『スター・ウォーズ』シリーズの名場面を選ぶとしたら? ルーカスが指名した“重要人物”が選ぶ10のシーン

デイヴ・フィローニは、『スター・ウォーズ』のアニメ作品のトップに君臨するクリエイターである。ジョージ・ルーカスが自らのヴィジョンを作品に反映させていくことのできる才能として“指名”したことから、今後はシリーズ全体で重要な役割を果たすようになる可能性がある。そんなフィローニに、『スター・ウォーズ』シリーズ全体で特に好きな10のシーンを選んでもらった。

Dave Filoni

アニメ「スター・ウォーズ クローン・ウォーズ」や「スター・ウォーズ 反乱者たち」で知られるデイヴ・フィローニ。「Disney+」で配信中の『ザ・マンダロリアン』では製作総指揮を務める。JASON LAVERIS/FILMMAGIC/GETTY IMAGES

※記事は『スター・ウォーズ』の過去の作品に関するネタバレが含まれています。最終章『スカイウォーカーの夜明け』の情報は含まれていませんが、過去の作品を観ていない方は十分にご注意ください

スター・ウォーズの宇宙がこれほどまで広大に見えるのは、外伝とそこに登場するキャラクターが非常に多いからである。『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』に登場する陰鬱な空気をまとった反乱軍の兵士たちはもちろん、アソーカ・タノ(ダース・ベイダーがまだアナキン・スカイウォーカーだったころの彼のパダワンのひとり)や、ヘラ・シンドゥーラ(貨物船ゴーストを拠点とする反乱軍のリーダー)など、枚挙にいとまがない。

こうしたキャラクターを知らないのであれば、「スター・ウォーズ クローン・ウォーズ」や「スター・ウォーズ 反乱者たち」といったアニメシリーズは観たことがないだろう。そしてデイヴ・フィローニという名前にも、「それって誰?」という反応を示すはずだ。

フィローニは「クローン・ウォーズ」の総監督および「反乱者たち」の製作総指揮を務めた人物だ。これらの作品はスター・ウォーズ関連で最高のコンテンツのひとつと評価されてきた。彼は現在、「Disney+」向けの実写ドラマ「ザ・マンダロリアン」の製作総指揮にも名を連ねる。

隠れた重要人物

『ヴァニティ・フェア』に最近掲載されらインタヴュー記事によると、ジョージ・ルーカスが自らのヴィジョンを作品に反映させていくことのできる才能として、フィローニを指名した(彼は「選ばれし者」と呼ばれているそうだ)。ルーカスやJ.J.エイブラムス、ルーカスフィルム社長のキャスリーン・ケネディがかの有名なミレニアム・ファルコンだとすれば、フィローニはコアなファンしか知らないYウィングのような隠れた重要人物なのだ。

かばんの中に隠れていたロズ=キャットが、急に顔を出したと考えればいいのかもしれない。つまり、スター・ウォーズを巡る戦略の要としてフィローニの名が急浮上する可能性があるということになる。

特に、「ゲーム・オブ・スローンズ」のデイヴィッド・ベニオフとD.B.ワイスが新たな三部作のプロジェクトから離脱し、あとを託されるのが『最後のジェダイ』の監督ライアン・ジョンソンか、はたまたマーベル・スタジオ社長のケヴィン・ファイギなのかといったことがまったく決まっていない現状では、その可能性はさらに高まったと言える。

ついでに、ディズニー最高経営責任者(CEO)のボブ・アイガーは過去に、現在は動画配信のコンテンツに注力していると発言したことがある。「Disney+」向けには、新三部作(プリクエル・トリロジー)でオビ=ワン・ケノービを演じたユアン・マクレガーが再び同じ役に挑む実写ドラマや、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』のキャシアン・アンドー(ディエゴ・ルナ)が主人公の作品の制作が決まっている。

銀河を導く“羊飼い”

ただ、ハン・ソロが言ったように、ハイパースペースの通過は農薬をまくようなこととは違う。現在の企画がすべて、どれも不評のマーベルのテレビシリーズのような結果に終わる恐れだってあるのだ。「For All Mankind」(原題)や「アウトランダー」を手がけたプロデューサー・脚本家のロナルド・ムーアが指摘したように、ルーカスも過去にABC向けに実写ドラマをやろうとしたが、結局は断念している。

これに対し、「反乱者たち」はシーズン4まで続いたし、「クローン・ウォーズ」は2月からシーズン7が配信開始予定だ。つまり、厳密に言えばフィローニは、これまでにテレビ向けのシリーズ作品で一定の成功を収めた唯一のクリエイターということになる(『スター・ウォーズ・ホリデー・スペシャル』や『イウォーク・アドベンチャー』は失敗だったという理解が前提だが)。

こうしたなか、フィローニの影響力が大きくなっているのは興味深い。フィローニは「わたしたちがこだわっている多くの真実は、どういった視点に立つかで形が変わってきます。誰もが自らの経験に基づいてスター・ウォーズに関わっているわけですが、これは非常にジェダイだと感じますね」と話す。「わたしには何の権限もありません。アドヴァイスするだけです。自分のことを皆が従うべき基準やルールだとは思っていません」

フィローニはよくジェダイのような話し方をする。「究極的には、わたしはすべてを独特な視点で眺めているのだと思います。ジョージから教えを受けるという幸運に恵まれたからです。わたしは常に、自分の役割は世話人以上のものであり、この銀河を導く“羊飼い”だと考えてきました」

スター・ウォーズを象徴する名場面を生み出した人物

彼は「ザ・マンダロリアン」における自分の仕事を批判するかのようなことすら口にする。このドラマは賞金稼ぎボバ・フェットの出身地である惑星マンダロアを本拠とする戦闘民族マンダロリアンを描くが、フィローニは「ジョン・ファヴローと働いたことで、実写ドラマだけでなくストーリーテリングについても非常に多くを学ぶことができました」と言う。

フィローニはいつもカウボーイハットをかぶっているが、その帽子をもち上げて丁寧なお辞儀をしてみせているのだ。「ザ・マンダロリアン」はファンには必見の作品である。個人的な意見を言わせてもらえば、フィローニはスター・ウォーズを象徴するような名場面を生み出してきた。それは映画だけを観ている人は知らない世界だ。

例えば、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』では派手なアクションシーンとして描かれたオビ=ワンとダース・モールの一騎打ちは、「反乱者たち」では黒澤明の名作『七人の侍』における立ち会いのように、互いに無言でしばらく対峙してからライトセーバーを数回振るだけで勝負が決まる。しかも、オビ=ワンは倒れたダース・モールを抱き抱え、その死を悼むのだ。なぜなら、それがジェダイの道だからである。

スター・ウォーズをもっと楽しむための10の場面

せっかくなので、もう少しオタク話に付き合ってほしい。ダース・ベイダーの名が知られていなかったころ、若きパダワンがベイダーは引き受けると豪語するシーンがあるが、彼のマスターであるジェダイは「逃げろ」とだけ言う。そして、TIEファイターの上に立ったベイダーがゆっくりと降りてくる。すべてはベイダーの恐ろしさを伝えるための装置だ。

『ローグ・ワン』でベイダーがその力を見せつけるシーンは追加撮影されたものだが、フィローニはこれについて「スター・ウォーズを知らない人でも作品を楽しめるように、話をシンプルにするよう心がけています。ベイダーについて言えば、彼が出てくるとヒーローたちは逃げ出します。なぜかわからないかもしれませんが、それはベイダーはあらゆる人を殺してしまうからです」と説明する。「わたしは誰にも止めることのできない強大な力をもつ者を画面に登場させたいと思っていました」

それでは、前置きはこれくらいにしておこう。フィローニにクリエイターとしてスター・ウォーズ全編を通じて気に入っている場面を選んでもらった。彼は恐るべきフォースの力をもってこの質問に取り組んだが、一方で自分がかかわった作品とルーカスフィルムがディズニーの傘下に入って以降の作品については対象外にすると、事前に宣言していた。

スター・ウォーズの世界をもっと楽しむために、ぜひ参考にしてほしい。現在、シリーズにかかわっている人々のなかでも特に熱心なクリエイターの頭の中を覗けるチャンスだ。また、テレビ向けのスター・ウォーズの今後の方向性を予想する上でも興味深いのではないだろうか。

1.Xウィングを引き上げるヨーダ

『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』でルークの乗ったXウィングが惑星ダゴバに不時着するが、沼の底に沈んでしまう。この星には偉大なるジェダイ・マスターのヨーダが住んでおり、ヨーダはルークにフォースを使って沼からXウィングを引き上げてみるよう命じる。ルークには船を引き上げることはできなかったが、ヨーダは見事やってのける。

フィローニは「舞台設定も音楽も完璧です。そして、マーク・ハミルはこの魔法の瞬間を素晴らしい演技で盛り上げています」と言う。「ジェダイの修行の場面としても完璧で、本当に最高にジェダイらしい瞬間だと思います。わたしたちはここで、ジェダイであること、そしてフォースを操ることは、単にライトセーバーでの戦いだけにとどまらないということを学ぶのです」

STAR WARS

©LUCASFILM LTD./EVERETT COLLECTION/AMANAIMAGES

2.ホスの戦い

「AT-ATが好きなんですよ。帝国軍の部隊ではいちばん気に入っているコンバット・ドライバーたちが乗っていますからね。AT-ATのパイロットはヘルメットがいいし、あの赤いロゴもいいですよね」。フィローニは「それに、恐竜みたいな巨大な乗り物ですよ。あれが嫌いな人はいないでしょう」と付け加える。

STAR WARS

©LUCASFILM LTD./EVERETT COLLECTION/AMANAIMAGES

3.ミレニアム・ファルコンでの脱出劇

『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』に、ハン・ソロたちがデス・スターに囚われていたレイアを救出してミレニアム・ファルコンで脱出するシーンがある。ハンとルークはレーザー・キャノンを操ってTIEファイターのしつこい追撃を交わそうとするが、ルークが敵の戦闘機を撃ち落として歓声をあげると、ハンが「でかした、坊主。だがうぬぼれるなよ」という有名なセリフを言う。

フィローニはアクションシーンで登場人物たちをどう動かすかは常に難しい問題だと指摘した上で、「初めてリアルな空中戦が描かれた決定的なシーンです」と話す。確かに、登場するのが宇宙船であることを除けば、この戦闘シーンはSFというよりは第2次世界大戦のドキュメンタリーのように見える。

STAR WARS

©LUCASFILM/ALLSTAR/AMANAIMAGES

4.ダース・モールとの対決

『エピソード1/ファントム・メナス』のダース・モールとクワイ=ガン・ジン、オビ=ワンとの対決シーン。フィローニはこれについて、「誰もが頭のなかで思い描いてはいても、実際に見たことはないようなライトセーバーの戦いでした」と形容する。ドラマティックな音楽。ダース・モールのダブルブレードのライトセーバー。クワイ=ガンの死──。

クワイ=ガンはアナキン・スカイウォーカーにとって、父のような存在になれたかもしれない人物だった。生きていれば、アナキンがダークサイドに堕ちるのを防げたかもしれない。

STAR WARS

©MARY EVANS/AMANAIMAGES

5.ジェダイ評議会

どこか特定のシーンというわけではないが、フィローニはジェダイ・オーダーの統治というアイデアが気に入っているそうだ。ジェダイ評議会は旧共和国の雰囲気を伝えるとともに、ジェダイ自身も政治腐敗と無縁ではなかったという事実が示される。「当時のジェダイはより妥協的だったことがわかります。一部のファンにとって受け入れがたいかもしれませんが、ただの純粋で美しい戦士ではないのです」

ついでに、フィローニのお気に入りのジェダイは、魚のような外見のプロ・クーンだという。映画ではそれほど目立たないキャラだが、「クローン・ウォーズ」で大活躍していたのはそのためだったのだ。

STAR WARS

©LUCASFILM LTD./EVERETT COLLECTION/AMANAIMAGES

6.オペラハウスでの会話

新三部作でも議論が多いのが、『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』でシーヴ・パルパティーンがアナキンとふたりきりで話をするシーンだ。フィローニは、邪悪なシスによる嘘とごまかしが見事に描かれているので、この場面が好きだという。パルパティーンは独裁者の座を虎視眈々と狙っており、巧みな嘘でアナキンをダークサイドに引きずり込もうとする。

STAR WARS

©20THCENTFOX/EVERETT COLLECTION/AMANAIMAGES

7.『エピソード3/シスの復讐』の冒頭

新三部作の最後となる『エピソード3/シスの復讐』は、宇宙空間を舞台にした壮大な戦闘シーンから始まる。この戦闘はパルパティーンに命じられたアナキンがシスの暗黒卿ドゥークー伯爵を冷酷に殺害する場面につながっていく。フィローニは「わたしがこの作品を観た映画館では、観客席が静まり返っていました」と話す。「アナキンが明らかにやるべきではないことをやってしまったからです」

STAR WARS

©LUCASFILM/ALLSTAR/AMANAIMAGES

8.デス・スターの破壊の瞬間

『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』でデス・スターが崩れ落ちる瞬間は、フィローニにとっては「映画でもわたしの人生でも、あれだけの場面はありません」ということになる。ルークがフォースを使って放ったプロトン魚雷が換気ダクトに命中し、連鎖的に起きた爆発でデス・スターは一瞬にして消滅する。まさに最高だ。

「劇場で観た人ならわかると思いますが、あの一発が決まった瞬間に全員が歓声をあげます。すべてをあの瞬間、あの一発にまとめあげるのは非常に難しいのですが、ジョージはそれをやってのけました」

Star Wars

©CAPITAL PICTURES/AMANAIMAGES

9.「愛してる」「知ってるさ」

『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』に出てくるキャリー・フィッシャーとハリソン・フォードのこのやりとりを知らない人はいないだろう。レイアとハンのロマンスを象徴するシーンで、誰もがまねしたことがあるはずだ。フィローニは「ふたりとも気が強いので衝突するんです。こうしたことはどんなジャンルでもありますね」と話している。

STAR WARS

©MARY EVANS/AMANAIMAGES

10.玉座の間での戦い

『エピソード6/ジェダイの帰還』のこの場面、パルパティーンはルークの怒りをあおってダークサイドに落とそうとするが、ルークはライトセーバーを投げ捨ててダース・ベイダーにとどめを刺すことを拒否する。フィローニは「このシーンを観るといつも、ルークが『ぼくは父を愛している。お前が何を言っても、何をやっても、それを変えることはできないんだ』と言っているように感じます。無心のルークは完全にジェダイであり、アナキンは救われるのです」と語る。

STAR WARS

©20THCENTFOX/EVERETT COLLECTION/AMANAIMAGES

フィローニはさらに、子どもがいれば一緒に観るとさらに共感できるだろうと付け加える。もちろん、個人的にも自分の息子にライトセーバーで殺されるのは勘弁してほしい。冗談はさておき、フィローニは「だからこそ、(ファンイヴェントの)スター・ウォーズ セレブレーションにはたくさんの親子連れがいるんです。わたし自身を含め、大きくなってスター・ウォーズにかかわる仕事をするようになる子どもが多いのもこのためです」と続ける。「だからこそ、スター・ウォーズの宇宙には何か特別なものがあると感じています」

※『WIRED』による『スター・ウォーズ』の関連記事はこちら

RELATED

SHARE

米国で急増する住宅用の監視カメラが、暮らしの“すべて”を記録する

米国各地で急増している個人向けの監視カメラ。郊外の住民たちは玄関先にカメラ付きのドアベルを設置し、防犯に役立てている。だが、カメラがとらえるのは、犯罪や事故の現場だけではない。カメラが撮影した日常の一コマや予期せぬ来客のシーンは、メディアによってコンテンツ化され、拡散されている。

TEXT BY LOUISE MATSAKIS
TRANSLATION BY YASUKO BURGESS/GALILEO

WIRED(US)

Houses in suburban neighborhood

ALEX MACLEAN/GETTY IMAGES

米国の各地では、住民たちが新しいデヴァイスで自らのコミュニティを調査している。ホームセキュリティ企業のリング(Ring)などが販売する「カメラ付きドアベル」といった住宅用監視デヴァイスが市民生活を変えつつあるのだ。こうしたデヴァイスは、これまで気づかれることのなかった郊外の町のさまざまな側面を記録している。

関連記事消費行動が筒抜けに? アマゾンがWi-Fiルーター企業の買収で手に入れる「データ」の価値

人々は何年も前から、スマートフォンを使って身の周りの様子を監視してきた。特に警察による不正行為や暴力行為などは、その対象になりやすい。

とはいえ、警察にスマートフォンを向けるのは能動的な行為である。一方、人々は監視カメラなどを使って受動的に近隣の様子やほかの住民を観察・監視するようになっている。意図的にカメラを向けて記録しなくても、リングのカメラが目の前で起きることすべてを撮影してくれるのだ。そして、地元の報道機関はそうした映像を喜んで報じている。

カメラに見張られる郊外生活

いまから2カ月ほど前、リングに関する記事をフォローするためにGoogle Alertを設定してみた。当初はリングが進めている警察との連携に関する記事の通知が来るだろうと期待していた。2018年2月に8億3,000万ドル(約900億円)超でアマゾンに買収されたリングは、すでに米国内の400を超える警察署と提携しているのだ。

警察はリング製のデヴァイスや、それに対応した防犯アプリ「Neighbors」を宣伝する代わりに、同社の専用ポータルにアクセスできる。このポータルを使えば、警察は市民にリング製デヴァイスで撮影された映像を提供するよう依頼できるようになる。犯罪と関係があるかもしれない映像を、警察は令状なしで提供してもらえるわけだ。

ただし、リングと警察の提携に向けられる視線は厳しさを増している。報道記者や活動家たちが、透明性の欠如とプライヴァシー侵害の可能性を批判しているのだ。ジャーナリストが入手した公文書からは、両者の提携に関して何をどう表現すべきか、リングが警察関係者に対して厳しく指示を出していることも明らかになった

しかし、いざGoogle Alertからの通知が届くようになると、驚きの発見があった。警察だけでなく、地元の報道機関もリングで撮影された映像の使い道を見つけていたのだ。コンテンツ制作である。

報道記者、とりわけオンラインメディアの記者たちは、かなり前からソーシャルメディアで情報収集していたし、地元の報道機関も地域で起きた出来事の写真や動画を住民に提供してもらっていた。

だが、モーションセンサー付きのリングのカメラなら、最大約9m離れたところの動きまで検出できるうえ、郊外の町で起きるさまざまな出来事を次々と記録できる。郊外は、犯罪率が過去最低水準まで下がっているにもかかわらず、これまで以上に厳しく監視されるようになっているのだ。

コンテンツ化される監視カメラの映像

こうして見つけたリングの映像は、たいがいが当たり障りのないものだったし、楽しい映像もあった。

動画の多くには、野生動物が登場する。例えばアリゾナ州では、リング製のカメラ付きドアベルを自分で鳴らして驚くキツツキが撮影された。ユタ州には、玄関先をこっそり動き回るピューマもいた。また、ピューマに間違えられた子鹿の動画もある。ほかにも、ヘビトカゲといった動物たちが、リングのカメラに印象的な姿を残している。

こうした類いの動物ネタは、厳密にはNeighborsアプリでは共有できない。Neighborsに投稿できるのは「犯罪や安全に関連した」トピックのみだからだ。とはいえ、Neighborsに適さない映像はほかのところで共有され、メディアが喜んでそれらに飛びついている。「住民たちが自宅の敷地内を常時監視する世界」が当たり前化するプロセスに、メディアもひと役買っているわけだ。リングのカメラで「巨大な家ネコ」を撮影したくない人なんていないだろう。

また、リングなどで撮影された強盗自動車盗難の映像も、報道に使われている。こうした犯罪の撮影こそ、リングの本来の使用用途である。

19年9月末に開催されたアマゾンの製品発表イヴェントでも、デヴァイスおよびサーヴィス担当シニアヴァイスプレジデントのデヴィッド・リンプが、リング製カメラはコミュニティの犯罪減少に役立つと主張した(ただし、評論家はそれに疑問を呈している)。

親会社のアマゾンにとって都合のいいことにリングのデヴァイスは、アマゾンから配達された小包の置き引きや、配達先の住宅から子ども用自転車を盗んだ配達員の逮捕にもつながった。

Doorbell-Camera

CHIP SOMODEVILLA/GETTY IMAGES

なかには奇妙な映像も

しかし報道を見ると、こうしたカメラは小包の盗難よりもはるかに奇妙で不思議な出来事をも映像に収めている。そうした出来事には、必ずしも犯罪ではないが、住民が見たらその地域に住むことに不安を抱きかねないものも含まれている。

例えばNestのカメラは、ブラウン管型テレビのかぶりものをした人が、ブラウン管型テレビを玄関先に置いていく様子をとらえていた(グーグル傘下のNestは、リングのライヴァルだ)。また、フロリダ州の住宅に設置されたリングのカメラは、真夜中に少女が子犬かぬいぐるみらしきものを抱えて、カメラをじっとのぞき込む姿をとらえていたという。家主は「WBBHテレビ」に対し、「夜中には奇妙なことが起こっているんです」と語っている。

さらに興味深い映像には、本来なら誰にも目撃されずに終わるであろう姿が映っていた。とりわけ目を引いたのは、2本の映像だ。1本目には、5歳の男の子が自宅の庭で合衆国への「忠誠の誓い」を復誦する姿が映っていた。もう1本では、とある住宅の玄関先に掲げてあった米国国旗が絡まってしまっていたのを、荷物を届けにきたUPS配達員が直す様子が映っている

男の子の映像を報じた「Fox News」などの右派メディアにとって、こうした映像は愛国主義が公の場でのパフォーマンスに限らないことを示唆するうえで好都合なものになった。

よりパーソナルな場面をとらえた映像もある。例えば、オハイオ州デイトンで19年8月はじめに銃乱射事件が起きた際は、その最中に友人同士が互いにしがみついている姿が映っていた。この事件では9人が死亡、多数の負傷者が出ている。

リングのデヴァイスが、銃による暴力の現場をたまたま撮影していた例も複数ある。ペンシルヴェニア州フィラデルフィアの住宅に設置されたカメラ付きドアフォンは、向かいの建物に6人の警察官が突入し銃撃を受けた瞬間をとらえていた。映像を見ると、負傷したと思われる警官ひとりが、玄関前の階段を転がり落ちていく様子がわかる。その後、ほかの警官たちは近くに停めてあったクルマの陰に隠れたが、撮影されていることに気づいている様子はない。

「受動性」の罠

こうした映像を多く見ていると、「リングのデヴァイスは、他人の家の敷地や公共の場を監視するために使われているのではないか」という疑問が湧いてくる。

リングは19年2月、インターネットメディア「ザ・インターセプト」に対し、同社製品は「そうした目的のためではないし、そのために使われるべきでもありません」と説明している。とはいえ、カメラが建物の外に向けられ、6m以上も離れた場所の動きを検知して作動するのであれば、公道を歩く通行人の姿をとらえることになるのは必至である。とりわけ、建物が密集した地区ではそうならざるをえない。

カメラを設置している住宅の所有者が映像でとらえた通行人を不審者だと判断すれば、Neighborsに映像がアップロードされてしまう可能性もある。

リングの広報担当者は、一部のリング製カメラは撮影したくない場所やモーションセンサーを作動させたくない場所をあらかじめ設定できると指摘している。「モーションセンサーの作動エリアを自由に設定できるので、ユーザーはリングのデヴァイスに動きを検知してほしい場所と、監視されたくない場所の線引きができます」

もちろん、使用にあたっては、ユーザーの許諾が必要な設定項目がある。インストール用ガイドにはさらに、「お住まいの地域によっては、敷地外のエリアに機器を向けることに関して法的制約が発生する場合があります」という注意書きもある。

しかし、リングのカメラが、他人の敷地や何の罪もない通行人を撮影した場合、その映像を「コンテンツ」にできる権利は誰にあるのだろうか。他人の家の玄関にただ近づいただけで、夜のニュースで取り上げられてしまう可能性があるのだろうか。

こうしたデヴァイスが普及していくなかで、研究者やジャーナリスト、一般消費者がすべきことは、プライヴァシーに関するあらゆる疑問について、アマゾンに回答を要求することだ。

一方でリングは、ユーザーのカメラで撮影された映像を許可なく流用していた。リングは19年夏、ユーザーが映った映像を本人の同意を得ずに広告に使ってFacebookに掲載したことに加え、犯罪の容疑者を特定して警察に通報するよう市民を促したことで批判を浴びた

リングに関する報道には、重要な共通性がある。それは「受動性」だ。多くの映像は、カメラの所有者が旅行中だったり、仕事に出ていたり、眠っていたりしていたときに撮られていたため、何かが起きてもそれに対処する術はなかった。少なくとも、その瞬間に対処するこのは不可能だ。午前4時ごろに子犬を抱えた少女が映っていた家の男性も、少女のところに行って身の安全を確認することはできなかったのである。

そうした心情を最も劇的なかたちで示していたのが、ノースカロライナ州で19年9月に撮影された映像だ。そこには、カメラが設置されている住宅そのものが竜巻で破壊される瞬間が映っていた。家を空けていた家主夫婦は、自宅が吹き飛ばされる様子をただ見ているしかなかった──接続が切断されるまで。

※『WIRED』による“監視社会”に関連する記事はこちら

RELATED

SHARE