米軍によるイランのイスラム革命防衛隊・コッズ部隊司令官ソレイマニ殺害についての日本メディアの報道は、極度に偏向している。日本で最も視聴されるニュース番組とされるNHK「ニュース7」の1月3日放送分の当該報道を分析し、問題点を具体的に指摘したい。
「ソレイマニは英雄」はイラン体制側の公式見解アナウンサーは「『英雄』ソレイマニ司令官」と大きく書かれた画面をバックに、「イランで絶大な影響力を持ち英雄と呼ばれる実力者をアメリカ軍が殺害しました。イランの精鋭部隊・革命防衛隊のソレイマニ司令官です」というリードで同事件を伝えた。
この中ではソレイマニがトランプ大統領を罵る演説の映像が使われ、「国民から英雄と呼ばれた」と説明され、イラン情勢に詳しい専門家として慶應義塾大学の田中浩一郎教授の「(ソレイマニは)ある種のヒーローとして扱われている」というコメントも紹介された。田中教授はさらに「(中東に)もともと存在していた爆弾の導火線にアメリカが火をつけた格好」とも述べている。
左上に「『英雄』を米軍が殺害」というテロップが出たままの状態でこのニュースを視聴した多くの人は、イランの国民的英雄を殺すなんてアメリカはひどい、トランプ大統領は実に愚かだ、戦争が始まりかねない、と思ったことであろう。しかし「ソレイマニは英雄」というのは、イランの体制側の公式見解である。NHKの問題は第一に、このイランの公式見解をそのまま報道している点にある。
自由や人権は邪悪な外来の概念イランで体制を批判したり、体制に抗議したりすれば、たちまち拘束され、投獄されて拷問されるか、処刑される。欧州議会が人権活動家に贈るサハロフ賞の受賞者でもある人権派弁護士ナスリン・ストゥーデ氏を筆頭に、現在もイラン当局によって拘束されている活動家は数千人にのぼる。
なぜイランに表現の自由がないかというと、現在のイラン・イスラム共和国は、1979年に「イラン革命」で親米政権を打倒することによって誕生したイスラム国家だからである。国家の正統性はイスラム教に求められ、イスラム教の政治理論に従って国家が運営されており、我々に馴染み深い西洋由来の自由や人権は邪悪な外来の概念として否定されている。
ゆえにイスラム革命以来、自由や人権、民主主義を求める数万人のイラン人が国外に亡命した。彼らは反体制派であるがゆえにイランへの入国を禁じられており、イラン国内の家族に会うためには多くの場合、第三国で落ち合うしかない。
「イラン人はソレイマニが大嫌い」イラン国内でもしばしば反体制運動が発生してきた。昨年11月に発生したそれは、イラン建国以来最大級の規模に発展し、全国に拡大した。このデモ弾圧の指揮を取ったのが、NHKが「精鋭部隊」と紹介した革命防衛隊である。
デモは平和的なものだった。しかし平和的であろうとなかろうと、イラン革命後の体制に反逆する民衆を粛清するのが革命防衛隊の重要任務だ。そもそもイランでは、体制を支持する集会のみが合法とされており、反体制デモは認められていない。
人権団体やロイター通信は、これまでに反体制派1500人以上が殺害され、7000人以上が拘束されたと伝えている。革命防衛隊が遺体を秘密裏に処理しているとも伝えられ、実際の数はもっと多いと推測されている。
イランの国内外の反体制派にとってソレイマニは「英雄」などではなく、独裁的なイラン革命体制の象徴だ。ソレイマニの死を受け、SNS上にはイラン人たちの喜びの声やトランプ大統領への感謝の声などがあふれた。同時に「イラン人はソレイマニが大嫌い」というハッシュタグをつけたツイートも目立った。
もちろんソレイマニを英雄と称えるイラン市民もいる。母の胎内にいるうちから「アメリカに死を!」というシュプレヒコールを聞かされ、幼い頃から徹底した反米教育を受けているのだから、当然である。
NHKの報道はダブルスタンダードであるだがNHKのように、ソレイマニをイラン当局の言うまま「国民の英雄」と呼ぶことは、自由や人権、民主主義を求め体制に殺害された人々や、それらを求め今も戦う反体制派の人々の存在を無視しているに等しい。これは危険である。
特に日頃から人権の重視、弱者の救済といったリベラル的価値を強く押し出すNHKが、巨大な権力によって弾圧され人権を奪われているイラン市民には一瞥もくれず、ひたすら大本営発表を日本語に訳して伝えるだけというのは、ダブルスタンダードであると言える。
近隣諸国においてソレイマニは“最恐テロリスト”NHKの第二の問題は、田中教授という「専門家」がイランの体制の主張を繰り返すことで「お墨付き」を与え、さらに「火をつけたのはアメリカだ」と断定することで、視聴者に「アメリカこそが悪である」と強く印象付けている点だ。
この「アメリカこそ悪」説は、直接的には「ソレイマニは英雄」説に立脚している。
ソレイマニはイラン国民にとってすら必ずしも「英雄」ではないことは既述の通りだ。そして近隣諸国においては、彼は英雄どころか、最恐テロリストとして知られてきた。
NHKはソレイマニを「コッズ部隊の司令官」であり「外国での特殊任務」を担っていたと伝えたものの、その特殊任務とは何かについては言及しなかった。しかし「特殊任務」という言葉から想起されるのは、秘密めいていて、ニヒルで有能で魅力的な「007」のスパイのイメージだろう。ソレイマニをジェームズ・ボンドのような存在であるかのように匂わせる、恣意的な言葉選びに見える。
コッズ部隊はしばしば、CIAとグリーンベレーを合体させたような組織であると言われる。工作活動をしつつ、1万人前後いるとされる兵士を戦場に投入し、前線で戦うことも厭わない。
反体制派に対しソレイマニが使った残忍かつ非人道的作戦ソレイマニはイラク、シリア、レバノン、イエメンでシーア派民兵に武器を与え訓練を施して懐柔し、彼らを各地の手駒として使うことでイランに利益をもたらすための工作活動を進めてきた。
2011年から始まったシリア内戦では、アサド政権を支えるため中東各地からシーア派民兵を集めて投入し、反体制派を町ごと包囲して人々を飢えさせて降伏に追い込むという極めて残忍かつ非人道的作戦でマダーヤー、クサイル、ザバダーニーなど数々の反体制派拠点を陥落させた。毒ガスなどの化学兵器使用を指示したのも彼だとされる。これらの作戦により殺害されたり、故郷を追われたりした人は数十万人とも数百万人とも言われる。
米国務省は、ソレイマニは600人以上のアメリカ人の殺害に関与したと発表したが、彼はそれよりはるかに多くのシリア人やイラク人、レバノン人、イエメン人などの虐殺・迫害に関与してきた。これら諸国の迫害された市民たちにとって、ソレイマニが「英雄」であるはずがない。
米作戦は、ソレイマニが着火し中東で燃え広がっていた「火を消した」米当局は米権益へのさらなる攻撃を抑止するためにソレイマニを殺害したと発表した。しかしそれは同時に、彼の指令、工作活動により今後迫害される可能性のあった中東の多くの人々の命を救うことにもなった。中東での暴力の抑止効果は多大である。
ソレイマニ殺害という米作戦は、田中教授の言うように中東に「火をつけた」のではない。ソレイマニが着火し中東で燃え広がっていた「火を消した」のだ。全く正反対である。
イランは体制に敵対的な人物にはビザを発給しないし、国内での活動も認めない。NHKはテヘランに支局をおいている。田中教授やNHKは、イランの体制に咎められるような発言や報道をすると、今後の活動に支障が出ると勘案しているのかもしれない。彼らの「イラン贔屓」な発言は、それに起因している可能性もある。そうであるならば、正直に「イランの体制の見解を伝える」と言うべきであろう。
イランがどのような国かを知らず、ましてやソレイマニなどという名は聞いたこともないという多くの日本人に、大学教授や報道機関という肩書や大義を掲げた存在が偏向した情報を「真実」として提供し、人々が「アメリカが悪い」「トランプが悪い」と思うように誘導するのは、プロパガンダにすらなりうる。個人や組織が反米思想を持つのは自由である。だがそれに立脚した報道は問題だ。
第三次大戦が起こる可能性はほとんどない日本のメディアは第三次大戦が起こるのではないか、と人々の不安を不当に煽るような報道もしているが、その可能性もほとんどないので安心していただきたい。イランは自国が消滅するような自殺行為に出ることはしない。実際、彼らが米軍基地に対して行った報復攻撃は、弾道ミサイルを撃ち込む映像こそ実に派手ではあったものの、人的被害を出さなかった。米側に事前通告もしており、イランが攻撃をその程度に制御したと考えるのが最も合理的だ。
今回の事件に限らず、またNHKに限らず、日本メディアの中東報道は偏向しているように見える。日本人の多くは中東についての知識がないためそれに気付けない。騙されたり、不当に煽られて不安になったりしないためには、自ら知識をつけるしかない。
(飯山陽/週刊文春デジタル)
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