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 私は29歳の時にシアトルのマイクロソフト本社に移籍して働き始めました。その時の英国人の上司(厳密には上司の上司)、マーティンに教わったことは、マイクロソフトで働く上でも、その後のキャリアにおいても、とても役に立ちました。今回はその話をしたいと思います。

 私の属していたグループは、マイクロソフトで「次世代OS」(編集部注:OSは基本ソフト)を開発する部署で、マーティンは、その全責任を負う立場にありました。ビル・ゲイツ氏からの信頼は厚く、当時、はるか先を走っていた米アップルのMacintosh OSに対抗するOSを開発するという重要な役割を担っていた人物です。

(著者近影 © naonori kohira)

 私は日本から来たばかりで、あまり英語がしゃべれず、仲間とのコミュニケーションがうまく取れなかったこともあり、開発チームから少し離れて、1人で(次世代OSの)プロトタイプを作る仕事を担当していました。

 米国に来たばかりで張り切っていた時期だったし、プロトタイプ作りは大好きだったので、毎日遅くまで夢中になって働きました。

 ある日、夜の10時過ぎにオフィスで1人で働いていると、マーティンが私のところにやってきて、「サトシは、よく働くな」と声をかけてくれたのです。私がどう答えてよいか迷っていると、「でもね、本当に大切なのは、ここぞという時に頑張ることなんだ。そこで、こいつになら重要な仕事を任せても大丈夫だ、と思ってもらうことが一番大切。覚えておけよ」と付け加えて、立ち去っていきました。

最小限の労力で最大の効果を得る

 言われた時には、さっぱり訳が分からなかったのですが、その後、しばらくマーティンの仕事の仕方を見ていて、分かってきたものがありました。

 マーティンは、朝早く出社するのですが、午後4時ぐらいには子供を学校に迎えに行ってしまいます。夜や週末に働いている姿を見たことはほとんどありません。しかし、いざリーダーシップを発揮すべき時が来ると、優れた分析力と決断力で物事をてきぱきと決めていくし、人を説得する力、部下にやる気を出させる力には目を見張るものがありました。

 特に素晴らしかったのが、重要なこととそうでないことの切り分けが上手なことです。常に「最小限の労力で最大の効果を得る」ことを、自分自身にも、グループ全体にも徹底しているため仕事がどんどんはかどるのです。

 つまり、マーティンが私に伝えたかったことは、「何が重要かをしっかりと見極めた上で、めりはりのある仕事の仕方をしろ」ということだったのです。別の言い方をすれば、「ただがむしゃらに働く人間ではなくて、ここぞという時にきっちりと仕事をしてくれる頼れる人間を高く評価する」というメッセージだったのです。

 それ以来、私は「会社にとって何が重要なのか」「目の前にある仕事は、本当に重要な仕事なのか」を強く意識して働くようになりました。そして、最終的には「会社にとって重要なものは、たとえ頼まれていなくても勝手に作ってしまえばよい。正式な製品としての承認は、ある程度動いたところでもらえばよい」という働き方が身に付きました。