伊藤詩織さんの美貌はなにを意味するのか
ジャーナリストの伊藤詩織さん(30)が、山口敬之元TBSワシントン支局長(53)から性暴力を受けたと訴えている損害賠償請求裁判の一審は、伊藤さん側の勝ち、山口さん側に330万円の支払いが命じられた。
今後も二審三審と裁判は続くだろうが、今回の一審の勝訴は大きな意味がある。人々の酒が入った上でのセックスへの意識が変わるだろうからだ。取材をしていても、女性が仕事上のつきあいで酒を飲み、酔った状態で不本意な性交渉を持ってしまった経験をたびたび聞いてきた。大半の女性にとっては、恋人や夫以外の男性と性交渉を持つことは、取り返しのつかないことだ。それが原因で退職をする女性も多くみてきた。
今までも多くの女性が同じような被害にあってきたが、今回、伊藤詩織さんは勇敢にも告発した。なぜ、伊藤さんの告発や裁判が注目を集めるか? それを通して、ふたつのことを考えたい。実名報道の意義と、伊藤さんの美貌の意味だ。
「実名報道をみた記者が被害者宅に押しかける!」
2019年7月18日に起きた京都アニメーション放火殺人事件では実名報道の是非が話題になった。一記者として実名報道のいいか悪いかという意見はない。だが、あの騒動をみていて、批判する側に違和感があった。たとえばだ。ある人気ユーチューバーは「実名報道されると、それを元にして、週刊誌や新聞の記者たちが被害者宅に押し寄せる。許可もとらずにカメラを向けて、写真を撮ったり」という旨を動画上で発言した。
私は個人的にこのユーチューバーの動画をよく見ているだけに、かなり驚いた。記者たちは実名報道がされる前から被害者の名前を知っている。だから、実名報道をみて、遺族の元に行くということはありえない。また、今時、許可もとらずにカメラを向けて写真を撮るとも考えにくい。なぜなら、そんな写真は使用できないし、先方から会社にクレームがくるからだ。
事件取材では被害者の遺族のインタビューを掲載したいとどこのメディアも考える。そのためには、遺族との信頼関係を築くのが重要だから、乱暴なことをするわけがない。ある有名雑誌は取材依頼の手紙を編集者が手書きで書く。それを郵便で遺族の元に送る。これによって、この雑誌は多くの遺族のインタビューを得てきた。また、あるテレビの情報番組のディレクターは、「遺族の方にいかに誠意を伝えるかだ」と事件取材の心得を語っていた。
正直いって、テレビにしろ、週刊誌にしろ、数字が獲れるのは、事件よりも、〝小室圭さんの今〟や芸能スキャンダルだ。だが、いたましい事件が起きたら、手間や費用をかけて取材し、報じるのは、そこに報道の意義があるからだ。そして、なぜ、実名報道をするか。それは実名を出した方が記事に説得力が出て、いたましい事件が読者の記憶に残るからだと判断するからだ。
実名顔出しのインパクト
この実名報道の意義への反論も多くある。私も数年前に自分で追っていた事件で、ある著名なジャーナリストが書いた記事に被害者の名前が実名で掲載されているのをみて、「問題では?」と思ったこともあった。ただ、一方で、伊藤詩織さんの訴えをみていると、実名は強いということを痛感させられた。性暴力被害の訴えを報じる記事はたくさんある。
フォトジャーナリストが複数の女性に性交渉を強要していた問題も報じられているし、また、去年、伊藤忠商事の子会社の女性社員が、出向先の伊藤忠商事で、セクハラ被害にあったことを訴える記事も出た。この伊藤忠の記事は、男性社員と被害者が旅館で二人っきりになるように、他の社員も協力しているというインパクトが強い内容だった。しかし、匿名の告発だと、内容が強烈な場合、なんだか、漫画を読んでいるような気分になり、リアリティに欠けるようにも感じる。
ところが伊藤さんは実名かつ顔出しだ。伊藤さんの訴えに関する報道には真実味があるようにも思える。伊藤さんの勇気ある告発のおかげで、今後、日本人の性暴力への認識は変わるはずだ。
伊藤さんが若く美しい意味
さて、実名で報じることの意味とは別に、もうひとつ、私が伊藤詩織さんの訴えをみていて認識したことがある。伊藤さんの美貌が説得力を強めているということだ。
ドラマ『あなたの番です』(日本テレビ系)ので、地味目な容姿の中年女性が過去のセクハラ被害を口にすると、男性が「あんたなんかに手を出す男はいない」という旨をあびせる。女性は「美人には恐れをなして手を出せないから、私のような女にやる」という内容を返す。セクハラや性暴力の被害と、被害者の容姿は相対関係はあまりないように思える。
年齢に関しては相対関係がデータで証明されている。やはり若い女性の方が被害にあいやすいが、だからといって、中高年以上の女性が無事かというとそうでもない。しかし、私たちの中には、性暴力の被害にあうのは若い女性という先入観があるのではないか。
先日のことだ。電車の中で、女性が「痴漢です」と大声を出した。その声の主をみて、私は「本当か?」と思ってしまったのだ。なぜなら、声をあげたのは50代女性だったからだ。痴漢をしたと指さされた相手は、酔った高齢者だった。彼からみたら、50代女子は「若いおねえちゃん」なのだろう。また、50代女性がわざわざ声をあげるのだから、実際に身体を触られたのだろうと思う。しかし、私は一瞬疑い、女性に対して「大丈夫ですか」と声をかけられなかった。
実際に中高年の女性も痴漢の性暴力の被害にあう。警視庁が2018年12月21日に公開したデータによると、2017年の都内のおける性犯罪(強制性交・強制わいせつ・痴漢)の被害者の年齢層は、8割から9割が10代から30代の女性だ。しかし、強制性交等で8.1%、強制わいせつで5.3%、迷惑防止条例違反(痴漢)で4.3%が40代以上の女性が被害にあっている。
この中年女性の性暴力被害問題に関して、こんなこともあった。ある団体職員の50代女性が、大阪出張に行くのにのぞみに乗り、熟睡して目を覚ますと、ブラウスの前が全部開いていたという。彼女は長距離の移動でしばしばそういう経験をいまだにするそうだ。
この被害を、私が何人かに話すと、男女問わず、「よほどの美人じゃないのか」という返答があった。しかし、被害者はメタボリックシンドロームに悩む普通の50代女性だ。誰しもが性暴力の被害にあう可能性がある。
仮に普通の容姿の女性や、中年女性が性暴力の被害にあって、それを実名顔出しで訴えても、伊藤さんほど支持されたのだろうか。
福山雅治のようなイケメンオジサンが訴えられたら?
この年齢や容姿で、先入観をもたれるということは、女性に限ったことではない。
「山口敬之さんは、同意だと思って詩織さんと性交渉をしたのに、レイプだと訴えられた。彼は彼で気の毒だ」という見方もあろう。しかし、彼への同情論はあまり盛り上がっておらず、批判的な意見が多い。その理由の一つとして、彼が普通のおじさんにしかみえないからではないか。伊藤さんのような若い美女が普通のおじさんと合意で性交渉を持つというのは、説得力がないように思う人も多いのではないか。
もし、山口さんがさわやかな容貌の青年だったり、福山雅治のような男前アラフィフだったらどうだったろう。そのイケメンが悲しそうに「反省はしています。でも、無理強いをしたつもりはなかったんです」と訴えたら、それをみる人々の印象は大きく変わったかもしれない。
伊藤さんが起こした裁判の行方はまだ分からない。しかし、この裁判が大きく注目される理由を考えると、様々なことが分かってくるように思える。今後の裁判がどうなるのか。注目していきたい。
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