国製のドローンを使用しているだろうか。
東京都心の空間地理情報が中国企業に転売
実際に、中国が空間地理情報を狙っていると思わざるを得ない事件も発生している。2019年8月に埼玉県内に住む貿易会社役員の男が、首相官邸や皇居がある東京都心の空間地理情報をNTTグループ会社NTT空間情報株式会社からだまし取ったとして、警視庁公安部に書類送検されている。
販売されたデータは「GEOSPACE 3D ソリューション」と呼ばれる商品で、電子地図と航空写真のデータを組み合わせたもので、建物の高さと標高を1・5メートルの精度で表したものだ。地形の高低差情報は、ミサイルの飛行ルートを定めるうえで重要なデータになり得る。男は、2016年に転売目的を隠したうえでNTT空間情報から200万円で購入し、中国企業へ転売している。男は30年前に、中国から日本に帰化している。
人民解放軍のドローン攻撃に利用される日が確実に来る
ドローンが集める空間地理情報については、現時点で海外を含め法的規制を敷いている国はないが、個人情報と同じく空間地理情報の取り扱いも法規制が必要だ。想像してほしい、中国軍の飛行機が縦横無尽に日本の空を飛び交っている姿を。現状はまさにその姿なのだ。空間地理情報は簡単に個人が収集できるが、本来、個人のものではない。安全保障につながる国家として守るべき情報である。
同様に、カメラで撮影されたあらゆる空間地理に関する動画情報(静止画を含め)は国内のサーバーに保存すべきものであって、決して海外のサーバーに保存すべきものではない。このままでは日本の空を自由に航行できる航路情報として、人民解放軍のドローン攻撃に利用される日が来る恐れが極めて高い。
米軍が中国製を使用禁止にした理由
こうしたDJI機の仕様について、最初に問題視したのが米軍だった。それまでは米軍も、高性能で安価なDJI機は軍事利用可能と見て多数導入していた。ところが、2017年8月2日、陸海両軍が揃ってDJI機に関する報告書を出した。
陸軍研究所から「DJI無人航空機システムの脅威およびユーザーの脆弱性」という報告書が、海軍からは「DJI製品群に関する運営リスク」という報告書がそれぞれ出され、DJI機の使用が禁止された。
「すべての使用を停止し、すべてのDJIアプリケーションをアンインストールし、すべてのバッテリーとストレージ(補助記憶装置)を取り外せ」と非常に厳しい内容の報告書だが、米軍はこの報告から9日後の8月11日、今度は「OPSECの規定する条件を満たしているドローンは利用可能」と、先の使用禁止命令を緩和するような指令を出した。
オプセクとは「オペレーション・セキュリティー」(Operation Security)の略語で、ネットに常時接続されているコンピュータに求められる最低限のセキュリティー対策を指す。仮想敵国への情報流出リスクを判定する規定であり、米軍は条件を満たしていれば使用できるとした。
しかし実際は、DJIが中国企業というだけでOPSECの規定に反するとの見方が強く、現在も米軍でのDJI機の使用は制限がかけられたままだ。
“合法的に”空撮データを中国に送る仕掛け
米軍がDJI機の使用禁止を打ち出した直後の8月16日、DJIはドローンが撮影したデータを中国のデータセンターに送信することなしに使用できる「ローカルデータ・モード」を発表した。このモードでドローンを操縦すれば、データセンターがある中国に空撮情報が流れることはない、という説明だった。
だが、ローカルデータ・モードでの飛行は、高度が30メートル以下に限定されるうえに、DJI機の最大の特長である飛行中の高度な安全装置が機能しない。ローカルデータ・モード時に機能が制限されることはDJIの操作マニュアルにもしっかりと明記されおり、実際にこのモードで使用する人は極めて少ない。
つまり、通常の飛行モードを選んだユーザーは、従来どおり、空撮データがDJIのデータセンターに流れることを承諾せざるを得ないのだ。DJIは、いまも“合法的に”空撮データを中国に送ることができている。
ドローンの心臓部を握っている中国企業
仮にDJI機を排除しても他社製のドローンの多くが、GPSやジャイロ(安定飛行の装置)、加速度、磁気などのセンサーを搭載して飛行制御を行う「フライト・コントローラー」にDJI製品を搭載していると言われる。「ドローンの心臓部」といえるフライト・コントローラーをDJIに握られた業界では、「DJIの呪縛からは逃れられない」との見方が強い。
ファーウェイ事件と通底
DJI製ドローンの問題は、2018年末にアメリカが中国通信機器機大手のファーウェイ(華為技術有限公司)やZTE(中興通訊)社製の通信機器を全米から排除する決定を下した事件と通底している。
アメリカが決定を下した背景には、中国が2017年6月に施行した「国家情報法」に対する懸念がある。
同法は、“国家としての情報収集に法的根拠を与える”ために定められた法律だ。その第1条は「国の情報活動を強化および保証し、国の安全と利益を守ることを目的とする」と規定し、第7条は「いかなる組織および個人も法に基づき国の情報活動に協力し、国の情報活動に関する秘密を守る義務を有し、国は情報活動に協力した組織及び個人を保護する」としている。
つまり、中国の国民全員が、国のために情報収集を行う存在であると定義している。これはスパイにほかならない。それを国家は全面的に保護するといっているのだ。
ファーウェイやZTEがどれほど身の潔白を説明しようとも、中国政府から協力を求められた場合は抗えない制度になっている。当然、DJIも中国の企業である以上はこの法律に従うしかない。
国家情報法では、第9条で「国は、国の情報活動に大きな貢献のあった個人及び組織に対し表彰及び報奨を行う」と規定し、第25条で「国の情報活動への支援・協力により財産の損失が生じた個人及び組織に対しては国の関係規定に基づき補償を行う」と損失補まで定められている。
日本のIT企業で起きた中国人従業員情報漏洩事件
2019年、日本のある商社系IT企業のA社で起きた中国人従業員による情報漏洩事件は、この国家情報法と関係している可能性が非常に高いと見られている。これは重大な事件なので、事の経緯も含め説明したい。
A社で、中国人労働者のXが退職間際に、社内のパソコンから1・5ギガバイト(ギガは10億)ものデータを中国企業バイドゥ(百度)が運営するストレージ(データ保存)サービスに転送した事実が発覚した。送信されたデータを新聞の情報量に換算すると、約5万ページ分にも及ぶ。
バイドゥは「中国版グーグル」と称される検索サービスの大手企業として知られ、「Simeji」と呼ばれる「着せ替えキーボード」のアプリケーションを提供している。着せ替えキーボードアプリとは、スマートフォンやパソコンで文字入力する際に日本語の「漢字仮名交じり文」にするソフトだ。そのシメジは以前、「変換した文章が全て中国に送られている」と問題になったことがある。つまり、シメジが「情報を抜き取るためのサイバー攻撃のツール」だったのである。
国家の命を受けてデータ転送を繰り返していた
このシメジ問題によって新たな疑惑も生まれた。それは、検索エンジンの利用などで一度でもバイドゥにアクセスしたパソコンは、情報を抜き出す不正プログラムが送り込まれ、それ自体がサイバー攻撃のマシンに変わってしまうというのである。人民解放軍が実戦配備したサイバー攻撃の仕組みは「グレートキャノン」と呼ばれ、実際にアメリカのインターネットサービスがグレートキャノンの攻撃に遭い、機能不全に陥ったことがある。
この中国人社員は国家の命を受けて、日ごろから少しずつデータを小分けにして転送を繰り返していたと見られている。転送した事実は同社が運営するネットワーク監視機能で直ちに検出されたものの、1・5ギガバイトのデータはすでに送られたあとだった。
A社はX本人を呼び出し、聞き取り調査を実施したものの、黙秘を貫かれた。その後、Xは退職届けを出し、現在は音信不通の状態で、真相は闇に葬り去られてしまった。
日本の法律では裁けない。極めて深刻な事態
A社では、顧客のネットワーク構成図やIPアドレス(コンピュータの通信識別番号)も普段から扱っており、それらの情報は機密情報に該当する。しかも頭が痛いのは、通信記録から大量のデータがバイドゥに送られたことを掴んだものの、どのようなデータが送られたのかについては、データが暗号化されていたために知る術がない。
通常、この手の情報漏洩が起きた場合は「不正競争防止法」を適用し、持ち出されたデータが営業秘密に該当することを証明する必要がある。ところが、今回はデータが暗号化されていたために立証できない。現在の日本の法律では犯人を裁くことはできないのだ。
仮にA社が警察に被害届けを出したり、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて捜査協力を相手国に求めたりしても、日本国内で刑事犯罪としての要件が満たせなければ、相手政府も協力できないとの立場を取ることは明らかである。
A社は風評被害を恐れたからか、事件を公表していない。しかしA社の事業内容を見ると、各種の公共団体のネットワーク構築を請け負うとともに、セキュリティー監視も手がけている。事態は極めて深刻だ。
アップルで中国人技術者が
中国人従業員による内部犯行はアメリカでも起こっている。2019年1月に、米アップルの自動運転技術の企業機密を盗んだとして、FBI(米連邦捜査局)がアップルに勤務していた中国人技術者を逮捕した。2018年6月にアップルに入社し、自動運転車のハードウエア開発チームに所属していたが、中国へ渡航予定の前日に逮捕されている。
犯人が自動運転車開発に関する写真を撮影していることに気づいた同僚の通報で内部調査した結果、撮影データの他、図や2000以上のファイルを個人所有のパソコンにコピーしていたことが判明した。
アップルでは、2018年7月にも自動運転車の機密情報を盗んだ疑いで別の中国人が起訴されている。従事者の国籍によって内部犯行のリスクが排除されるわけではないが、国家情報法が施行されている以上、中国人従業員を情報やデータの管理職に指名する場合はスクリーニングを徹底すべきとの声もある。
採用に際して十分な身辺調査を行う企業も
スクリーニングとは、採用に際して十分な身辺調査を行うことである。アメリカでは「ウソ発見器」にかける企業もある。また、スクリーニングの専門会社も存在する。
日本では、採用面接の際に両親の職業を尋ねることも憚れるが、少なくとも出身校の教師や、前職の同僚や部下から話を聞くなど可能な限り過去に遡って、労働者の経歴など「バックグラウンド情報」を収集することが肝心だ。もはやそのような時代にきており、特に情報やデータの管理職に指名する人物に対しては、徹底したスクリーニングが欠かせない。
今後、入管法改正で、さまざまな国から労働者の流入が見込まれる。国益を守るためには、スクリーニングを合法的かつ効率的に行う仕組みを早急に構築する必要がある。
軍用ドローン1機で飛行場を壊滅させる破壊力
話をドローンに戻そう。日本の防衛省は2018年2月、国内の米軍基地、専用施設の上空や周辺でドローンを飛行させないよう、「航空機の安全な航行を妨害した場合は、法令違反に当たる」と注意喚起するビラを各地の防衛局に張り出した。だが、現代の「ドローン戦争」を想定すると、あまりにも対応が生ぬるいと言うほかない。
現在の軍用ドローンは、たった1機で飛行場を壊滅させる破壊力を持つ。防衛省が多額の防衛費を投じて日本に配備する「陸上イージス」(陸上配備型ミサイル迎撃システム)でも対応できない可能性が高い。仮に低空を自律飛行可能なドローンを大量に製造できる国が、軍隊として「ドローン戦闘機部隊」を整備し、何千、何万ものドローンを戦争の相手国へ向かわせる戦術をとった場合、相手国は大打撃を被るだろう。
ドローン1374機の編隊飛行に成功した中国
2015年4月7日、アメリカ国防総省が発表した「中国の軍事力に関する年次報告書」には、「中国は2023年までに4万機以上の無人機を製造する」と記されている。あれから約4年半、中国のドローンの能力は格段に向上しており、2018年4月に中国は、ドローン1374機の編隊飛行に成功している。
人民解放軍がいま力を入れているのが「ロボットの群れ作戦」だ。中国の軍事作戦の特徴は、飽和作戦といって数の力で相手を制圧することを目的としたものが多い。たとえば強力なミサイルを開発するよりも、何千、何万発というミサイルを打ち込んだほうが勝率は高くなる。軍用ドローンが何千機と襲来した時、いまの日本には対処のしようがない。
2019年4月10日、中国は尖閣防衛識別圏に攻撃能力を搭載した無人偵察機「TYW-1」を配備した。「TYW-1」は約40時間の飛行が可能であり、かつ最大離陸重量は1500キログラム、総重量300キログラムのミサイルや爆弾を搭載することができるとされている。
中国海警が尖閣諸島にドローンを
その1カ月後の5月18日には、尖閣諸島の領海内に中国海警2308からドローンが飛ばされ、航空自衛隊の戦闘機がスクランブル発進している。中国はいま、尖閣領海内でドローンを飛ばし、日本がどのような行動をとるか、どこまで行えばどう対応するのかを盛んに探っている。スクランブルにかかる費用は1機あたり300万円~400万円とされており、一方の中国はドローンを飛ばすだけで済む。コストも安上がりで、戦闘機を飛ばすよりも密かに確実に情報収集が行える。
水中ドローンの恐怖
これだけではない。ドローンというと飛行型を思い浮かべる人が多いが、中国は水中ドローンの開発にも成功している。国営の中国航天科技集団が開発した魚群NH1、NH2、NH3がそれで、「NH」とはインフラ攻撃を目的に開発されたものを意味する。日本は海底ケーブルでインターネットが繋がっているが、それらを破壊されたら日本の全てのネット環境が遮断され、日本社会は機能不全に陥ってしまう。
日本もアメリカのように、安全保障の観点からドローンの技術的仕様などについて何らかのセキュリティー規制を設けることは緊急の課題だ。
日本政府は「ファーウェイとZTEの製品を政府調達から事実上排除する方針」を掲げたが、ドローンについても早急に検討すべき時にきている。中国の日本侵略は着実に始まっていることを、国民も政府ももっと自覚すべきだ。
1955年、大阪府生まれ。元会津大学特任教授。78年、神戸大学海事科学部卒業。損害保険会社を経て、83年に米国際監査会社プライスウォーターハウス公認会計士共同事務所入所、システム監査部マネジャーとして大手ITメーカーや大手通信キャリアのセキュリティー監査を担当する。以来、複数のシステムコンサルティング会社、セキュリティーコンサルティング会社で現場経験を積む。2016年度より現職。リサーチ活動においては、「自分の目で事実確認」することを信条に、当事者や関係者に直接取材。著書に『情報立国・日本の戦争』(角川新書)。