シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】 作:ほとばしるメロン果汁
「さて、それでは暗くなる前に私たちの野営地に行きましょうか?」
「……この場で殺さないのか?」
「ん? 先程話をしたいだけと言ったでしょう? それに今、血の多い場所はちょっと……」
心外だと言わんばかりの驚いた顔をした後、少し冷たい目で周囲を見回す令嬢。
確かに、見た目こそ戦場に似つかわしくない少女ではあるが、その中身はブレインの武技を素手で止める化け物だ。
亜人の冒険者に回復魔法を施してるのを見て、その確信はさらに高まる。
「あんた、やっぱり魔法詠唱者なのか?」
「今は少しややこしい体だけれど、本業はそうね」
「……嘘だろ」
貧弱なはずの魔法詠唱者が、自分の武技を素手で止める。
突然姿が現れたり刀を鑑定された時に感じた、漠然としたモノ。それが突き付けられると自分の足元が、ガゼフが死んだことでひび割れていた自分の何かが、一気に崩れていく――
「……さっき魔法を使ったのか? 俺の刀を素手で止めたのは」
「話を聞きたかっただけなのに、まだ戦闘の意志を持ってたみたいだから。しょうがなくね。魔法は使わなかったから、少し荒っぽくなっちゃったけれど」
自らの手を見つながら、まるで反省するように苦笑いで答える少女。
その姿に、ようやく理解できた。今、目の前にいるのが本当の絶対者。自分がいくら努力しても、強力な武器を持っていても、その足元にすら届かない絶対の存在。ブレイン・アングラウスは人間の最高峰に届く戦士だが、それ以上の
棒を振っていた子供をただ止めただけ――ブレインの刀を壊したのも、ただそれだけ。
それを理解できた途端、膝が震えて道の真ん中でひざまずいてしまっていた。
「……俺は……努力して……」
「ん? ……え?」
今まで強くなるために考えたこと、努力したこと、命を懸けた戦いもこの少女の前では無価値。
ブレインが今まであざ笑ってきた、才能のない
自分の強さと、自分が目標として信じてきた強さ。
今まで必死で努力してきたモノが、必死で磨いてきたモノがゴミだったことを知り、ブレイン・アングラウスは顔を涙で歪ませ笑った。
♦
「……それで、こんな俺に聞きたい事ってのはなんだ?」
「ブレイン・アングラウス……なんというか、泣き終わった途端やさぐれてしまったんだが」
「本当にブレイン・アングラウスなんですかねぇ? こんな泣きわめいてた男が?」
「セーデは疑り深いでござるな。拙僧とファンが保証しますぞ」
ブレインが泣き終わるころには、なぜか彼らの野営地まで連れてこられていた。
連れてこられた時の事は、おぼろげだが一応覚えている。
あの少女が魔法を使い、目の前で狂ったように泣き笑いをしていたブレインと、冒険者達を共にここまで飛んできたのだ。
自分がその間もずっと泣いていたと思うと、とてつもなく情けない光景にしか思えず、実際その通りなのだろう。この中でも一番弱そうな小柄のハゲ男が、馬鹿にするような目を向け鼻で笑っていた。
以前のブレインであればその視線に反応し、腰の刀に手を掛けているが
生憎と今は特に何も感じなかった。無視して代わりに周囲に目を向ける。
どうやら思っていたより時間は経っておらず、夕日が山へ隠れ空が暗くなり始めていた。
街道から外れた草原の中央に土が掘り返され、中央で火が焚かれている。
その周囲には馬車が三台、冒険者達が使っているであろう馬が数頭、飼葉を貪っていた。
中でもひと際目を引く馬車が一台、まるで貴族が乗るようなゴテゴテした装飾に、見たこともない紋章が飾られた漆黒の馬車。
傭兵団の斥候が慌てた様子で馬車の見た目を報告していたが、話を聞くのと実際見るのはまた違っており、その豪華さは乗っている者の財力を表しているようだった。
ほか二台の馬車と焚火の周りには、ドワーフ達が何人か座り込んでおり酒を飲み交わしていた。野営中の緩み切った態度に疑問を思ったが、あの少女が同行しているとなるとなるほど、と一人納得する。今の自分が拘束されてないのも、目の前の冒険者よりあの少女がいれば安心ということだ。
「あの化け物の女は?」
「なッ! きさまァ!」
「よせリーダー! ……あの馬車の中だ、お前が泣き止んだら顔を出すと言ってな」
ブレインの何気ない疑問の声が癇に障ったのか、リュートを背負ったリーダーらしき男が憤怒の表情を浮かべたが、上半身裸の異様な男に止められていた。おそらく化け物呼ばわりしたのが気にくわなかったのだろう。
(ありゃどう見ても化け物だろうが、実際相対しあえばお前らもわかるはずだ。……いや、俺が言える事でもないか)
自分がアレとまともに戦えたとも思えなかった。
実際に武器は防がれたが、少女からは最後まで戦意を全く感じられなかった。
話をしたかったというのは本当なのだろう。話をするためにブレインを止めようとしたのだ
子供をあやす様に。
(そのくせ本当に子供みたいに泣いちまうなんてな!)
思い出すだけで笑いがこみあげてくる。自分の小ささに今更気づき、世界の広さを思い知った。だが、それももうどうでもいい事だった。ガゼフが死んで自分も死ぬ。いや、帝国の役人に引き渡されて奴隷になる可能性もあるか。どちらにしろガゼフともう一度戦って勝ちたかったが、それこそ子供のワガママだろう。
代わりに一つだけ、あの少女に聞いてみたい事ができたくらいだった。
(そうだな、俺の話が聞きたいようだし。代わりに質問の一つくらい、いいよな)
「もう大丈夫そうですね」
柔らかな声に考え事を止め目を向けると、馬車の扉からちょこんと顔を出した少女がこちらを伺っていた。目が合うと馬車から静かに降り、そのまま流れるようにゆっくりと歩いてきた。
ふんぞり返るような歩き方しか知らない王国の貴族達に見せてやりたいくらい、堂に入った歩き方だ。ただその視線は常にブレインを捉えており、まるで心臓を握られているような緊張感を覚えたが。
「あー……」
「念のため確認なのですが、先ほどのはコレを壊したせいですか?」
ブレインが武器を指で受け止められてから、それ以降の自らの醜態も併せて思い出し言い淀んでいると、少女は冒険者に目配せした後刀を取り出し、ブレインに尋ねてきた。神刀は刀身が半ばで砕け、その長さは以前の半分ほどになってしまっている。
長年の相棒の悲惨な姿、というわけではない。ブレインが『死を撒く剣団』に所属し、その金払いの良さからしばらく経って手に入れた武器。だが手に入れるために注いだ金額は膨大だったため、以前のブレインであれば砕けた刀を見た瞬間、この野営地どころか夜の街道中に響き渡るような奇声を上げてしまったかもしれない。
しかし強さへの欲求が渇ききっていたのか、最初に言われたように単なる
ブレインは素直に、静かに首を振った。そうではないと。
「確かに俺にとっては大事な武器だったが、醜態を見せたのはあんたの強さのせいさ」
「私の?」
「あんたのそのデタラメな強さはなんだ? いや、あんたにとっての強さってなんだ?」
ブレインからの問いに、刀を持ったまま不思議そうに首を傾げる少女、その反応に(やはりそうなのか)と、自分の思ってきた強さと少女の持つ強さ、その山よりも高い認識の差を理解し始める。
――この少女は、どれほどの高みに立っているのか理解していないのかもしれない。
その可能性に苛立ちに似た感情を自覚し、自然と口から零れ出る。
「俺はな、あの御前試合、あの戦いで産まれて初めて負けてから這い上がって努力してきたんだ! あいつは俺と同じ剣の天才だった! 負けたのは努力の差で……俺の馬鹿な過信で負けたと思った。それからは本気で体を鍛えて、死んでもおかしくない戦いにも真っ先に飛び込んで、強力なモンスター相手にもギリギリの戦いをしてきた……」
気づけば爆発していた。御前試合やその時に負けた相手の事、そもそもこの少女はブレインの事をどこまで知ってるのか。相手が知らなければこれは意味のないただの八つ当たり、だが止まらなかった。座り込んだブレインを見下ろす紅い瞳から逃げるように地面を向き、感情のまま涙ながらに吐き出す。
「なぁ、その俺の強さは、あんたにとってなんでもないただのゴミなのか?
ッポンと、唐突に右肩に何かを置かれていた。
それがいつの間に近づいてきたのか、眼前に迫る少女の手と理解するのに時間を要した。
感情の沼からゆっくり顔を出す。少女の紅い瞳と再び目が合った。
「答える前に逆に聞きたいのだけれど。お前は強さを求めて、最終的に何を手に入れるつもりだったの?」
「最終的、に……?」
「そう。よく聞くのが金、女、名誉、この三つ?」
肩に置かれた手と逆の手の指が三本、ブレインに突き付けられる。
「あ、あと権力もかな?」などと声がかけられすぐに四本に増えたが、王国貴族の政治など元来興味がないものだ。農村で育った当初は剣の天才と祭り上げられ、自身でもそう信じて御前試合に参加した。そこでガゼフに勝っていれば自分が王国戦士長となり、王国最強の『名誉』を持っていたのかもしれない。
だが今のブレインはガゼフに負けたからこそ、貪欲に強さを求め、磨いてきた。
『金』は稼いだが、それは武具を手に入れて強さを得るため。『女』は強さのためには不要だ。
ガゼフに勝つためだけにひたすら修行した。『ガゼフに勝つための強さ』ブレインが手に入れたかったものは、それだけだ。
「……俺は、あいつに、ガゼフ・ストロノーフに勝つためだけに強くなった……」
「?」
再び首を傾げる少女、その表情は理解ができないものを見るもの。
「あいつに勝った後は、何か王国の宮仕えになったかもしれない。だがな、俺が一番欲しかったのはガゼフ・ストロノーフを倒せる強さだ! ……それ以外は何もいらなかったんだ」
「へぇ」
もう叶わない強さへの欲求。それを完膚なきまでに圧し折った相手に話してどうなるのか?
疑問を胸に抱きながらやっとの思いで垂れ流した言葉だった。だが、それを聞いた少女の声色がこれまでと違い興味深げ、あるいは納得するようなもの。
目の前の表情もどことなく優し気なものに見えた。
「わ、笑わないのか?」
「笑う? なぜ?」
「なぜって……あんたからすれば小さなことだろ。俺の弱さも、強くなろうとした理由も」
「体もこんなに鍛えて、死ぬかもしれない戦場やモンスター相手に勝ってきたんでしょう? 他人の努力を笑うほど狭量ではないつもりだけれど? むしろ、感心したくらいだし」
肩の筋肉を確認するように乗せられた手の力が増す。
力を加えれば簡単にブレインの肩を潰せる人物が、自分の努力を認めてくれる?
そのことが信じられず一瞬呆気にとられ、まじまじと相手を見つめるが優しげな表情は変わらない。
「それじゃあ、あなたの問いに答えましょうか。私が強くなった理由、それは『自分と仲間の居場所を守るため』よ」
かなり前からチラ裏に移動してますが、その内戻します。
でも仲間の居場所は全員リアルだった(無慈悲)