ジルとモモンガの最高の人生の見つけ方 作:abc
ジルクニフ、モモンガの両方がお互いの余命を告白した翌日の朝。昨晩はナザリックに宿泊したジルクニフは、今はモモンガと共に朝食の席に着いていた。ナザリックの料理はどれも素晴らし、ジルクニフは余命宣告された患者であることを感じさせない程に生き生きと食事を楽しんでいる。
「ははは、このナザリックの料理は実に素晴らしいな。毎日でも食べたいくらいだ」
「ああ、私は食事ができないが喜んでもらえたなら作らせたかいがある。それと……何と言うか明るくなったなジルクニフよ」
「……ああ、死期を知ったからなのか、アインズ殿や魔道国に対する恐怖を今は感じていないんだ。むしろこの豪勢な歓迎を心から楽しみつつある」
その言葉にモモンガは『ほう』と感嘆の声を漏らす。今のジルクニフは人生を楽しむことに、一生懸命になろうとしているのだと感じさせられた。心からナザリックを受け入れてくれたことに人間の温かみを感じるモモンガであった。
「ジルクニフよ……一つ頼みがある」
「頼み?この私に出来ることであればいいのだが」
「なに簡単なことだ。私のことはこれからモモンガと呼んではくれないだろうか?アインズ・ウール・ゴウンは王の名前であり、モモンガこそが私の本当の真名である」
「モモンガ……モモン……なるほどそう言うことだったのか。本当に頭が回るやつだ。私が勝てないのも仕方がなかったことかもな。良いだろう。友モモンガよ、共に残された時間で悔いなき人生を送ろうではないか」
「感謝するぞ、ジルクニフ……いや、ジルよ」
そう言って二人は固い握手を結ぶ。過去に起きたことは水に流し、今は友……いや、いまだからこそ友として付き合える喜びを分かち合っていたのだ。
「それでモモンガ、私は昨晩の時点で既に『やり残したことリスト』を完成させていたのだが、早速今日から始めさせてもらえないだろうか?」
「随分と早いな。それで一番最初に何をしたいと考えているのだ」
モモンガの問いにジルクニフはキリよく話を終わらせるため、出された朝食を一気に口にほおばる。そして朝食のほとんどを完食した時点で得意げな顔浮かべ、自らのやり残したことリストの一番目を告げる。
「私は空を自由に飛びたいと考えてる」
「は?」
◆
「そしてこのネックレスを付ければお前も《飛行》の魔法が使えるようになる」
「さすが魔道国、このようなマジックアイテムをも用意できるのだな」
「なに、このくらい事大したことはない。それより良かったのか、一番初めにやり残したことが空を飛ぶなどと言うような単純なことで」
今モモンガとジルクニフの二人は、ナザリックの地表部分でこれから行う空中遊泳の準備をしていた。
ジルクニフの一つ目の願いは意外にもシンプルで、空を飛ぶという子供っぽい願いであった。思わぬ一番目の願いであったことに、不意打ちを突かれたモモンガであった。だがそれでも一度協力するといった以上は、手伝うことにすると決めている。モモンガ自身の願いを見つけるための助けになるかもしれないからである。
そんな風に考えているモモンガをよそに、ジルクニフは早速受け取ったネックレスを付けてみる。実際に飛べるとなるとそれなりに心が躍るものであった。ジルクニフは空を見上げ飛び立つ先を決める。
そして魔法を発動した。
「!!」
その瞬間ジルクニフの体は宙へと上がり空を飛んだのである。
そして自分の意思で大空を舞っているのである。
「これは……何と言うか……素晴らしいな……」
その日の空は雲一つない快晴であった。それこそ現在進行形で空を飛び回るジルクニフの心を表しているようでもある。
ジルクニフは思い出す。幼き日に見た空を自由に舞う鳥の姿を。そして思ったのだ、いつか自分もあの鳥のように自由に空を飛べたらと。
「どうだジル。空を飛んでみた感想は?」
そう言って同じく《飛行》の魔法を発動し、追いついてきたモモンガが問い掛けてくる。正直ここまで喜んで貰えるとは思っていなかったモモンガ。それでもジルクニフが喜び空を舞う姿を見て、彼の願いを手伝うことに喜びを感じることが出来た。
モモンガの問いに対してジルクニフは腕を大きく開き、自らの感動をジェスチャーを交えて伝える。
「ふふ、素晴らしいの一言に尽きるな。マジックキャスタ―でもない私がこうして、生身で、それでいて自由に空を飛び回ることができる。それが何とも言えない程に私の心を躍らせてくれるのだ!感謝する!モモンガよ!」
「空を飛んだくらいで少し大げさすぎやしないかジル。ふむ、それではせっかく飛べることが出来たのだ、少し空の散歩を楽しもうではないか」
「そうだな」
二人はそれぞれ並ぶようにしてさらに高く昇って行く。今の二人を縛れるものはこの世界には存在しない。そして今ここにいるのは自由の翼を手に入れた死にかけ二人だけである。怖いものなどなかった。
時には競争をするように早く飛び、時には空中にいることを全身で感じるようゆっくり飛んだりしていた。
ひとしきり飛んだところでナザリック大墳墓の真上で止まる。
「飛ぶという感覚も素晴らしいが、この空から下を眺めるというのも面白いな」
「ああ、全てが小さく感じられる……今度は夜に飛ぼうジルよ。星が満点に輝く月夜の下で空を舞うというのも素晴らしいものだった。是非お前にもあの幻想的な雰囲気を味わってもらいたいのだ」
「……月夜か。それもまた興味の湧く話ではあるな……そう言えば、モモンガ、お前のやり残したことは何か浮かんだのか?今度はお前の番だぞ?」
「一つだけ考えていることがある。だが、この願いは私自身が叶えなければならない願いでもあるんだ」
そう語るモモンガの声は何かを覚悟しているようであった。モモンガの願いとはどのようなものであるのだろうか?ジルクニフは気になって仕方ない。
力を貸すと言った以上モモンガの願いも叶えてやりたい。それこそ国などの利益のためでなく、一人の友としての思いであった。
「……言ってくれ。私の力が役に立たずとも共に悩み、考えることは出来る」
「……分かった話そう」
「頼む」
「人間に戻ろうかと考えている。人間に戻れば今感じることが出来ない多くの幸福を感じることが出来る。今はいない世継ぎを作ることも……だが、人間に戻れば私は弱くなる。異形の者でなくなる。そうなった時に我が臣下たちが付いてきてくれるのかが不安なのだ。本当の私を見て失望されるのではと……」
モモンガはずっと悩んでいた。人間に戻るかどうかを。人間に戻ること自体はとても簡単である、ユグドラシルから持ってきた専用マジックアイテムを使用すればいいだけなのだから。
だがもしも……もしも、人間に戻った時にNPC達が人間の自分に失望してしまったら……そう考えると怖くて戻れないのだ。
「なるほど……それがお前の願いであり、そして願いを叶えるための障害という訳か。思っていたよりも簡単なことでよかった」
「簡単?どこが簡単だというのだ!」
「なりたいならなれば良いではないか人間に」
「だが、人間に戻れば失望されるかもしれないのだぞ……」
「種族が変われども忠誠を失わないものが臣下であり、そんなことで失望するような者ならば最初から臣下などではないということだ。そして何よりモモンガ、お前自身がやり残したことだと感じているなら、それはやらなければならないことであろう。大切なことを先延ばしにしている内に、時間切れなどとなっては悔やみたくても悔やみきれんぞ」
ジルクニフの言う通りだとモモンガは思った。
やり残したことを躊躇していては時間が無くなる。それならば勇気を持って飛び込むべきだと。そしてNPC達を信頼してみようと。
「そうか……よし!決めたぞ!私は再び人間に戻る!それが私のやり残したリストの一番目だ!」
(そもそも人間の時代があったのだな)