音を「聞かせる」ことで“がん細胞”だけを殺す技術が開発される
- 超音波で共鳴振動を起こすことで癌細胞を破壊する方法が開発された
- 癌細胞の細胞骨格を振動により破壊し癌細胞を溶かす
高周波数の音波は大きなエネルギーを持っており、これまでの技術でも当てさえすれば音で癌細胞を殺せました。
しかし、高エネルギーの超音波は癌細胞だけでなく、健康な細胞も殺してしまいます。
そこで研究者たちは癌細胞だけが持つ構造特性に的を絞って固有振動数を特定することで、癌細胞だけを破壊する方法を開発しました。
しかし、そもそも固有振動数や共鳴とは、いったいどんな現象なのでしょうか?
そして音波の「何」が、癌細胞の「何処」を攻撃して、最終的に癌細胞は死に至ったのでしょうか?
共鳴の正体
全ての物体は自分だけのリズムで振動をしています。
楽器の弦や管楽器の金属だけでなく、原子核もDNAもタンパク質も、実は目に見えないスケールで細かく震えているのです。
自分と異なるリズムは命中した後は薄れていってしまいますが、同じリズムの振動を外部から供給されると、物体の震えは増幅され、さらに過剰に供給されると、物体は振動に耐えられなくなり破壊されてしまいます。
物体固有のリズムを固有振動数、外部要因で固有振動数が増幅され、物体が軋み震え始める現象を共鳴といいます。
研究者たちは、癌細胞の中にある何かを共鳴させ続けることができれば、ワイングラスのように破壊できるのではないかと考えました。
しかし細胞は複数の物質の集合体です。細胞のなかに弦のように振動してくれる構造物はあるのでしょうか?
細胞の骨を粉々にする
研究者たちが目をつけたのは、細胞骨格とよばれる細胞の骨でした。
細胞は軟体生物のようにドロドロと形がないものと思われがちですが、細胞骨格と呼ばれる、無数の繊維で形が支えられています。
また細胞骨格は細胞内部での物質輸送のためにレールを提供する機能もあります。
細胞骨格を破壊されると、細胞は構造的な支えを失うと同時に、生命活動に必要な細胞内輸送が遮断され、溶けるように崩壊してしまいます。
癌細胞は変異の過程で、この細胞骨格を自分の生き残りのために都合のいいように作り変えることが知られていました。
この変質した細胞骨格の固有振動数がわかれば、同じ周波数の超音波をあてることで、共鳴振動を引き起こし、癌細胞の細胞骨格だけを崩壊させることができます。いかに癌細胞の生命力が強くとも、細胞骨格が崩壊すれば、生き残れません。
そこで研究者たちは音波の出力を低く抑えつつ、音の周波数を癌細胞の固有振動数にセットして発射することにしました。
オペラ歌手の歌声が客席のワイングラスを粉々に粉砕する事実から、低出力でも持続すれば、ターゲットに限定して大きな破壊力を生むことが解っていたからです。
結果は大成功で、人体を傷つけることなく、癌細胞だけを破壊することができました。
敵の弱点が解った
この技術を応用すれば、癌を根絶できる可能性があります。
これまでの幾多の研究では癌そのものを根治できなくても、癌細胞を認識して、色付けする多くの分子マーカーがつくられてきたからです。
もしこの分子マーカーに、超音波に反応して起爆する「細胞殺しの仕組み」をセットにできたら、簡単な内服薬と超音波を発するドライヤー程度の大きさのスティックだけで、癌細胞だけを殺せるようになります。
reference: phys / written by ナゾロジー編集部