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伊藤詩織さんの美貌はなにを意味するのか

実名かつ顔出しの勇気ある告発が持った説得力と真実味

杉浦由美子 ノンフィクションライター

実名顔出しのインパクト

 この実名報道の意義への反論も多くある。私も数年前に自分で追っていた事件で、ある著名なジャーナリストが書いた記事に被害者の名前が実名で掲載されているのをみて、「問題では?」と思ったこともあった。ただ、一方で、伊藤詩織さんの訴えをみていると、実名は強いということを痛感させられた。性暴力被害の訴えを報じる記事はたくさんある。

 フォトジャーナリストが複数の女性に性交渉を強要していた問題も報じられているし、また、去年、伊藤忠商事の子会社の女性社員が、出向先の伊藤忠商事で、セクハラ被害にあったことを訴える記事も出た。この伊藤忠の記事は、男性社員と被害者が旅館で二人っきりになるように、他の社員も協力しているというインパクトが強い内容だった。しかし、匿名の告発だと、内容が強烈な場合、なんだか、漫画を読んでいるような気分になり、リアリティに欠けるようにも感じる。

 ところが伊藤さんは実名かつ顔出しだ。伊藤さんの訴えに関する報道には真実味があるようにも思える。伊藤さんの勇気ある告発のおかげで、今後、日本人の性暴力への認識は変わるはずだ。

拡大誰も被害者や加害者、傍観者にしない「#WeToo」を呼びかける伊藤さん=2019年12月18日

伊藤さんが若く美しい意味

 さて、実名で報じることの意味とは別に、もうひとつ、私が伊藤詩織さんの訴えをみていて認識したことがある。伊藤さんの美貌が説得力を強めているということだ。

 ドラマ『あなたの番です』(日本テレビ系)ので、地味目な容姿の中年女性が過去のセクハラ被害を口にすると、男性が「あんたなんかに手を出す男はいない」という旨をあびせる。女性は「美人には恐れをなして手を出せないから、私のような女にやる」という内容を返す。セクハラや性暴力の被害と、被害者の容姿は相対関係はあまりないように思える。

 年齢に関しては相対関係がデータで証明されている。やはり若い女性の方が被害にあいやすいが、だからといって、中高年以上の女性が無事かというとそうでもない。しかし、私たちの中には、性暴力の被害にあうのは若い女性という先入観があるのではないか。

 先日のことだ。電車の中で、女性が「痴漢です」と大声を出した。その声の主をみて、私は「本当か?」と思ってしまったのだ。なぜなら、声をあげたのは50代女性だったからだ。痴漢をしたと指さされた相手は、酔った高齢者だった。彼からみたら、50代女子は「若いおねえちゃん」なのだろう。また、50代女性がわざわざ声をあげるのだから、実際に身体を触られたのだろうと思う。しかし、私は一瞬疑い、女性に対して「大丈夫ですか」と声をかけられなかった。

 実際に中高年の女性も痴漢の性暴力の被害にあう。警視庁が2018年12月21日に公開したデータによると、2017年の都内のおける性犯罪(強制性交・強制わいせつ・痴漢)の被害者の年齢層は、8割から9割が10代から30代の女性だ。しかし、強制性交等で8.1%、強制わいせつで5.3%、迷惑防止条例違反(痴漢)で4.3%が40代以上の女性が被害にあっている。

 この中年女性の性暴力被害問題に関して、こんなこともあった。ある団体職員の50代女性が、大阪出張に行くのにのぞみに乗り、熟睡して目を覚ますと、ブラウスの前が全部開いていたという。彼女は長距離の移動でしばしばそういう経験をいまだにするそうだ。

 この被害を、私が何人かに話すと、男女問わず、「よほどの美人じゃないのか」という返答があった。しかし、被害者はメタボリックシンドロームに悩む普通の50代女性だ。誰しもが性暴力の被害にあう可能性がある。

 仮に普通の容姿の女性や、中年女性が性暴力の被害にあって、それを実名顔出しで訴えても、伊藤さんほど支持されたのだろうか。

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筆者

杉浦由美子

杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ) ノンフィクションライター

1970年生まれ。日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)卒業後、会社員や派遣社員などを経て、メタローグ社主催の「書評道場」に投稿していた文章が編集者の目にとまり、2005年から執筆活動を開始。『AERA』『婦人公論』『VOICE』『文藝春秋』などの総合誌でルポルタージュ記事を書き、『腐女子化する世界』『女子校力』『ママの世界はいつも戦争』など単著は現在12冊。

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